インクレチン関連薬による糖尿病網膜症-最新エビデンスとその治療戦略-

2025.12.01
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第40回日本糖尿病合併症学会
合同シンポジウム 内科と眼科がつなぐ未来:糖尿病網膜症診療の新パラダイム
「インクレチン関連薬と糖尿病網膜症:インクレチン受容体作動薬のエビデンスと課題」
発表日:2025年11月14日
演者:矢部 大介(京都大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌・栄養内科学)

 京都大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌・栄養内科学教授の矢部大介氏は、第40回日本糖尿病合併症学会の合同シンポジウム「内科と眼科がつなぐ未来:糖尿病網膜症診療の新パラダイム」において、「インクレチン関連薬と糖尿病網膜症:インクレチン受容体作動薬のエビデンスと課題」と題する講演を行った。その中で矢部氏は、ベースラインリスクの高い患者では急激な血糖改善により網膜症が悪化する可能性があるとし、治療においては眼科医との連携と、適切なdose titration(用量調節)が重要であると訴えた。

GLP-1受容体作動薬の単独使用と網膜症リスクとの関連

 矢部氏は、糖尿病治療の目標について、血糖、血圧、脂質、体重の維持と禁煙により、網膜症を含む合併症の重症化を阻止することとし、特に網膜症の発症予防においては「低血糖を生じないようにするための血糖管理が重要」と強調1)。血糖依存的にインスリン分泌を促進するインクレチン関連薬(GLP-1受容体作動薬、GIP/GLP-1受容体作動薬)は、単独使用時の低血糖リスクが低いことから、この目標を達成するための有効なツールになり得ると述べた。
 GLP-1受容体作動薬セマグルチドについては、心血管安全性試験SUSTAIN-6において、心血管疾患に対するベネフィットが報告されるが、糖尿病網膜症の発症・重症化が問題視されている。矢部氏はSUSTAIN-6のpost hoc解析を紹介し、「インクレチン関連薬による直接的な有害作用が存在するというよりも、高リスク患者における急激な血糖改善が影響している可能性が高い」と指摘。網膜症の既往がありインスリンを使用している患者群など、ベースラインリスクの高い患者においては、投与後早期(16週間時点)のHbA1cの変化量が大きいほど網膜症の発症リスクが増大する傾向が示されたと語った2)
 この現象は、1型糖尿病をもつ人を対象にしたDCCT(Diabetes Control and Complications Trial)3)においても確認されているが、こちらについても「薬剤が悪いというよりは、急激に血糖を下げることがリスクの背景にあると考えられる」とし、糖尿病性網膜症を有する人への治療介入に際しては「急激に血糖を下げない」ことがポイントになると訴えた。

GIP/GLP-1受容体作動薬の特性と網膜症発症リスクとの関連

 GIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチドは、GLP-1に比してGLP-1受容体に対する親和性が低いものの、GLP-1受容体に対してバイアス型アゴニストとして作用するため、生体内でGLP-1シグナルを持続的に活性化しうることが特徴のひとつである。従来のGLP-1受容体作動薬よりも優れた血糖改善効果を有するのは、GIPシグナル活性化に加え、バイアス型アゴニストとしてGLP-1シグナルを同時に活性化しうるためと考えられる。また、延髄孤束核においてチルゼパチドによるGIPシグナル活性化はGLP-1とは独立した経路を介してGLP-1シグナル活性化と相加的に食欲抑制効果を発揮する。一方、延髄最後野においてチルゼパチドによるGIPシグナル活性化はGLP-1による嘔気や嘔吐といった消化器関連の有害事象を軽減する作用も持つ。従って、チルゼパチドはバイアス型アゴニストとしてGLP-1受容体を継続的に活性化し著明な減量効果を発揮する一方、従来のGLP-1受容体作動薬と比して有害事象の発現頻度は必ずしも高くない。
 チルゼパチドの網膜症に対するリスクに関しては、第Ⅲ相臨床開発治験(SURPASSプログラム)のメタ解析において「明らかな網膜症リスクはない」とされていると紹介。その一方で、最近のリアルワールド研究では、「網膜症の既往がある人において、2倍強の割合で網膜症のリスクを上げるという結果が示されている」とも語り、GLP-1受容体作動薬セマグルチドの心血管安全性試験SUSTAIN-6と同様に、治療開始時点で網膜症発症リスクの高い人における急激な血糖降下が原因となっている可能性を考察した。
 しかし、チルゼパチドは、網膜症のない人では新規の網膜症発症リスクを25%程度抑制するとの結果も示されていることから、網膜症予防という観点においては、長期的なベネフィットを有する可能性もあるとの補足もなされた4)

眼科との連携によるリスク評価と段階的な用量調節が重要な治療戦略に

 矢部氏はインクレチン関連薬を導入する際の注意点として、「(治療の前に)今一度網膜症の状態を眼科の先生と連携し、しっかり評価した上で導入する」ことを推奨。特に網膜症の既往があるなど、リスクの高い人に対しては、急激な血糖改善を避け、段階的な治療介入を行うべき」とし、「導入するときも急激な血糖改善にならないように dose titrationをしていく必要があるのではないか」と講演をまとめた。

<参考文献>

  • Sasako T et al. JAMA Opthalmol 2025
  • Vilsbøll T et al. Diabetes Obes Metab 20(4): 889-897, 2018
  • DCCT Research Group. NEJM 1993
  • Buckley AJ et al. Diabetologia 2025

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