低血糖の回避と血糖変動の是正が心血管疾患の重要な治療戦略に

2025.11.28
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第40回日本糖尿病合併症学会
シンポジウム1 動脈硬化性疾患
「低血糖・血糖変動による血管内皮機能への影響」
発表日:2025年11月14日
演者:岡田 洋右(産業医科大学病院 臨床研究推進センター)
共同演者:鳥本桂一、田中健一、中山田真吾(産業医科大学医学部 第一内科学講座)

 産業医科大学病院 臨床研究推進センターの岡田洋右センター長は、第40回 日本糖尿病合併症学会(11月14~15日開催)のシンポジウム1「動脈硬化性疾患」において、「低血糖・血糖変動による血管内皮機能への影響」をテーマに講演を行った。岡田氏は、HbA1cだけでは評価しきれない「血糖コントロールの質」に着目し、低血糖の回避と血糖変動の是正が、心血管疾患(CVD)の抑制に向けた重要な治療戦略であることを改めて提唱した。

重症低血糖の予防がCVDの抑制につながる

 岡田氏は、心血管危険因子を保有する2型糖尿病患者を対象としたACCORD試験1)について触れ、HbA1c 6%以下を目指した強化療法群では重症低血糖が16.2%へ大幅に増加し、総死亡のハザード比が1.22に増加したため、試験が早期中止に至ったと報告。その上で、単純にHbA1cを低下させることは危険であり、治療においては「血糖コントロールの質」が重要であると説いた。
 一方、日本人を対象としたJ-DOIT3研究2)では、HbA1c 6.2%以下を目標とした多因子介入により重症低血糖を極力抑えた結果、大血管合併症の累積発生率が抑制された(ハザード比0.76, P=0.042)と紹介。重症低血糖は、炎症亢進、血液凝固異常、交感神経副腎系反応等による内皮機能障害を介して心血管系に潜在的な影響を及ぼす3)とし、低血糖回避がCVD抑制につながると解説した。

血糖の変動の大きさと低血糖の頻度・持続時間が血管内皮障害と関係

 また岡田氏は、血管内皮機能(RHI/FMD)の評価が将来のCVDイベントの予測因子になるとも指摘4)。さらに、実地臨床においては、血糖変動の指標であるMAGE(平均血糖変動幅)や低血糖の指標であるTBR(Time Below Range、血糖70mg/dL未満の時間)を評価することの有用性を強調した。
 その一例として、入院中の2型糖尿病患者を対象に、CGM(持続血糖測定)のデータと内皮機能との関連性を検討した横断研究についても紹介5)。空腹時血糖やHbA1cでは内皮機能との有意な相関が見られなかったのに対し、MAGEとTBRにおいては、内皮機能の悪化との逆相関が認められたことを示し、血糖の変動の大きさと低血糖の頻度・持続時間が、慢性高血糖以上に血管内皮障害に深く関与している可能性を示した。

「低血糖のない」治療介入と薬物療法の血管内皮への影響

 岡田氏は、教育入院(生活習慣介入)による内皮機能の改善効果を検討した研究6)においても、「低血糖の有無」が内皮機能の改善に関与する独立した因子であったと紹介。「低血糖が生じている患者さんでは血管内皮機能が改善しない」とし、「低血糖がない状態でベストの治療を目指してほしい」と訴えた。
 また、耐糖能正常者に対するインスリン負荷試験では、単回の一過性低血糖でも血管内皮機能障害が誘発され、その変化はアドレナリン分泌の増大と関連することが示されたと解説7)。低血糖が交感神経の活性化を介して内皮に直接的な悪影響を与え、繰り返す低血糖が心血管系に構造的・分子的損傷を与える可能性を示唆しているとした。

薬物治療においても、低血糖回避が血管保護効果発現の必須条件

 薬物治療に関しては、SGLT-2阻害薬(エンパグリフロジン、イプラグリフロジン)を用いた二次予防患者やCKD合併患者を対象とした検討8-11)において、心機能を含めた各種指標は改善していたが、内皮機能そのものに対する直接的な改善効果は確認されなかったと報告。一方、GLP-1受容体作動薬(エキセナチド)の単回投与は、食事負荷による内皮機能の低下を有意に抑制していたと語った12)
 しかし、GLP-1受容体作動薬(エキセナチド)の単回投与でも低血糖を認めた患者群ではその内皮機能の改善が打ち消されており13)、薬剤選択においても低血糖の回避が血管保護効果発現の必須条件であると強調。その上で、今後の糖尿病診療においては、HbA1cの限界を補完するため、CGMの指標(TIR/TAR/TBR)を積極的に活用し、TBR(<70mg/dL)を減らしつつ、TAR(>180mg/dL)を減少させることで、血管内皮保護とCVDイベント抑制を目指すことが重要であると総括した。

<参考文献>

  • The ACCORD Study Group. N EnglJ Med 358(24): 2545-2559, 2008
  • Ueki K et al. Lancet Diabetes Endocrinol 5(12): 951-964, 2017
  • Desouza CV et al. Diabetes Care 33(6): 1389-1394, 2010
  • Matsuzawa Y et al. J Am Heart Assoc 13; 4(11): e002270, 2015
  • Torimoto K et al. Cardiovasc Diabetol 12: 1, 2013
  • Goshima Y et al. SciRep 21; 10(1): 15384, 2020
  • Tanaka K et al. Sci Rep 16; 12(1): 2598, 2022
  • Tanaka A et al. Cardiovasc Diabetol 20: 48, 2017
  • Tanaka A et al. Diabetes Care 42(10): e159-e161, 2019
  • Tanaka A et al. Cardiovasc Diabetol 19: 85, 2020
  • Tanaka A et al. Diabetes Metab 49(4): 101447, 2023
  • Torimoto K et al. Cardiovasc Diabetol 14: 25, 2015
  • Torimoto K et al. Diabetes Ther 10(3): 1127-1132, 2019

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