地域医療を担う「総合診療医」育成を目的としたリカレント教育の現在地
第16回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会
シンポジウム31「多角化する総合診療の担い手の育成:リカレント教育への期待と展望」
発表日:2025年6月22日
演題:「リカレント教育事業としての総合医育成プログラムの現状と今後の展開」
演者:前野哲博(筑波大学医学医療系 地域医療教育学/筑波大学附属病院 総合診療科)

地域医療の担い手を確保するため、厚生労働省は中堅医師のリカレント教育推進に乗り出した。少子高齢化の進行や、医師の地域・診療科偏在を背景に、総合的な診療能力を備えた総合診療医の養成が急務とされている。筑波大学医学医療系地域医療教育学教授の前野哲博氏は、リカレント教育事業の一環として注目を集める「総合医育成プログラム」の現状と今後の展望について語った。
需要が高まる中堅医師の「学び直し」
日本の医療においては、臓器別、疾患別専門医が重要な役割を担ってきたが、近年、高齢患者の著増と医師の地域・診療科偏在により、複数の診療領域に柔軟に対応できる総合診療医の需要が高まっている。2018年に総合診療専門医制度が開始されたものの、専門医の育成には最低でも3年を要し、十分な人員を全国に行き渡らせるには時間がかかるのが現状である。
こうした「待ったなし」の地域医療の現状に対する解決への第一歩として注目されているのが、中堅医師を対象としたリカレント教育だ。専門領域において豊富な経験を積んできた医師が、総合的な診療能力やプライマリ・ケアに関する知識、地域医療に不可欠な連携スキルを新たに習得することで総合診療医としての活躍が可能となる。これは従来の専門性を否定するものではなく、そのキャリアを活かしながら、地域医療に必要な知識やスキルを補完的に身につける取り組みだ。こうした学び直しは、地域の医療ニーズの充足に役立つだけでなく、専門外診療への心理的ハードルを下げ、医師にとっても新たなキャリアの選択肢を広げられるという利点がある。
しかし、中堅医師が現在の職務や患者対応を離れて他科で本格的な研修を行うのは現実的ではない。そのため、短期間で効率的に必要な能力を習得できる学習機会の整備が課題となっていた。この問題を解決するべく誕生したのが、全日本病院協会と日本プライマリ・ケア連合学会が開始した「総合医育成プログラム」だ。
「総合医育成プログラム」の構成と実績
若手医師を対象の中心とする総合診療専門医の研修プログラムでは、定められた期間、認定施設でローテート研修を受ける必要があるが、総合医育成プログラムは、既に専門領域で豊富な経験をもつ医師を対象の中心とし、主に土日を中心としたスクーリング(体験型ワークショップ方式の集合研修)を積み重ねることで、現在の勤務を続けながらプライマリ・ケアですぐに活用できる総合診療能力を比較的短期間で効率的に修得できるよう構成されているのが大きな特徴だ。
講師には各診療領域のエキスパートかつプライマリ・ケアの現場に精通した医師が登壇し、全てのスライドと講義内容は日本プライマリ・ケア連合学会のプロジェクトチームが精査・監修している。
研修内容は、全23単位(うち認定要件12単位以上)の「診療実践コース」と、全11単位(うち認定要件6単位以上)の「ノンテクニカルスキルコース」の二本立てで構成されている1)。診療実践コースでは、「プライマリ・ケアの現場で一歩を踏み出せること」を目標としており、実際の診療の場で遭遇頻度の高いテーマを網羅している。専門医レベルの知識を求めるのではなく、当直時の初期対応、ガイドラインに基づいた典型症例の診療など、現場での対応能力を養う内容となっている。一方、ノンテクニカルスキルコースでは、地域で活躍する総合診療医に不可欠なリーダーシップ、チームマネジメント、教育力といった非臨床的スキルを体系的に学ぶ。
参加者は、このプログラムを通じて総合診療スキルを効率的に習得することが可能となっており、修了すればプライマリ・ケア認定医筆記試験の免除が認められ、実質的に認定医資格の取得へとつながる。
実績としては、2018年から開始され、2020年はコロナで中断したが、これまでに420人が登録し、179人が修了している。
登録者、修了者をさらに増やしていくため、今年度から受講料を約半額に引き下げるとともに、e-learningによる事前学習を取り入れることで研修の質を担保しつつ休日の拘束時間を半減するなど、プログラムの改善が図られている。また、本プログラムは後述のように厚生労働省のリカレント教育事業に採択されたことで、その展望は期待が持てる状況だ。
厚生労働省のバックアップで高まる期待
2024年、厚生労働省が打ち出した「医師偏在是正に向けた総合的な対策パッケージ」において、「中堅以降の医師を対象とした総合的な診療能力に関するリカレント教育」に関する指針が明記された2)。これにより、総合診療医の養成推進のための「知識・スキルの研修」「OJT環境の整備」「魅力の発信」を一体的に実施する体制が整えられようとしている。
2025年5月には総合医育成プログラム・病院総合医3団体協働事業・老人保健施設管理医師総合診療研修事業からなる連絡協議会が「総合的な診療能力を持つ医師養成のためのリカレント教育事業」として採択されたことで、総合医育成プログラムが補助事業として執行できる状態となった。
今後は、同期/非同期ハイブリッド形式の研修プログラムの開発をはじめ、教育効果の検証、魅力の発信、OJT施設の募集および紹介体制の整備など、さらなる取り組みが検討されている。また、開発したコンテンツや教育パッケージは、卒前教育や専攻医教育、専門医の生涯教育、タスクシフトを目的とした多職種教育など、リカレント教育以外にもシームレスに応用される見込みだ。
前野氏は「地域医療の現場に総合診療医を確保する」という最終目標に向け、補助事業を最大限に活用していきたいと語る。
この記事をお読みの先生方も、ぜひ一度、総合医育成プログラムの概要をご覧いただき、ご自身のリカレント教育やキャリア形成に役立てていただければ幸いである。
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