がん予防と糖尿病予防との共通点 -5つの健康習慣とインスリン抵抗性改善がもたらすもの-
第68回日本糖尿病学会学術集会
シンポジウム14 糖尿病とがん
発表日:2025年5月29日
演題:「がんを予防する生活習慣」
演者:津金 昌一郎 (国際医療福祉大学大学院医学研究科公衆衛生学専攻)

2022年の推計によれば、生涯において男性の62%、女性の49%が一度はがんと診断される。特に注目すべきは、70歳未満の死亡原因として、男性の3分の1、女性の2分の1ががんによるものであり、高齢化が進む日本において、寿命を全うすることなく亡くなる原因の大半を占めるがんの予防は極めて重要である。第68 回日本糖尿病学会年次学術集会にて、国際医療福祉大学大学院医学研究科公衆衛生学専攻 津金昌一郎氏は、禁煙、節酒、運動、適正体重の維持、偏りのない食事という5つの健康習慣は、がんのみならず糖尿病、さらには循環器疾患や腎疾患といった非感染性疾患の予防に資するものであり、健康寿命の延伸に不可欠であると結論を述べた。
日本におけるがんの現状と生活習慣要因
日本人の死因の25%を占めるがんは、心疾患、老衰、脳血管疾患、肺炎に続く主要な健康問題である。しかし、日本の年齢調整がん死亡率は世界最低レベルであり、高齢で亡くなる方が多いため、がんによる死亡者の割合が多いという背景がある。
これまでの研究により、日本人男性のがんの43%、女性のがんの25%の原因が明らかになっている。感染症や大気汚染などを除けば、その約半数が喫煙、飲酒、運動不足、肥満、食習慣などの生活習慣に起因していることが示されている 1)。特に喫煙者の多い男性においては喫煙が24%を占める圧倒的な要因であり、次いで感染(18%)、アルコール摂取(8%)が続く。一方、女性では感染が最大の原因であり(15%)、喫煙(4%)が続くが、喫煙率の低さががん死亡率の低さにも寄与している。(世界レベルでは、喫煙に続き、不健康な食事が上位を占めるが、日本の食の良さから、日本人では、その割合は小さいと推計されている。)
日本におけるがん予防の最優先課題は、感染対策と喫煙対策である。肝炎ウイルスやピロリ菌、HPVといった感染症への対策に加え、受動喫煙を含む喫煙対策は、日本人のがん罹患率および死亡率を減少させる上で極めて重要である。加えて、アルコール対策も重要である。日本人のためのがん予防法として提唱されているのは、感染対策と5つの健康習慣である。5つの健康習慣とは、禁煙(受動喫煙含む)、節酒、バランスの取れた食生活(野菜・果物の摂取、減塩)、運動、適正体重の維持である。これらの健康習慣を実践することで、日本人のがんの約半分は予防可能であると推計されている。
糖尿病とがんの共通基盤:インスリン抵抗性に着目
2型糖尿病もまた生活習慣と密接に関連しており、その発症や重症化は生活習慣の改善によって低減可能である。注目すべきは、日本人の糖尿病患者は、がんに罹患するリスクが20%ほど高くなるという事実である。特に肝臓、膵臓、結腸、子宮などのがんになりやすいことが示されている 2)。この背景には、生活習慣といった糖尿病とがんに共通する要因に加え、糖尿病に先行するインスリン抵抗性の状態が、がんリスクを上昇させている可能性がある。これらの状態が体内のインスリンやインスリン様増殖因子の分泌を高め、がん細胞の増殖を促すためと考えられている。その証拠として、インスリン分泌の指標である血漿C-ペプタイド濃度が高いほど、特に男性において、大腸がんリスクが高くなることが示されている。
また、糖尿病による高血糖が、がんリスクを上昇させるのか、即ち、血糖管理によりがんリスクが減るかについては、介入研究の二次解析やメンデルランダム化研究などからは、現時点では支持されていない。糖尿病患者の血糖コントロールは重要であるが、がん予防の観点からは、それ以上にインスリン抵抗性の改善が優先される可能性がある。
肥満もまた、糖尿病とがんの両方に影響を及ぼす重要な因子である。肥満は糖尿病とがんのリスクを高めるが、日本のデータでは、糖尿病に関しては痩せれば痩せるほどリスクは低下するが、がんによる死亡リスクについては、痩せも肥満も上昇させるため、適正体重の維持が重要である。日本の7コホート研究35万人のデータからは、中高年で総死亡リスクが上がらないBMIの範囲は、男性21-26.9、女性21-24.9というデータがある 3)。 アルコール摂取については、適量の飲酒は糖尿病や虚血性心疾患のリスクを低下させる可能性が示されているが、過剰な摂取は脳血管疾患、そしてがんのリスクを高める。日本人の総死亡リスクを考慮すると、適量飲酒者(1日当たりエタノール23g程度)が最も死亡リスクが低いが、適量を超えると飲酒量が多ければ多いほど、死亡リスクは上昇する傾向にある。
健康寿命延伸への統合的アプローチ
がんを予防する生活習慣は、がんの予防に留まらず、糖尿病の発症と重症化の予防、さらには循環器疾患や腎疾患といった非感染性疾患(NCD)の予防にも資するものである。健康な人がこれらの生活習慣を実践することは、早期死亡の予防にもつながる。
糖尿病患者においても、がんに罹患するリスクを考慮すれば、がんを予防する生活習慣の実践は不可欠である。適切な血糖コントロールはもちろん重要であるが、インスリン抵抗性の改善という視点も、がん予防の観点からは重要である。今後、メトホルミンなどの糖尿病治療薬ががん予防に寄与する可能性も示唆されており、さらなる研究が待たれる。
結局のところ、禁煙、節酒、運動、適正体重の維持、そしてバランスの取れた食事という5つの健康習慣は、がん、糖尿病、心血管疾患といった主要な疾病の予防に共通して有効な戦略である。これらのシンプルな生活習慣を医療従事者が患者に啓発し、実践を促すことは、国民全体の健康寿命を延伸するための確実な道筋となるであろう。
文献
- Inoue M, et al. : Glob Health Med. 2022; 4(1): 26-36.
- Sasazuki S, et al. : Cancer Sci. 2013; 104(11): 1499-1507.
- Sasazuki S, et al. : J Epidemiol. 2011; 21(6): 417-430.