SDMを阻む障壁とは何か ―SDMを機能させるための実践的戦略
「Shared Decision-Making (SDM) in Dialysis: Turning Conversations into Care」
発表日:2026年3月29日
演題:Breaking Through Barriers: Practical Strategies to Make Shared Decision-Making Work
演者:Edwina Brown(英国インペリアル・カレッジ・ロンドン 腎臓・移植センター 教授)

2026年3月28~31日にかけて開催された世界腎臓学会議(WCN’26)にて、透析医療における「共同意思決定(SDM)」をテーマとしたシンポジウムが行われた。英国インペリアル・カレッジ・ロンドン 腎臓・移植センター 教授であり、国際腹膜透析学会の前会長でもある、Edwina Brown氏は、SDMを阻む障壁とは何か、またそれらの解決策について講演した。
提供:株式会社ヴァンティブ メディカルアフェアズ部
真のSDMとは何か
Brown氏はまず、SDMを阻む障壁を突破するには、医療者が「SDMだと思っていること」と「実際のSDM」のギャップを埋めるよう努める必要があるとした。アジアを含む世界の多くの地域では、「医師が医療について最もよく知っており、患者へアドバイスを与える」というパターナリズム的な管理が、依然として医療における意思決定の主流となっていることを指摘した。また別の概念として、「インフォームド・メディカル・ディシジョン・メイキング(情報に基づく医療の意思決定)」があるが、これは、患者に情報を与えるだけ与えて「ここに情報があるので、どうしたいか自分で決めてください」と言うことに実質等しいと考える。一方、SDMとは、医療者が自らの知識や経験を共有し、同時に患者が何を望み、どのような目標を持っているかを理解し、最善の管理・決定とは何かを一緒に見つけようとすることである(図)とBrown氏は説明した。
Brown氏は以前経験したという、高齢患者とのエピソードを紹介した。その患者は、認知機能障害が進行する中で透析が必要になりつつあった。Brown氏は、看護師と共に患者の妻や3人の娘と約1時間話し合った。すると後日、その高齢患者自身から「下半身だけプールの水の中に浸かり、上半身を水面から出している男性」の絵が描かれたポストカードが送られてきた。次の診察時に患者は「あの時はまさにあの絵のような気分だった」とカードを送った理由を話し、結果的に透析は望まず、保存的治療を選択することを決めた。そして、自身の認知症が悪化した場合に備えて、いつ治療を中止すべきかについてのリストを自ら作成し、Brown氏に渡してきたという。このようにSDMは、透析治療を受けるかどうかを決定するだけでなく、どのように透析治療を提供するのかという点においても、絶対的に不可欠であるとBrown氏は自省と共に説いた。
SDMを阻む3つの障壁
Brown氏は、2020年の執筆論文の中で、SDMを阻む障壁を以下の3つに分類している1)。
- 患者側の障壁:病状の否認、認知機能障害、うつ病、ヘルスリテラシーの個人差など
- 医療チーム側の障壁:悪い知らせを伝えることへの抵抗感、PDや緩和ケアについて話す自信のなさ、治療効果に対する患者側の非現実的な期待など
- 医療システム側の障壁:一人ひとりの診療にかける時間が限られている、外来/入院診療におけるプライバシー確保の不足、継続性の困難さ
Brown氏は、これら3つの障壁について、それぞれ解決策を提示した。まず「患者側の障壁」に対しては、「ヘルスリテラシー」の重要性に言及した。ヘルスリテラシーの低さは予後の悪化に直結し、高齢者や社会経済的地位の低い人々に多い。ヘルスリテラシーは、① 機能的(基本的な読み書きのスキル)、② 相互作用的(コミュニケーションおよび対人・社会的スキル)、③ 批判的(健康情報が個人の状況に当てはまるかどうかを批判的に評価するための認知的・社会的スキル)と定義される2)。医療者はこれらを理解したうえで情報を簡素化し、患者のエンパワーメントに焦点を当てる訓練が必要となる。
次に、「医療チーム側の障壁」に対しては「コミュニケーションスキルの訓練」を解決策として挙げた。Brown氏は、ベルリン美術館にある絵画「若返りの泉」を例えとして紹介。この絵画では、泉に入ることで人々が若返る様子が描かれており、これは多くの人々が持つ医療に対する過度な期待のようだとした。医療者は患者が目の前の治療に対して何を期待しているのかをコミュニケーションスキルによって真に理解し、現実的な期待を持ってもらうための支援を提供するよう努める必要がある。
具体的なツールとして、Brown氏は米国医療研究・品質調査機構(AHRQ)が公開している、SDMのためのコミュニケーションに関するウェブサイト「The SHARE Approach」3)や、ディシジョン・エイド(意思決定支援ツール)を紹介。ディシジョン・エイドについては、コクラン・レビューの調査4)により、使用することで患者が自身の情報理解度や個人の価値観の明確化を感じやすくなり、個人の意向や目標に基づいた決定を下すのに役立つことが報告されている 。
最後に「医療システム側の障壁」である、「一人ひとりの診療にかける時間が限られている」という点については、「価値の低い業務」をやめることで時間は作ることができると断言。Brown氏は自身の取り組みを例に挙げた。PD患者の毎月の診察を「2ヶ月ごとにし、医師と看護師が交互に対応する」ことで、1回あたりの診療時間を10分から30分に増やし、SDMの時間を捻出しているという。
さらにBrown氏は、専門の「教育チーム」を導入したデンマークのユニットの成功例5)を紹介。SDM、意思決定コーチング、および個々の患者のニーズに合わせた介入の提供について、さらには高度なコミュニケーションスキル(ミラーリング、傾聴、価値観の明確化など)について訓練を受けた透析コーディネーター(看護師)がディシジョン・エイドを用いて介入した結果、ほぼ3分の2の患者が在宅ベースの治療を選択したという。
講演の結びとしてBrown氏は、イタリア・シエナのサンタ・マリア・デッラ・スカラ救済院に所蔵されている、15世紀当時の先進的な医療・慈善活動の様子を生き生きと記録した貴重な歴史的資料として知られる「Governo e cura degli infermi – 病人のケアと管理」と題されたフレスコ画を提示した。この絵画には、大腿に深い切り傷を負った半裸の患者と彼の足を洗う介護者が、また別の者はその患者が寒くないよう肩に布をかけようとしている姿が中央に描かれている。彼らの背後には手当ての準備や治療について話し合う数人の医師や、別の患者のケア等をする看護師らに加え、病院の管理者と思われる人物が、部屋の中で行われている処置が円滑に進むよう注意深く見守っている姿もある。その傍らには瀕死の老人の告解に耳を傾ける聖職者など多くの人物が描かれている。「われわれ医療者の責任は、この絵画にあるような医療者と患者の関係のようなものであり、またわれわれの後ろにいる管理者をはじめとした様々な関係者を、SDM実践において味方につけるよう努めることである」と語った。
文献
- Blake P, et al. : Perit Dial Int. 2020; 40(3): 302-309.
- Toapanta N, et al. : Clin Kidney J. 2023; 16(Suppl 1): i4-i11.
- The SHARE Approach.
https://www.ahrq.gov/sdm/share-approach/index.html - Stacey D, et al. : Cochrane Database Syst Rev. 2024;1(1): CD001431.
- de-la-Motte P, et al. : BMC Nephrol. 2025; 26(1): 282.








