腎臓病ケアにおけるCGM―HbA1cを超える新たな評価指標としての有用性
発表日:2026年3月29日
演題:Beyond HbA1c: Continuous Glucose Monitoring in Kidney Disease Care
演者:Julia Mader(オーストリア・グラーツ医科大学 内分泌・糖尿病学 糖尿病技術部門 教授)

2026年3月28~31日にかけて開催された、世界腎臓学会議(WCN’26)のシンポジウムにおいて、オーストリア・グラーツ医科大学 内分泌・糖尿病学 糖尿病技術部門 教授であり、オーストリア糖尿病学会の名誉事務局長兼理事、欧州糖尿病学会(EASD)の執行役員、およびEASDの研修・教育委員会の委員長であるJulia Mader氏が登壇。進行した腎臓病患者において、持続血糖測定(CGM)がなぜ有用であるか、そして従来のHbA1c検査と比較してどのような利点があるかについて解説がなされた。
HbA1cの限界とCGMによる血糖変動評価の重要性
ヘモグロビンA1c(HbA1c)は1960年代に発見され、DCCTをはじめとする多くの臨床試験や日常臨床で血糖管理の絶対的な指標として用いられてきた。現在においても、最新の治療法におけるアウトカム試験の効果を評価する上で重要なパラメータである点は変わりがない。
これに対しCGMは目覚ましい進歩を遂げている。今日ではさまざまな血糖モニターが登場し、近年ではCGMデータを単なる日々の血糖管理ツールとしてだけでなく、臨床試験の「アウトカム評価項目」として用いる動きが加速している。Mader氏は、自身が臨床を始めたころ、あるいはCGMが臨床で使われ始めたころは、システムから出てくる数値を単に書き留めるだけの人や、時には血糖値(mmol/L)を一桁の数字で伝えたり、患者が独自に決めた範囲に基づいて不明確な結果を伝えたりする人が多かったと振り返った。そのような中では、治療アルゴリズムにおいては常にHbA1cが重要な役割を果たしていたが、2019年の国際糖尿病治療技術学会(ATTD)で、国際的なコンセンサスが得られた推奨としてCGMの評価指標(TIR)が提唱され、多くの米国や国際ガイドラインに血糖変動の考え方やその指標(TIR)が組み込まれる時代へと変化した。
Mader氏は、現在においてはHbA1cには限界があり、必ずしも最適な血糖管理指標ではない可能性があることを指摘。その根拠として、まったく異なる血糖変動を示す患者が、同じHbA1c値を示しうることを挙げた。例えば、HbA1cが同じ8.0%であっても、一方は血糖変動が激しく低血糖と高血糖を頻発しており、もう一方は血糖変動が少なく安定して高値を示している可能性がある。前者はまず低血糖への対処が急務であり、後者はただちに高血糖の改善に取り組むべきである。従来用いられてきた血糖自己測定(SMBG)やHbA1cのみでは、夜間や早朝の低血糖・高血糖を見逃す恐れがあったが、現在ではCGMを用いることで正確に評価することが可能となった。
臨床指標としてのTime in Range(TIR)
現在、CGMデータを標準的に評価するための重要な3つの指標として、目標血糖域内時間(Time in Range:TIR)、目標域より高い時間(Time Above Range:TAR)、目標域より低い時間(Time Below Range:TBR)が推奨されている。
一般的な1型および2型糖尿病患者におけるTIRの目標範囲は70〜180mg/dLに設定され、この範囲内に収まる時間を70%以上とし、同時に低血糖を減らすことが求められている。一方、高齢および高リスクの患者に対しては、目標範囲は同じであるものの、TIRの目標値は50%以上と設定されている。これは高血糖に対しては寛容に、低血糖に対してはより厳格に対応するためである。さらに近年では、70〜140mg/dLのより厳格な目標範囲を示す「Time in Tight Range(TITR)」という新たな指標も提唱されている。
HbA1cは過去3ヵ月間に対する単一の数値にすぎず、高血糖や低血糖の記録、あるいは治療の即効的な効果を確認することができない。また、貧血や年齢などの影響を受けやすく、Point of Care Testing(POCT)機器と標準的な分析装置の比較で0.5%の違いが生じるなど、検査機関によって誤差が出うることは無視できない課題であるとMader氏は指摘。対照的にTIRでは、通常2週間にわたる継続的な血糖推移が得られ、期間ごとの比較や治療の即時効果を確認できるため、患者のモチベーション向上にも寄与しうると強調した。
CGMに関する医療従事者への教育
CGMに関する医療従事者への教育について、その必要性をMader氏は強く訴えた。すべての臨床医、看護師、医療従事者が、CGMについて少なくとも基本的な認識を持っておく必要がある。例えば、患者が救急外来(ER)に運ばれてきた際、単なる恐怖心からセンサーを外してしまうような事態を避けるべきである。糖尿病患者が増加する今後、全員が専門医の指導を受けられるわけではないため、「誰が何について知っておくべきか」という段階的な教育プロセスを通じて、各医療従事者が適切な知識を習得することが求められていると強調した。
末期腎不全や血液透析患者におけるCGMの可能性
進行した腎臓病、特に末期腎不全を伴う糖尿病患者においては、低血糖を引き起こしやすい。さらに、この患者集団においては、HbA1cから推測される血糖値と実際のCGMデータとの間に0.5%以上の乖離が生じることが多いという問題がある。
一方で、2型糖尿病および慢性腎臓病(CKD)の患者にCGMを導入することで、低血糖および高血糖を大幅に減少させ、結果として微小血管障害などの合併症を回避できる可能性があるとMader氏は述べた。2024年に発表されたデータでは、大多数の最新CGMセンサーが、これらの腎臓病患者集団においても誤差10%未満という良好な性能基準を満たしていることが示されている。
また、血液透析患者においてCGMを使用する意義として、血液透析中にも血糖値を評価できる点をMader氏は挙げた。米国のデータでは、大多数の患者は透析中にはかなり良好な血糖コントロールを維持しているものの、透析後は以前のベースラインと比較して高い血糖範囲になりやすいことが示されている。また、TIRの上限・下限を外れたデータを分析すると、透析の前後で多くの患者が低血糖(特に70mg/dL未満)のコントロールを失っていることも明らかになった。
最後にMader氏は、CGMは将来的にHbA1cの重要な補助ツールになる可能性があると強調した。CGMの使用により個々の血糖目標を評価し、これまで気付けなかった低血糖を把握できるようになる。将来的には、CGMとその指標が臨床試験のアウトカム評価項目として、そして日常診療においても広く使用されるようになることを確信していると述べ、講演を締めくくった。








