幹細胞由来膵島細胞を用いた1型糖尿病移植治療 ~期待と課題~
第68回日本糖尿病学会学術集会
シンポジウム27「1型糖尿病研究最前線」
発表日:2025年5月30日
演題:1型糖尿病に対する移植・再生医療の現状
演者:藤倉 純二(京都大学医学部附属病院 糖尿病・内分泌・栄養内科)

1型糖尿病では、内因性インスリン分泌の枯渇により血糖変動が大きく、慢性合併症や重症低血糖のリスク回避に多大な努力を要する。しかしながら近年では、CGMと連動したインスリンポンプによる、いわゆる「人工膵臓」が利用でき、良好な血糖管理と患者の負担軽減との両立が可能となりつつある。加えて、さらに血糖管理が困難な場合には、膵β細胞量を回復させる治療として、膵・膵島移植が選択肢として挙がるようになってきている。
京都大学医学部附属病院 糖尿病・内分泌・栄養内科の藤倉純二氏は、1型糖尿病に対する移植・再生医療の現状について、第68回日本糖尿病学会学術集会で報告した。膵島移植の有効性と課題について述べるとともに、その中でも幹細胞由来膵島細胞による移植医療が糖尿病の根治療法となり得るとした。
1型糖尿病に対する膵島移植の有効性と課題
膵島移植は、死体ドナー膵から分離した膵島をレシピエントの門脈内へ輸注する低侵襲な組織移植である。2000~2020年までの20年間では、欧米を中心に4,365回の膵島移植が2,170名の患者に対して行われている 1)。
本邦では、2012年以降に実施された膵島移植の多施設共同臨床試験の結果が最近報告されている 2)。主な適用条件は、インスリン依存期間が5年を超え、インスリン分泌が枯渇し、糖尿病専門医による1年以上の治療にもかかわらず重症低血糖が年1回以上起きる患者であり、実際に8名の患者に対し15回の膵島移植が行われた。結果、HbA1cは移植前7.3%から2年後には6.1%に改善し、インスリン必要量は移植前0.69U/kg/dから2年後には0.34U/kg/dとほぼ半減した。インスリン離脱率は2年後28.6%と低かったが、懸念された腎機能の悪化はほとんど認められず、また主要評価項目である重症低血糖回避およびHbA1c<7.4%を達成した患者は1年後75%、2年後57.1%であり、一定の有効性が示された。この結果を受け、本邦では2020年に膵島移植が保険適用となった。
一方で、現在においても膵島移植には課題が存在すると藤倉氏は指摘した。具体的には、死体ドナー膵の出現に頼るため、ドナー不足が深刻であり、レシピエント候補者の待機期間が長期化すること。また、長期的な膵島機能の維持がまだ不十分である点や、膵島移植が不定期に実施されることによるマンパワー不足やコストの問題を挙げた。
幹細胞由来膵島細胞を用いた移植治療
近年、幹細胞から分化させた膵島細胞を用いた1型糖尿病への移植・再生治療について、各国から第Ⅰ~Ⅱ相段階ではあるが良好な結果を示す報告が相次いでいる。
米国ではVertex社のVX-880がとくに良好な成績を示している。これは、胚性幹細胞(ES細胞)をβ細胞レベルまで分化させた膵島細胞を門脈に投与するもので、12名の患者のうち10名がインスリンの離脱に至るという驚異的な結果を示している。移植後90日後には全例で生着およびグルコース応答性のインスリン分泌が認められ、またさらに4 例で1年後に90%以上のTIRを達成していた 3)。また本試験とは別の症例では、インスリン必要量が徐々に減少し、移植後半年以降にインスリン離脱となった例も報告されている 4)。本試験は第Ⅲ相を実施している。
中国では、まだ一例ではあるが、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いた試験結果が報告されている 5)。患者自身の脂肪組織由来幹細胞からiPS細胞を作製し、膵島細胞に分化させた後に腹直筋鞘下に移植した世界初の自家iPS細胞由来膵島移植例である。本症例は、移植後75日以降にインスリン離脱に至り、HbA1cは1年後には4.76%に改善、TIRは99%を達成するなど、非常に良好な経過を示した。一方で、iPS細胞移植には未分化幹細胞の残存や腫瘍化、目的外細胞の増生や、未成熟な分化に伴う分泌異常といった安全性に関する懸念も指摘されており、慎重な評価と長期的な観察が不可欠である。実際にiPS細胞由来β細胞によるテラトーマの発生例も報告されており 6)、今後も注意深い検証が求められると藤倉氏は述べた。
日本発のiPS細胞由来膵島細胞シート
本邦においては、京都大学iPS細胞研究所と武田薬品工業の共同研究成果に基づいて設立されたベンチャーであるOrizuru Therapeuticsが、他家のiPS細胞から作製した膵島細胞製品を開発中である。この細胞は「iPICs(iPS細胞由来膵島細胞)」と呼ばれ、内分泌細胞が98%以上、β細胞が約60%から構成される高純度膵内分泌細胞凝集塊で、未分化iPS細胞や増殖性前駆細胞を極力排除している点が特徴である。
前臨床試験では、免疫不全マウスにiPICsを移植したところ、1年間にわたり安定したヒトCペプチドが検出され、テラトーマ形成や異常な細胞増殖は認められなかった。糖尿病状態のNOD/SCIDマウスにシート状にした細胞を移植した実験では、移植後6週程度から血糖値が正常化し、24週間後には成熟した膵島構造が確認された。さらに、大型動物として免疫抑制糖尿病ゲッチンゲンミニブタを作製し、iPICs移植を行ったところ同様に生着が確認されており、ヒトへの応用に向けた期待が高まっている。
現在進行中の臨床試験は、1型糖尿病患者3名を対象とする用量漸増第1/1b相試験であり、京都大学医学部附属病院で実施されている。移植は全身麻酔下で腹部皮下に行われ、膵島移植プロトコルに準じた免疫抑制剤が使用される。主要評価項目は移植後1年間の有害事象であり、細胞製品の安全性の確認を目的とする。なお、すでに第1例(40代女性)と第2例(40代男性)への移植が2月と5月にそれぞれ行われ、現在順調に経過観察中であることが藤倉氏から述べられた。
幹細胞由来膵島細胞移植は、まだ安全性の確認段階であり、特に未分化幹細胞の残存や腫瘍化のリスクなど、慎重な評価と長期的なデータ蓄積が不可欠である。しかし、これらの課題を克服し、安全性が担保されれば、1型糖尿病の根治療法となり得る可能性を秘めており、今後の臨床試験の結果が期待される。
文献
- Berney T, et al. : Transplant Int. 2022; 35: 10507.
- Anazawa T, et al. : Transplant Direct. 2025; 11(3): e1765.
- ADA, 2024.
- EASD, 2024.
- Wang S, et al. : Cell. 2024; 187(22): 6152-6164.
- Han L, et al. : Stem Cells Dev. 2022; 31(5-6): 97-101.