インスリン抵抗性はがん発症のリスク因子 機械学習モデルによる大規模集団での検証 東京大学

肥満とそれに伴う慢性炎症が引き起こすインスリン抵抗性は、脂肪細胞、肝臓、骨格筋等のインスリン刺激に対する反応性が低下する現象であり、膵β細胞からのインスリン分泌の低下と並んで糖尿病の主要な病因の一つである。一方、インスリン抵抗性ががんの発症リスクを高めることも以前から示唆されているが、実際に関連を示すような大規模な疫学データは限られている。
また、インスリン抵抗性は本来グルコースクランプ法によって評価されるが、侵襲が大きい検査法のため診療の現場ではほとんど用いられない。代替法として、空腹時の血中インスリン値と血糖値から計算するHOMA-IR indexがあるが、血中インスリン値も糖尿病専門医以外が測定することはまれである。
そこで研究グループは、年齢、性別、人種、BMI、空腹時血糖値、HbA1c、中性脂肪、総コレステロール、HDLコレステロールの9つのパラメータからHOMA-IR indexを予測する機械学習モデル「AI-IR」を開発した。このモデルを英国約50万人の健康情報を網羅的に収集・追跡調査する「UKバイオバンク」のデータに適用し検証を行った。
検証の結果、AI-IRで予測されたインスリン抵抗性を有する研究参加者はそうでない研究参加者と比較して、糖尿病の発症リスクが約7倍に高まった。同様に、AI-IRで予測されたインスリン抵抗性は、心血管病の発症や心血管病による死亡のリスク因子であった。
さらに、UKバイオバンクの研究参加者を、1)糖尿病ではなくインスリン抵抗性も有さないDM(-);AI-IR(-)群(256,685人)、2)糖尿病ではないがインスリン抵抗性を有するDM(-);AI-IR(+)群(94,782人)、3)糖尿病を有するDM(+)群(20,928人)に分類して追跡調査したところ、DM(-);AI-IR(+)群ではDM(-);AI-IR(-)群と比較して6種類のがん(子宮体部、腎臓、食道、膵臓、大腸、乳腺)の発症リスクが統計学的に有意に上昇し、他に6種類のがん(後腹膜、小腸、胃、肝臓と胆のう、白血病、肺と気管支)についても発症リスクが上昇する傾向を認めた。
上記12種類のうち男女共通の10種類のがん(腎臓、食道、膵臓、大腸、腹膜、小腸、胃、肝臓と胆のう、白血病、肺と気管支)をまとめて解析すると、DM(-);AI-IR(-)群と比較した場合のがんの発症リスク(年齢、性別で調整後)はDM(-);AI-IR(+)群では1.25倍、DM(+)群では1.40倍に高まった。同様に女性特有の子宮体がんと乳がんをまとめた解析では、DM(-);AI-IR(-)群と比較した場合の発症リスク(年齢で調整後)はDM(-);AI-IR(+)群では1.26倍、DM(+)群では1.23倍に高まった。
本研究により、インスリン抵抗性ががんの発症リスクを高めることが数十万人規模の大規模集団で初めて明確に示された。研究グループは、「AI-IRの活用によってインスリン抵抗性を大規模集団において簡便に評価することが可能になったため、今後はインスリン抵抗性の代替変数としての肥満やインスリン抵抗性とインスリン分泌の低下が混ざり合った病態である糖尿病ではなく、インスリン抵抗性自体を対象とした研究が進展し、インスリン抵抗性が生じる機序の解明も進むと期待される」と述べている。
本研究は、東京大学大学院医学系研究科の特任講師 平池勇雄氏と台中退役軍人総合病院(台湾)の准教授 Chia-Lin Lee氏らの国際共同研究グループにより実施され、研究成果が2026年2月16日付で「Nature Communications」に掲載された。




