1型糖尿病の難病指定を目指して—1型糖尿病とともに生活する方の経済的負担と治療の現状—

2025.07.03
prev

第68回日本糖尿病学会学術集会 シンポジウム36
発表日:2025年5月31日
演題:1型糖尿病に対する公費助成の必要性
演者:島田 朗 (埼玉医科大学内分泌糖尿病内科)

1型糖尿病治療は近年、先進的なAID(Automated Insulin Delivery)システム、治療薬やCGM等の技術が飛躍的に進歩した一方で、生涯の治療費が2,000万円に達すると試算されている。高額な治療費が治療を妨げる大きな障壁になっており、経済的負担の軽減は喫緊の課題である。この現状を打破するために、1型糖尿病の指定難病認定に向けたこれまでの経緯と今後の展望について、第68 回日本糖尿病学会年次学術集会にて、埼玉医科大学内分泌糖尿病内科の島田 朗氏が報告した。

1型糖尿病とともに生活する方が抱える医療経済的負担の深刻な実態

 1型糖尿病は、インスリン依存状態の重篤な疾患であり、生涯にわたるインスリン補充療法が不可欠である。インスリン製剤の進化は目覚ましく、超速効型から持効型 製剤、週1回製剤まで多様な選択肢が登場した。また、持続血糖モニタリング(CGM)や自動インスリン注入システム(AID)などの先進医療機器も普及し、血糖コントロールの精度は飛躍的に向上している。しかし、これらの技術進歩はQOL向上に寄与する一方で、経済的な負担を著しく増大させているのが現状だ。
 特に注目すべきは、AIDのような先進医療機器の使用が、1型糖尿病とともに生活する方の経済状況に直結している点である。高額な医療費が原因で、多くの方が最先端の治療法を選択できないという現実がある。1型糖尿病とともに生活する方の生涯にわたる医療費の累計は2000万円にも達するという試算もあり、これは平均的な世帯年収の家庭にとって、到底看過できない水準である。高額医療費制度の対象となるのは、1ヶ月あたりの医療費が高額になった場合に限られ、長期にわたる継続的な治療が必要な1型糖尿病患者は、その恩恵を受けられない。人工透析のように明確に高額かつ長期の治療が必要と認識されれば補助の対象となる一方で、1型糖尿病は「平均的な世帯年収で痛みを感じる」という、制度の狭間に位置しているのである。この医療経済的な負担が、適切な治療を継続することを困難にし、結果として良好な血糖コントロールの維持を妨げ、代謝失調や血管合併症のリスクを高めてしまう。

指定難病申請と厚労省の見解

 1型糖尿病の指定難病申請は、これ日本小児科学会が2度申請を行い、2度却下されている。2023年4月には日本糖尿病学会からも厚生労働省へ申請されたが、依然として難航している。過去の却下理由としては、主に以下の点が挙げられている。

  • 小児期と成人期の区別: 当初、小児期のみの申請であったが、成人期と分けてはならないと指摘された。
  • 患者数の問題: 指定難病の要件である「国民人口の0.1%未満」という数のボーダーラインが指摘された。
  • 2型糖尿病との区別: 2型糖尿病で内因性インスリンが枯渇した症例との区別が難しいとされた。

 これらの課題に対し、日本糖尿病学会は様々なデータを示し、説明を行っている。数については、2023年の緩徐進行1型糖尿病の診断基準改訂により、インスリン依存状態にある方に限定した結果、約9万6000人という数字が確認され、指定難病の要件を満たしていることを示した。また、2型糖尿病との区別についても、JDI(Journal of Diabetes Investigation)に掲載された論文データをもとに、1型糖尿病のほとんどが発症10年以内にインスリン枯渇に至る一方で、2型糖尿病は発症10年以上経過してもインスリン分泌が保持されるという罹病年数による明確な差異を提示し、区別が可能であることを主張した。
 しかし、厚生労働省は依然として難色を示している。その主な理由は、「血中に自己抗体が検出されるため、発病の機構が不明ではない」という主張と、「インスリン注射(対症療法)が『効果的な治療方法』である」という主張である。学会側は、自己抗体の存在は膵β細胞破壊の結果を示すものと考えられているものの、発症の全体像(遺伝的要因、環境的要因を含む)は不明であると述べている。また、インスリン注射が生命維持に不可欠な対症療法であり、あくまで枯渇したインスリンを補充しているに過ぎず、膵β細胞の破壊を止めたり、根本的に治癒させたりするものではないと強調している。実際、アジソン病や下垂体性疾患などでは、治療法が対処療法であるホルモン補充療法にもかかわらず、指定難病として認められている。そのような疾患は多数存在しており、1型糖尿病のみが却下される理由はないとの見解を示している。

指定難病認定への道筋と今後の展望

 現在、日本糖尿病学会は指定難病認定に向けて、国会議員への働きかけを含め、多角的なアプローチを継続している。政治の力も不可欠であるという認識のもと、強力な推進力を求めている。
 また、地域レベルでの取り組みも始まっている。佐賀県では、ふるさと納税を活用し、学校の卒業、就職、結婚など、特に重要な時期である20代の1型糖尿病とともに生活する方をサポートする新たなシステムを構築し、注目を集めている。このような取り組みは、その経済的負担を直接的に軽減するだけでなく、1型糖尿病を取り巻く社会的な課題への認識を高める上でも重要である。
 1型糖尿病の指定難病認定は、単に医療費の助成に留まらず、1型糖尿病とともに生活する方の尊厳とQOLを守る上で極めて重要な意味を持つ。生涯にわたる治療が必要な疾患であるにもかかわらず、成人期に公費助成が打ち切られる現状は、治療継続を困難にし、その人生設計に大きな影を落としている。根本的な治療法がいまだ確立されていない以上、インスリン補充療法は生命維持に不可欠な対症療法であり続ける。
 学会では、厚生労働省に対し、1型糖尿病が指定難病の要件を満たしていることを粘り強く訴えている。そして、日本全国の医療関係者に対して、地域からも指定難病認定への声を上げていくことを期待している。1型糖尿病とともに生活する方が経済的な不安を感じることなく治療を継続し、社会参加できる未来を実現するためには、私たち医療関係者が一丸となって声を上げ、社会全体で支える体制を構築していく必要があると島田氏はまとめた。

[ 糖尿病リソースガイド編集部 / 日本医療・健康情報研究所 ]

糖尿病・内分泌プラクティスWeb 糖尿病・内分泌医療の臨床現場をリードする電子ジャーナル

糖尿病関連腎臓病の概念と定義 病態多様性 低栄養とその対策
小児・思春期1型糖尿病 成人期を見据えた診療 看護師からの指導・支援 小児がんサバイバーの内分泌診療 女性の更年期障害とホルモン補充療法 男性更年期障害(LOH症候群)
神経障害 糖尿病性腎症 服薬指導-短時間で患者の心を掴みリスク回避 多職種連携による肥満治療 妊娠糖尿病 運動療法 進化する1型糖尿病診療 糖尿病スティグマとアドボカシー活動 糖尿病患者の足をチーム医療で守る 外国人糖尿病患者診療
インクレチン(GLP-1・GIP/GLP-1)受容体作動薬 SGLT2阻害薬 NAFLD/NASH 糖尿病と歯周病 肥満の外科治療 骨粗鬆症 脂質異常症 がんと糖尿病 クッシング症候群 甲状腺結節 原発性アルドステロン症
エネルギー設定の仕方 3大栄養素の量と質 高齢者の食事療法 食欲に対するアプローチ 糖尿病性腎症の食事療法
糖尿病薬を処方する時に最低限注意するポイント(経口薬) GLP-1受容体作動薬 インスリン 糖尿病関連デジタルデバイス 骨粗鬆症治療薬 二次性高血圧 1型糖尿病のインスリンポンプとCGM

医薬品・医療機器・検査機器

糖尿病診療・療養指導で使用される製品を一覧で掲載。情報収集・整理にお役立てください。

一覧はこちら

最新特集記事

よく読まれている記事

関連情報・資料