SDMは医療者を守る盾となる

2025.09.24
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第70回日本透析医学会学術集会・総会
共催スイーツセミナー3(株式会社ヴァンティブ)
「SDM~医療者のリスク・患者にとってのメリット~」
発表日:2025年6月28日
演題:「医療者を守るためのSDM」
演者:竹口文博(東京医科大学 腎臓内科学分野 客員准教授、弁護士・医師)

 近年注目されているSDM(Shared Decision Making:共同意思決定)は、患者中心の医療を支える重要なプロセスである一方、医療者を医療紛争から守る盾としても大きな役割を果たす。東京医科大学 法人統合管理室 室長・腎臓内科学分野 客員准教授の竹口文博氏は、医師と弁護士という二つの立場から、医療者にとってのSDMの法的意義について講演を行った。

侵襲的治療は原則不法行為――「有効な同意」の重み

 法律の観点から見ると、侵襲的医療行為は、刑法第二百四条の「傷害」に該当する不法行為である。この傷害とは「人体の生理的機能を害する行為」と定義されており、透析も例外ではない。

 こうした治療行為を合法的に実施するためには、患者の「有効な同意」が不可欠である。「有効な同意」とは、単なる署名では足りず、十分な医学的情報に基づいた「真意に基づく意思決定」でなければならない。他の治療法の選択肢の提示がなかったり、選択のための情報提供が不十分である場合、その同意は法的に無効とみなされるおそれがある。

 また、診療契約においても、医療者側には「最善の治療を行う義務」だけでなく、診療内容の「説明義務」がある。たとえ行った治療自体に問題はなくとも、説明が不十分であれば説明義務違反となる可能性がある。

 たとえば、血液透析の治療を行っている施設で腹膜透析や腎移植の説明を怠った場合、患者から後で「他の選択肢の説明がなかった」と訴えられれば、たとえ血液透析の治療が上手くいっていたとしても、説明義務が履行されなかったことに基づく自己決定権侵害による法的責任が問われて敗訴するリスクがある。

医療訴訟の火種は「粗末に扱われた」という感情

 医療訴訟は、原告である患者や患者家族が非常に強い怒りを持っていることが特徴だ。その怒りは、「病院で粗末に扱われた」という感情により増強する。これは治療の成功や失敗とは別軸にある問題であり、患者の思いを汲み取るコミュニケーションが不足していたことが背景にある。

 そこで、医療者の法的リスク回避に不可欠なのがSDMである。
 SDMの定義は「最善のエビデンスと患者の価値観・好みとを統合させるための医療者と患者間の協働のコミュニケーションプロセス」とされている。SDMを通じて患者の希望を丁寧に聞き取り、医療者側の考えとすり合わせることで、患者は「自分は尊重されている」と感じる。そうなれば訴訟に発展するリスクは大きく減少する。

SDMはWin-Winの仕組み

 SDMの実践を普及するツールとして、竹口氏は、腎臓病SDM推進協会とNPO法人腎臓サポート協会が発行する患者向けの冊子『腎臓病 あなたに合った治療法を選ぶために』を紹介した。

冊子『腎臓病 あなたに合った治療法を選ぶために』
冊子『腎臓病 あなたに合った治療法を選ぶために』

 冊子の構成は、「腎臓病を学ぶ」→「理解の確認」→「自分の生活、希望」→「知識と自分の思いの整理」となっており、これはまさに正式なSDMのプロセス1)に沿ったものである。

冊子の構成
この冊子の使い方

 竹口氏はこれについて「法律的観点から見て、この流れに沿った説明を行えば訴訟に発展することは考えにくい。SDMは、患者さんにとって正しいことを追求した結果として、医療者も守られるWin-Winの仕組みと言える」と述べる。

 まさにSDMは、患者にとって納得できる治療選択を支える重要なプロセスであると同時に、医療従事者を訴訟リスクから守る法的なセーフティネットでもある。患者のためにはもちろん、医療者のためにもSDMは今後の医療において欠かせないプロセスとして広く浸透することが期待される。

※冊子『腎臓病 あなたに合った治療法を選ぶために』は、腎臓病SDM推進協会およびNPO法人腎臓サポート協会のホームページからダウンロードできます(冊子の送付を希望の場合も同ホームページから申し込めます)。

文献

  • USDHHS. Shared Decision Making in Mental health Care 2011 StiggelbutAM. BMJ 2012; 344: e256
[ 糖尿病リソースガイド編集部 / 日本医療・健康情報研究所 ]

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