全員が笑顔になれる「Win-Win」のアドボカシーを目指して
第16回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会
シンポジウム39「声を上げる、何かを変える~アドボカシーを考える~」
発表日:2025年06月22日
演題:「私たちは「誰の」代弁をするべきか~小児診療におけるアドボカシーの「対象」について~」
演者:柏﨑元皓(関西家庭医療学センター/北海道家庭医療学センター 浅井診療所)

「アドボカシー」は声を上げにくい人の権利や意思を支援し、社会に届ける行為として近年注目が集まっており、糖尿病や小児科の領域でもこの言葉がよく聞かれるようになっている。関西家庭医療学センター/北海道家庭医療学センター 浅井診療所の柏﨑元皓氏は、小児診療の経験をもとに、臨床におけるアドボカシーの対象と実践方法について講演した。
医師の声は想像以上に影響力がある
アドボカシーとは、「本来、その人がもっている権利」を何らかの理由で⾏使できない⼈に代わって、その権利を代弁・擁護し支援する機能のことを言う1)。
医師や弁護士は「フォーマルアドボカシー」(専門家や団体が専門的・公式な立場で行うアドボカシー)の役割を担うが、「インフォーマルアドボカシー」としては、同じ疾患をもつ仲間による「ピアアドボカシー」、一般市民が声を上げにくい人を代弁する「市民アドボカシー」のほか、自分自身の健康や医療に関して自分の権利を理解し、積極的に主張し行動する「セルフアドボカシー」などがある。
医師はフォーマルアドボカシーを行う重要な存在であり、新・家庭医療専門医や小児科専門医のコア・コンピテンシー(その専門職が最低限もつべき基本的で重要な能力や技能、知識の集合体)にもアドボカシーが明示されている。アドボカシーは、臨床・研究・教育の3つの足の上に成り立つ概念として、そして専門職に求められる資質として、現代では定着しつつある。
こうしたアドボカシーの概念を実際の診療の場でどのように活かしていくべきか。乳幼児・小児の精神保健分野に精通する柏﨑元皓氏は、「何をするにも『対話』がキーワードになる」と述べ、アドボカシーにおける対話の重要性を強調した。
小児の診療現場では、子どもと保護者の意見が対立する場面が少なくない。学校に行きたくない子どもと、登校を望む親。薬を嫌がる子どもと、それを心配する家族。医療者は代弁者として、声の小さな子どもを最優先に考える必要がある。しかし一方で、「声」は全ての人がもっているということも忘れてはならない。アドボカシーの対象に焦点をあてた結果として、親や教師、関係者の声を封じ込めたり、そのうちの誰かの声に偏重してしまう危険性があることを頭に入れておく必要がある。
柏﨑氏は次のように語る。「医療者の声は、想像以上に患者、家族、学校関係者などへの影響力が大きい。そのつもりがなくても、誰かの声を遮ってしまうことはあり得る。医療者は自身の発言には影響力があることを意識し、対話を通して関係者全員の声を尊重する姿勢が求められる。これは小児科に限ったことではなく、全ての診療に共通するものと考えている」。
「Win-Lose」ではなく、対話を通じて「Win-Win」を目指す
そこで柏﨑氏が提唱しているのが、関係者全員が笑顔になるための対話の3ステップ。
第一のステップは、単に「聞こえる声を拾う」のではなく、「全ての関係者の声に耳を傾ける」こと。小さな声はもちろん、自ら主張しない人の表情などにも気を配る必要がある。また、診察室に来ている人だけでなく、その場にいない家族や関係者が患者の意思決定に影響を及ぼすこともあるため、誰がその事案に関わっているのかを意識的に捉えることが求められる。
第二のステップは、医療者が「自分の立ち位置」を俯瞰して捉えることである。声の聞こえ方は、医療者の逆転移(医療者が患者に対して無意識に抱く個人的な感情や反応)や価値観、経験に左右される。そのため耳障りのいい声をよく聞き、そうでない声は遠ざけがちになるなど、聞く側がフィルターをかけてしまい対応に偏りが生じやすい。フィルタリングは無意識に働くものであるため、それ自体に良い悪いはない。しかしそこで必要となるのが、まず自分でそのことを認識し、「自分はこのメンバーの中でどこに寄っているのか」を俯瞰して確認し、立ち位置を調整することである。また、医療者は聞き役だけでなく、自らの意見を出すことが求められる場面もある。その際は「影響力を考慮して少し低めに出すことが大事」と柏﨑氏は言う。
第三のステップは、医療者が各メンバーの「通訳」となり、「対話」を促す役割を果たすことである。医療者は、聞きたい声、聞きたくない声、その場に聞こえてこない声など、全ての関係者の声を尊重して理解に徹することが求められる。そのうえで各メンバーの想いを通訳・代弁する。「つまり、あなたは〇〇が心配なんですね」「(自ら主張しない人に対して)△△さんはどう思っておられますか?」とそれぞれの意見を医療者が代弁、尊重することをくり返していくなかで、停滞していたメンバー間の話し合いに必ず変化が起き、対話が促される。
「このときに大事なのは、誰かが妥協する「Win-Lose」の世界観ではなく、対話を通じて新たな解決案を探るWin-Winの世界観をもつこと。AかBかの結論になるとどちらかが勝ってどちらかが負けるということになりがちだが、少し違う段階の解決案を目指す。そう簡単に第3の案は出てこないが、根気強く対話を続けることで第3の案を探ろうとすることが大事だと考えている」と柏﨑氏。
医療者も人間であるため、どこかに偏りが生まれるのは避けられない。しかしだからこそ、自らの発言に影響力があることを意識し、医療者としての自分の立ち位置を俯瞰して調整を行い、関係者同士の対話を促すことが大切となるのだ。全ての声を尊重し、全員が納得できる選択肢を見出すことは決して容易ではない。だが、その困難に向き合い続けることこそが現代の医療者に求められる役割であり、診療におけるアドボカシーを体現する重要な手法のひとつだといえよう。
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