なぜ透析におけるSDMはまだ不十分なのか:ギャップの理解

2026.06.16
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Industry Symposium 15(Organized by: Vantive)
「Shared Decision-Making (SDM) in Dialysis: Turning Conversations into Care」
発表日:2026年3月29日
演題:Why SDM in Dialysis Still Falls Short: Understanding the Gaps
演者:小松康宏(現 東京女子医科大学医療安全学講座 主任教授/群馬大学多職種人材育成のための医療安全教育センター 顧問)

2026年3月28~31日にかけて開催された世界腎臓学会議(WCN’26)にて、透析医療における「共同意思決定(SDM)」をテーマとしたシンポジウムが行われた。小松康宏氏(現  東京女子医科大学医療安全学講座 主任教授/群馬大学多職種人材育成のための医療安全教育センター 顧問)は、日本国内の透析におけるSDMの現状と課題を報告した。

提供:株式会社ヴァンティブ メディカルアフェアズ部

日本における慢性透析患者の年齢分布

 日本の慢性透析患者の平均年齢は70.1歳であり、世界でも特に透析患者の高齢化が進んでいる。透析導入時の平均年齢についても71.59歳(男性70.93歳、女性73.12歳)、また、新規透析導入の最も多い年齢層は、男性が75~79歳であり、驚くべきことに女性は80~84歳となっている1)

 小松氏は、これらの数値は人口動態の変化を反映しているものであるが、わが国の透析ケアの目標を形成する上で重要な意味を持つと指摘。高齢患者にとって生活における優先順位は若年患者とは異なる場合がある。したがって、治療方針の意思決定は、各患者にとって最も重要なことと一致させるべきであるとした。

国内外におけるSDMの指針

 EBM(Evidence Based Medicine)の概念が医療の領域に初めて導入されてから25年以上が経過する。EBM創設者の一人であるゴードン・ガイアットは、2017年にLancet誌に発表した論文2)内で、「EBMとは、SDMを通じてエビデンスを患者の価値観や希望と統合すること」であり、「今後の25年間の重要な課題は、日常臨床においてSDMを促進するツールを開発すること」であると指摘していることを挙げ、EBMによる医療のなかにおいてもSDMが重要となることを小松氏は主張した。

 このように、医療者の間でSDMの重要性はますます認識されていくにもかかわらず、依然としてSDMが実践されることは困難となっている。そのような中で、日本透析医学会は、わが国においてSDMを公式化するうえで重要な役割を果たしてきたことを説明した。具体的には、2020年に「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」3)を発表し、SDMはチームベースの責任であることを強調している。この提言では、以下の4点を指針として掲げている。

  • 患者に対する十分な情報提供をすること
  • 患者の価値観を理解するために患者から十分な情報収集をすること
  • 患者が最善の選択を行えるよう支援するために徹底した話し合いを行うこと
  • 適切な時期にRRTに関する十分な情報を患者に提供すること

 なお、国際的な指針としては、国際腎臓学会(ISN)と国際腹膜透析学会(ISPD)によって2024年に発表された「国際在宅透析コンソーシアム宣言4)がある。本指針は、在宅での透析の世界的な普及に向けて作成されたもので、以下のような活動目標が掲げられている(一部を抜粋)。

  • 腎不全患者に在宅透析の利点をもっと認識してもらう
  • 透析を必要とするすべての腎不全患者とその介護者に対して、在宅透析を含むあらゆる治療選択肢の情報提供を行う
  • あらゆる医療環境において、患者中心の価値観に基づく統合医療の一環として、在宅透析を腎不全患者へ提供する
  • あらゆる医療環境において、計画的であるか緊急であるかに関わらず、腎不全患者が透析の方法を共同意思決定(SDM)に基づいて選択できるようにする

日本における腎臓病SDMの現状

 小松氏は、患者中心のケアの重要性が認識されるようになり、近年、日本の診療報酬制度はSDMを支援する方向で進展していると説明。具体的な年ごとの動向をに示す。

表 日本における腎代替療法(RRT)・SDMに関する診療報酬の動向

 一方で、世界に目を向けると、透析モダリティの普及状況には大きなばらつきがある(図1)。日本では97%の患者がHDを受けておりPDは3%に留まっているが1)、香港ではPDの普及率が70%にまで到達しており、米国やカナダ、英国などの欧米でも、日本よりもPDが一般的に利用されている5)。こうした国際的な違いは、患者の希望が本当に治療法の選択に反映されているのか。それとも、制度や医療者の意向が過大な影響を及ぼしているのか、という重要な疑問を投げかけるものだと小松氏は指摘する。

図1 世界各国のHD・PDの普及比率(文献1, 5を元に作成)

 小松氏は2017年、共同意思決定に関心を持つ腎臓内科の医師らとともに「腎臓病SDM推進協会」を立ち上げている。同協会の目的は、SDMへの理解を促進し、実践のための教材を開発・普及させることである。具体的な取り組みとして、ウェブサイトを通じた患者向け意思決定支援ツール(ディシジョン・エイド)や教育用スライドセット、日常のSDM実践に役立つ実用的なフレーズ集の提供を行っている(腎臓病SDM推進協会 資料ページ)。

 しかしながら、こうした継続的な啓発活動にもかかわらず、日本において透析導入時にSDMがどの程度実践されているかを示すエビデンスは、依然として限られていることを小松氏は指摘。そのような背景を受け小松氏らは、日本における透析導入時のSDMの実施状況を客観的に把握するため、2022年に透析を開始した患者と担当医師を対象とした全国規模のアンケート調査を実施した6)。年間20名以上の透析導入実績があり、かつ1名以上のPD導入実績がある全国376の医療施設を対象とし、最終的に患者308名と医師106名から有効な回答を得た。

 調査の結果、医師と患者の間で「治療法に関する情報提供の有無」の認識に大きな相違がみられた。ほぼすべての医師がHDとPDの両方を説明したと回答した(HD:100%、PD:99.1%)。一方で、全患者の8.8%がHDについて「説明を受けていない」と回答した。またPDについては、28.6%もの患者が「説明を受けていない」と回答した(図2)。また、SDMがどの程度実践されていたかを評価する9項目の質問(SDM-Q-9スコア)では、全項目において医師は患者と比較して「実践した」と回答した割合が高かった。例えば、「医師は、私の病状を治療するためのさまざまな選択肢があることを教えてくれた」という項目に対し、医師は全員が同意したが、患者は約80%しか同意しなかった。

図2 治療法に関する説明有無についてのアンケート結果(Komatsu Y, et al. Kidney Int Rep. 2025; 10(2): S735.より作成)

患者の治療法選択に影響するものとは?

 また本調査では、透析モダリティの選択に関連する要因についても分析を行った。結果、PDに関する情報の提供がPD選択の最も強力な決定要因となっていることが明らかになった。またHDにおいても同様に、HDに関する情報の提供はHD選択と強く関連していた。この結果について小松氏は、治療選択肢に関する情報の有無や可視性、また患者がその情報をどのように認識したのかが、患者の主観的なSDMの経験や意思決定の葛藤よりも、強く治療選択に影響を与える可能性があるとした。

 SDMとは、患者と医療者が協力してケアに関する共同の決定を下す協働プロセスであり、患者が今すぐ必要とするケアである場合もあれば、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を通じた将来のケアである場合もある。治療モダリティの選択だけに限定されるものではなく、日々の治療戦略に関する決定や、終末期ケア、事前指示書に関する話し合いまでもが含まれる広範な概念であることを小松氏は説明した。

 小松氏は、今回報告されたアンケート調査の結果について、治療モダリティの選択は提供された情報に依存する一方で、意思決定プロセスの質が患者の意思決定体験を密接に左右することを示唆するものだと強調。臨床的には、一方的な説明を超えて、患者が治療の違いを「自分事」として内面化できるよう助ける、そのような対話へと移行することが不可欠である。SDMを強化することこそが、腎臓病における患者中心のケアを前進させるための極めて重要な戦略であると結んだ。

文献

  • 正木崇生ほか: 日本透析医学会雑誌. 2024; 57(12): 543-620.
  • Guyatt GH, et al. : Lancet. 2017; 390(10092): 415-423.
  • 透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言作成委員会: 日本透析医学会雑誌. 2020; 53(4): 173-217.
  • 国際在宅透析コンソーシアム宣言. 2024.
    https://ispd.org/wp-content/uploads/IHDC-Manifesto-1.pdf
  • 米国腎臓データシステム(USRDS): 2023年USRDS年次データレポート. 米国における腎疾患の疫学. 末期腎不全, 第11章: 国際比較. 2023.
    https://usrds-adr.niddk.nih.gov/2023
  • Komatsu Y, et al. Kidney Int Rep. 2025; 10(2): S735.
[ 糖尿病リソースガイド編集部 / 日本医療・健康情報研究所 ]
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