自律神経障害 (1)

  • 後藤 由夫 (東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)
2015.10.03
prev next

1. 心拍変動試験の定量化

写真

 糖尿病の最大の問題は合併症である。糖尿病の診療を続けるほどに、その治療と予防の重要性がわかってきた。そこで1978年あたりから、その方針で診療を充実した。筆者は1948年にヒキガエルの迷走神経心臓枝を求心性に刺激すると血圧が下がることに気付き、これは心房内圧が高まると作動することを初めて明らかにした。こんなことから自律神経には強い関心をもっていた。
 また疾患の診療は発症や症候も定量的にみること、これにより症状が改善しているか、憎悪しているかを明確に、客観的に表現することに力をおいた。
 そのひとつとして心拍変動を取り上げ、これを数量的に扱うことを試みた。幸いにも松戸市に本社のある(株)日本メディクスの方が試作してあげようと言ってくださり、心拍変動のタコグラムを作っていただいた。鈴木浩氏、鈴木修一氏が写真のような装置を作ってくださった。心電計の第2誘導のR-R間隔をmsecで測定しコンピュータで棒グラフ状にプリントアウトされ、beats/min.として記録するものである。
図1 ブロック ダイヤグラム

深呼吸の指示などが一定するように「大きく吸って、吐いて。大きく吸って、吐いて。・・・」などテープに吹き込んで、カセットで流した。

2. 交感神経と副交感神経機能を区別

 及川登博士(現在、一関市で開業)と真山享博士(現在、東京聖路加国際病院前にて開業)が多くの試みを行ってくれた。その結果、深呼吸による心拍変動はアトロピン投与によりほぼ完全に消失したが、ベッドに仰臥位した状態からベッドから降りて立位になると血圧が下がり心拍数が増加する変動はアトロピンに影響されず、プロフラノロールによって著明に減少することを確かめた。この結果から深呼吸による心拍変は副交感神経が関与し、起立試験時の心拍増加には主として交感神経が関与することがわかった。すなわち交感神経障害と副交感神経障害を分けて診断できることがわかった。
図2 安静時、深呼吸時、起立時の心拍数変動曲線
図3 自律神経遮断薬投与前後の心拍数変動曲線
 インスリンを静脈内に体重kg当り0.12単位を点滴し、血糖をモニターしながら60mg/dLまで下降した時点でインスリン点滴を中止すると、血糖は40mg/dLまで下降して上昇する。このインスリン低血糖刺激に対する血糖上昇ホルモンの反応を健常者(A群)、糖尿病はあるが心拍変動試験が正常で自律神経異常のない人(B群)、深呼吸心拍変動試験が異常(陽性)で起立試験は正常で副交感神経のみ障害されていると判定された人(C群)、起立試験も異常(陽性)で交感神経も障害されている人(D群)の4群に分けてホルモンの分泌反応をみると図4のような結果が得られた。
 血糖はA群、B群では低血糖からの回復が速やかであるのに対し、C群、D群では回復が遅いのがみられた。このことは自律神経障害のある人では、低血糖になった場合の回復に時間がかかることを示している。
 血糖を上昇させるグルカゴンは図4の右上のように、A、B群では急速に反応して上昇するのに対し、C、D群では分泌が低いことがわかる。膵ペプチドの反応もグルカゴンと同様でA、B群では急速に上昇し、C、D群では低値である。その右はコルチゾールの反応を示しているが、4群とも同じように反応している。左下の図はエピネフリン(アドレナリン)で右下がノルエピネフリン(ノルアドレナリン)である。ここではじめてD群が他の3群と離れて、分泌が悪いことがわかる。すなわち、自律神経障害が高度になって交感神経にも障害が及ぶと、低血糖になってもアドレナリンなどの分泌も少ないので、動悸や冷汗などの症状も起こらないことが理解される。
図4 糖尿病患者におけるインスリン低血糖時の内分泌反応の心拍変動成績による比較
表1 
糖尿病患者357例の心拍変動試験成績

3. どちらが障害されやすいか

 交感神経と副交感神経(迷走神経)とではどちらの神経が障害されやすいか。多数例について心拍変動試験を行ってみると、深呼吸試験だけが障害されている人がもっとも多く、起立試験だけが障害されて深呼吸試験が正常の人は極めて稀で、起立試験陽性の人は深呼吸試験も陽性なのが普通であった。これから、副交感神経(迷走神経)は障害されやすく、交感神経はかなり症状が進行してはじめて起こるものと理解された(表1)。したがってここまで進行しないように血糖コントロールに注意することが重要である。

4. 臨床像と心拍変動

 他の合併症の有無と深呼吸時心拍変動の数値をみると表2のようになる。健常者では1分間に14.1拍の増加がみられるのに対し、糖尿病で自律神経障害の症状のある人では、わずか3.2拍しか増加しない。また増殖性網膜症のある人では4.6拍/分で蛋白尿のある人では5.1拍/分と変動が少ない。これらをみると自律神経障害も他の合併症と並行して進行することがわかり、血糖コントロールの重要性が理解される。
表2 深呼吸による心拍変動の変化(年齢40-59歳)

 群例数心拍変動(拍/分)  

 健常者3714.2±1.1
 糖尿病者
体性神経障害の症状
なし
179.8±0.6
あり
405.5±1.1
自律神経障害の症状
なし
479.5±0.6
あり
103.2±0.5
糖尿病網膜症
なし
2411.1±0.8
単純性
227.4±0.8
増殖性
114.6±0.9
蛋白尿
陰性
419.7±0.6
陽性
165.1±0.9

平均値±標準誤差  

続きは無料の会員登録後にお読みいただけます。

  • ・糖尿病診療・療養指導に役立つ会員向けコンテンツ
  • ・メールマガジン週1回配信 最新ニュースやイベント・学会情報をもれなくキャッチアップ
  • ・糖尿病の治療に関するアンケートに参加可能、回答はメルマガやウェブで公開
=必須項目
半角英数記号8文字以上
当サイト利用規約

糖尿病・内分泌プラクティスWeb 糖尿病・内分泌医療の臨床現場をリードする電子ジャーナル

脂質異常症の食事療法のエビデンスと指導 高TG血症に対する治療介入を実践 見逃してはいけない家族性高コレステロール血症
SGLT2阻害薬を高齢者でどう使う 週1回インスリン製剤がもたらす変革 高齢1型糖尿病の治療 糖尿病治療と認知症予防 高齢者糖尿病のオンライン診療 高齢者糖尿病の支援サービス
GLP-1受容体作動薬の種類と使い分け インスリンの種類と使い方 糖尿病の経口薬で最低限注意するポイント 血糖推移をみる際のポイント~薬剤選択にどう生かすか~ 糖尿病関連デジタルデバイスの使い方 1型糖尿病の治療選択肢(インスリンポンプ・CGMなど) 二次性高血圧 低ナトリウム血症 妊娠中の甲状腺疾患 ステロイド薬の使い分け 下垂体機能検査
NAFLD/NASH 糖尿病と歯周病 肥満の外科治療-減量・代謝改善手術- 骨粗鬆症治療薬 脂質異常症の治療-コレステロール低下薬 がんと糖尿病 クッシング症候群 甲状腺結節 原発性アルドステロン症 FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症 褐色細胞腫

医薬品・医療機器・検査機器

糖尿病診療・療養指導で使用される製品を一覧で掲載。情報収集・整理にお役立てください。

一覧はこちら

最新特集記事

よく読まれている記事

関連情報・資料