高齢者糖尿病の注射薬、期待と注意点をエキスパートが解説
第68回日本糖尿病学会学術集会
シンポジウム 6:高齢者糖尿病の最新知見:基礎から臨床まで
発表日:2025年5月29日
演題:高齢者糖尿病に対する注射薬治療の最新エビデンスと期待
演者:鈴木亮(東京医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科学分野)

高齢者糖尿病の薬物療法、特に注射薬の選択と管理は、臨床における重要な課題である。第68回日本糖尿病学会学術集会にて、東京医科大学 糖尿病・代謝・内分泌内科学分野の鈴木亮氏は、高齢者糖尿病に対するGLP-1受容体作動薬およびインスリン治療の最新エビデンスと臨床的課題について講演した。GLP-1受容体作動薬は心血管イベント抑制などが期待される一方、高齢者、特に低BMIの患者では悪心や食欲減退、体重減少に注意が必要であり、慎重な用量設定が求められる。またインスリン治療では、週1回製剤が自己注射困難な患者の負担軽減に貢献する可能性が示されたが、低血糖リスクの適切な管理が不可欠であると報告された。
GLP-1受容体作動薬:心血管保護への期待と高齢者特有の課題
高齢者糖尿病診療ガイドライン2023では、GLP-1受容体作動薬が心血管イベントや複合腎イベントを抑制する可能性に触れられている。鈴木氏は、複数のプラセボ対照RCT(ELIXA、EXSCEL、LEADER、PIONEER 6、REWIND、SUSTAIN 6)のメタ解析において、65歳以上の高齢者でもGLP-1受容体作動薬が3-point MACEを有意に抑制したことを紹介。
一方で、デンマークのリアルワールドデータでは、GLP-1受容体作動薬(注射薬)の中止率は75歳以上の群で高く、併存疾患の負担や世帯収入の低さが関連している可能性が示唆された。日本における経口セマグルチドのリアルワールドデータ(PIONEER REAL JAPAN)でも、中止率が75歳以上の患者(32.3%)、75歳未満の患者(16.3%)と、75歳以上の患者の中止率が高い傾向が認められた。
特にGIP/GLP-1受容体作動薬であるチルゼパチドに関しては、SURPASS試験の東アジア人を対象としたサブグループ解析の結果が注目される。この解析では、ベースラインの年齢が65歳以上かつBMI 25未満の群で、悪心や食欲減退、体重減少といった有害事象の発現率が他の群に比べて高いことが示された。鈴木氏はこれらのデータから、「高齢でGLP-1受容体作動薬あるいはGIP/GLP-1受容体作動薬を使う場面で、ベースのBMIが低い患者においては、慎重な配慮が必要である」と警鐘を鳴らした。一方で、GLP-1受容体作動薬は、認知症発症を抑制する可能性を示唆するデータもあり、今後のエビデンスの集積が期待される。
インスリン治療の新展開:週1回製剤の可能性と低血糖管理
高齢者のインスリン治療では、低血糖への対策と注射回数の削減による負担軽減が極めて重要となる。近年登場した週1回持効型インスリン製剤であるインスリン イコデクは、自己注射が困難な高齢者や、訪問看護・家族による注射の負担を軽減するものとして大きな期待が寄せられている。
鈴木氏は、インスリン治療歴のない2型糖尿病患者を対象としたONWARDS 1試験の結果を紹介。インスリン イコデク群は、インスリン グラルギンU100群と比較してイコデク群で統計的にTIR(Time in Range)を有意に改善させた。しかし、重大または臨床的に問題となる低血糖(レベル2+レベル3)の低血糖を発現した患者の割合は両群で同程度(イコデク群:9.8%、グラルギンU100群:10.6%)であったものの、患者あたりの年間発現件数はイコデク群0.30件/人・年、グラルギンU100群は0.16件/人・年と約2倍であった。週1回製剤の特性上、一旦起きた低血糖が繰り返しやすい可能性を指摘し、使用経験が蓄積されるまでは、CGMなどを活用した血糖モニタリングと慎重なタイトレーションの必要性を強調した。
講演ではこのほか、高齢の1型糖尿病患者に対するAID(自動インスリン注入)システムの有用性や、遠隔診療によるインスリン管理の可能性など、多岐にわたる知見が共有された。高齢者糖尿病の注射薬治療は、新たな選択肢の登場により個別化がさらに進む一方で、個々の患者の身体機能、認知機能、社会的サポート体制を総合的に評価し、最適な治療法を追求していくことの重要性が改めて示された。
薬剤等に関するRecommendation (一般社団法人日本糖尿病学会)