糖尿病患者のがん治療、周術期や化学療法に配慮した血糖管理
第68回日本糖尿病学会学術集会 シンポジウム14
発表日:2025年5月29日
演題:がん患者における糖尿病治療
演者:北澤 公 (がん研究会有明病院糖尿病・代謝・内分泌内科)

糖尿病患者のがん治療においては血糖値が大きな影響を及ぼす局面が多く存在し、手術や化学療法を予定通りに円滑に施行するため、血糖を良好にコントロールすることが極めて重要であり、がん治療医と糖尿病治療医が密な連携を取ることで、より安全で有効ながん治療を実現することができる。第68 回日本糖尿病学会年次学術集会にて、がん研有明病院 糖尿病・代謝・内分泌内科の北澤 公氏が報告。
変化する糖尿病患者の「死因」と治療意義
糖尿病治療の目標は、糖尿病細小血管合併症および動脈硬化性疾患の発症・進展を阻止し、糖尿病がない人と変わらないだけの寿命を目指すことである。しかし、糖尿病治療の進歩、血圧管理の向上、薬剤の進化など様々な要因により、血管障害で命を落とす糖尿病患者は相対的に減少している。現在、日本人糖尿病患者の死因の第1位は悪性新生物、すなわち「がん」である。これは、糖尿病がない人と同様の傾向である。
日本人においては2人に1人が生涯でがんに罹患し、3人に1人ががんで死亡すると言われている。糖尿病患者の約4割弱ががんで亡くなっているという直近のデータからも、糖尿病患者にとってがんが極めて重要な疾患であると言える。当初、血管合併症の予防等に注力していた糖尿病患者は、それらの管理がうまくいき、10年、20年と糖尿病と付き合っていく中で、今度はがんと向き合うこととなる。つまり、糖尿病とがんの両方を持った状態で治療に当たるという、新たな局面に突入している。
がん治療を優先とした周術期・化学療法時の血糖管理
がん治療における血糖管理は、一般的な糖尿病治療とは異なる視点が必要となる。特に、がん手術や化学療法においては、がん治療の遅延を防ぎ、計画通りの治療を可能にすることが最重要課題である。
がんの手術は、生体にとって極めて大きなストレス反応を惹起する。これにより、インスリン分泌の低下、インスリン抵抗性の増悪、糖新生の増大などが複合的に作用し、高血糖を招く。術後の高血糖は創傷治癒の遅延や感染症リスクの増大に繋がり、ひいては術後合併症のリスクを高めることが知られている。糖尿病患者は好中球や単球、マクロファージなどの貪食細胞の機能低下により易感染性であり、血糖管理の不良は術後感染症のリスクをさらに高める。br> 周術期の血糖管理目標としては、空腹時血糖値140mg/dL未満、随時血糖値180mg/dL未満が推奨される。血糖コントロールが不良と判断された場合でも、がん手術の延期は極力避けたい。そのため、術前早期入院のうえ、インスリン導入を行うことで、速やかに血糖値を目標範囲に下げ、手術を行うことを現実的な選択肢として検討する必要がある。br> 経口糖尿病薬の取り扱いも重要である。SU薬など、低血糖リスクのある薬剤については、術前には注意が必要となる。ビグアナイド薬やSGLT-2阻害薬は一定期間の中止が必要であるが、SU薬等の経口血糖降下薬については、中止してインスリンへ切り替えることが原則ではあるものの、患者背景や血糖コントロールの状況によっては血糖値をきちんとモニターしたうえで禁食になるまで内服を継続することも選択肢となり得る。これは、経口薬からインスリンへの切り替えに時間を要し、かえって血糖変動を招くリスクがあるためである。
化学療法時の血糖管理:副作用とステロイドの影響を考慮
がん化学療法においては、嘔気、食欲不振、口内炎、味覚障害などの副作用が血糖変動に大きく影響を与える。これらの副作用は患者によって出現時期や程度が異なるため、個別に応じたきめ細やかな対応が求められる。
特に注意すべきは、嘔気や食欲不振などの副作用に対して頻繁に用いられるステロイドによる高血糖である。がん化学療法で主に用いられるデキサメタゾンは持続時間が36~54時間と比較的長く、翌日まで作用が持続するため、投与翌日の空腹時血糖上昇もみられる。がん化学療法開始前の耐糖能が正常もしくは軽度の耐糖能異常であれば、経口糖尿病薬のみで管理できる場合もあるが、すでに経口糖尿病薬を内服しているような糖尿病症例では著明な高血糖を認めることもあり、インスリンによる血糖管理が必要となる。
ステロイドによる高血糖に対するインスリンの投与量設定は難しいが、一般的に超速効型インスリンの増量が必要となるケースが多い。初回化学療法時には、低血糖のリスクを考慮し、スライディングスケールによる追加投与で血糖変動のパターンを把握し、2クール目以降に固定の単位を調整していくのが現実的である。また、食事摂取量が安定しない患者に対しては、食直後の超速効型インスリン投与や、食事量に応じたインスリン量の調整、あるいはスライディングスケールとの組み合わせなど、柔軟な対応が求められる。経口薬で治療していた患者については、高血糖が続くようであれば、血糖降下薬の増量や変更などで血糖値の低下を目指す。それでも難しい場合はインスリン導入を検討すべきである。
免疫チェックポイント阻害薬と1型糖尿病発症リスク
近年、様々な悪性腫瘍に適応が拡大している免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は、がん治療において非常に重要な位置づけにある。しかしその一方で、注意すべき免疫関連有害事象(irAE)の一つとして、1型糖尿病の発症は糖尿病治療医にとって重要である。特に劇症1型糖尿病を発症した場合は、速やかな診断と治療を行う必要があるため、早期発見のために細心の注意が必要である。
ICIによる1型糖尿病は、あらゆる背景の患者に起こり得る。元々耐糖能異常があった患者だけでなく、コントロールが良好であった2型糖尿病患者が、ICI投与後に急速に血糖が悪化し1型糖尿病と診断されるケースも存在する。そのため、がん治療医は常にこのリスクを念頭に置く必要がある。
早期発見のためには、外来受診時の採血項目に必ず血糖(グルコース)を含めること、そして患者に高血糖症状(口渇、多飲、多尿など)を十分に説明し、これらの症状を感じたときはすぐに医療機関に相談するよう徹底することが重要である。わずかな血糖上昇であっても、安易に見過ごさず、速やかに糖尿病治療医と連携し、必要であればインスリン導入を検討すべきである。
北澤氏は、がん治療においては血糖値に大きな影響を及ぼす局面が多く存在する。がん治療医と糖尿病治療医が密な連携を取ることで、より安全で有効ながん治療を実現することができると述べた。