膵β細胞を調節する受容体「IGF2R」の役割を解明 膵β細胞の機能維持に寄与 群馬大学ら
群馬大学生体調節研究所の研究グループは、ハーバード大学医学部ジョスリン糖尿病センターらとの共同研究により、インスリンを産生する膵β細胞に存在する「IGF2R(インスリン様成長因子2受容体)」の新たな役割を発見したと発表した。
IGF2Rは、膵β細胞の増殖を促す成長因子の量を調節するとともに、オートファジーによる細胞内のリサイクルの仕組みをコントロールする、2つの異なる作用で膵β細胞機能や量を調節していることが明らかになった。

インスリンは、膵臓の膵島に存在する膵β細胞から分泌されるが、糖尿病では、この膵β細胞からインスリンが十分に分泌できなくなると、血糖コントロールが難しくなる。そのため、いかに膵β細胞を守り、数を増やし、正常に作用させるかが糖尿病治療にむけて重要なテーマとなっている。
本研究では、膵β細胞に存在する「IGF2R(インスリン様成長因子2受容体)」という分子に注目。IGF2Rは「カチオン非依存性マンノース-6-リン酸受容体(CI-MPR)」とも呼ばれ、細胞内の酵素をリソソームに運ぶ働きがある。また、成長因子であるインスリン様成長因子2(IGF2)を細胞表面から取り込み分解する働きも知られている。一方、IGF2Rが膵β細胞のインスリン分泌や増殖などの機能に直接どのような役割を果たしているかは明らかでなかった。
そこで研究グループは、遺伝子改変を行った膵β細胞およびモデル動物を用いて、IGF2Rの働きを調べた。IGF2Rの遺伝子発現を低下させた膵β細胞や、膵β細胞のみでIGF2Rを欠損させた遺伝子改変マウスでは、細胞表面のIGF2の増加に伴って膵β細胞の増殖が増大することが示された。一方で、IGF2の低下によりインスリン分泌能は低下しており、肥満や糖尿病状態になると逆に膵β細胞の増殖や量が減少し、その結果糖尿病が増悪することが明らかになった。つまり、生体内ではIGF2Rがなければ、膵β細胞は肥満や糖代謝異常といった長期的なストレスに適応できず、さらなるインスリン分泌の不足や膵β細胞量の低下を引き起こすことが示された。
その背景として明らかになったのが「オートファジー」の低下であった。オートファジーは、細胞が不要な構造や古くなったタンパク質を分解して再利用する仕組みであり、細胞の恒常性維持に不可欠である。特にインスリンを多量に作り出す必要がある膵β細胞は、多くのストレスに晒されており、オートファジーが細胞機能の維持に重要な役割を果たしている。IGF2Rが低下した膵β細胞では、オートファジーに関与する主要なタンパク質の発現量が著しく減少し、オートファゴソームと呼ばれる構造の形成も減少し、オートファジーがうまく働かなくなっていた。その結果、インスリン分泌が低下するとともに膵β細胞を増やす能力も失われ、インスリンの需要に対応できなくなり血糖上昇へとつながっていた。この現象は老齢マウスの膵β細胞でも確認されており、加齢に伴い膵β細胞機能の弱まっていく背景にもIGF2Rの働きが関わっている可能性が示唆された。
さらに、糖尿病ドナー由来のヒト膵島を調べたところ、m6Aメチル化と呼ばれるエピゲノム修飾が低下していることがわかった。m6Aメチル化は、メッセンジャーRNAの安定性や翻訳効率(タンパク質に作り替えられる効率)を調節する仕組み。IGF2RのメッセンジャーRNAにおいてこの修飾が減少していたことから、糖尿病ではIGF2Rの機能そのものの低下や、IGF2Rの発現調節異常が、膵β細胞の機能低下に関与している可能性が示された。
これらの結果から、IGF2Rはインスリン分泌、細胞の増殖、オートファジーといった、膵β細胞の正常な機能や適応反応を支えていることが明らかになった。特に、IGF2Rは短期的にはIGF2を分解することで膵β細胞の増殖を抑制しているように見える一方で、長期的にはオートファジーを保つことで膵β細胞を保護し、インスリン分泌能や膵β細胞量を正常に維持するという、一見相反する二つの作用を持つことが示された。これは、膵β細胞の複雑な調節メカニズムの一端を表していると考えられた。
研究グループは「糖尿病の治療戦略として、膵β細胞そのものを守り増やすという根本治療を目指したアプローチが注目されており、その標的分子のひとつの候補としてIGF2Rが浮かび上がってきたことは大きな意義がある。IGF2Rはこれまで考えられていた以上に膵β細胞にとって重要な役割を担っており、インスリン分泌、細胞の増殖、オートファジーの維持といった多面的な働きを通じて糖代謝のバランスに関わっていることが明らかになった。この発見は、糖尿病の新しい治療法の開発につながる可能性を秘めており、今後の研究の進展が期待される」と述べている。
本研究は、群馬大学生体調節研究所の白川純氏らの研究グループと、ハーバード大学医学部ジョスリン糖尿病センターの共同によって実施され、研究成果は『Diabetes』に2025年10月3日付で掲載された。




