クリニックの人材確保はなぜ難しいのか ー医療DX対応が加わった二重の経営負担ー

【執筆者】宮田浩行
看護師・介護福祉士。臨床経験15年以上。急性期病院、訪問看護、長期療養施設など幅広い領域で勤務。現在はフリーランスの医療ライターとして活動中。Amazon Kindleにて医療・介護・AI活用に関する著書を15冊出版。
1. 義務化が続く医療DX——クリニックに何が求められているのか
医療分野のデジタル化は、もはや「取り組むかどうか」を議論する段階ではありません。制度として義務化が進み、対応できなければ経営上の不利益が生じる局面が増えています。
(1)医療DX令和ビジョン2030が示す方向性
厚生労働省は「医療DX令和ビジョン2030」において、3つの柱を掲げています。全国医療情報プラットフォームの構築、電子カルテ情報の標準化、そして診療報酬改定DXです。これらは段階的に具体化されており、2025年度中には電子カルテ情報共有サービスの本格稼働が目標として設定されています。
国が目指す姿は、患者の医療情報が医療機関の壁を越えてシームレスに連携される社会です。クリニック単体での電子化が求められるだけでなく、標準化されたシステムへの移行対応という、より大きな枠組みへの準備が必要になります。
(2)オンライン資格確認の義務化とマイナ保険証への移行
オンライン資格確認は2023年4月に原則義務化されました(厚生労働省)。さらに2024年12月2日には従来の健康保険証が原則廃止となり、マイナンバーカードを保険証として使うマイナ保険証への移行が進んでいます。
カードリーダーの設置や、受付・会計フローの変更は多くのクリニックで対応済みでしょう。しかし「機器を入れた」ことと「運用として定着した」ことの間には、現場ではしばしば大きな開きが生じます。スタッフへの説明、患者への案内、トラブル対応。これらは院長やスタッフの日常業務として静かに積み上がっています。
(3)電子処方箋の普及率——医療機関側の導入が薬局に比べて遅れている
電子処方箋の導入状況に目を向けると、施設類型ごとの格差が鮮明です。厚生労働省・デジタル庁のダッシュボード(2025年6月22日時点)によると、薬局の導入率が82.5%に達している一方、医科診療所は19.6%、病院は13.4%にとどまっています(最新の導入状況は同ダッシュボードで随時更新されています)。
当初、2025年3月末までに全医療機関での導入を目指すとされていた目標は達成できず、計画の改訂を余儀なくされました。薬局側が先行するなかで診療所の対応が遅れる構図は、今後の診療情報連携において機能上の制約になりかねません。電子処方箋への対応は、コスト・人手・システム更新が一体で求められる取り組みであり、院長一人の判断と実行力だけで完結させることには限界があります。
2. 診療報酬改定が経営に直結する時代
医療DXへの対応が診療報酬に反映される時代になりました。取り組みの有無が加算の有無に直結するため、経営上の影響は無視できません。
2024年度の診療報酬改定で新設された「医療DX推進体制整備加算」は、DX推進への取り組みを評価する仕組みです。2025年4月以降は、加算の区分がマイナ保険証の利用率に応じて段階化され、利用率30%以上が一つの重要な閾値となりました(厚生労働省。具体的な算定要件は区分・時期により異なるため、最新の通知での確認が必要です)。
これが意味するのは、機器を導入して届出を済ませるだけでは不十分だということです。患者にマイナ保険証の利用を促し、実際に使われる状態を作り続けることが、加算の区分に影響します。受付での声かけ、院内掲示の工夫、スタッフへの教育——こうした運用面の継続的な取り組みが求められます。
診療報酬は毎年あるいは2年ごとに改定されます。制度の変化を追いながら、院内の体制をそのたびに見直す負担は、クリニック経営における構造的な課題の一つです。
3. 医療機関の人材不足——数字が示す慢性的な構造問題

医療DXへの対応負担が増す一方で、クリニックが直面するもう一つの大きな壁が人材不足です。採用難は特定の地域や診療科の問題ではなく、医療業界全体に広がる構造的な課題となっています。
(1)看護師の有効求人倍率——求職者1人に求人2.5件の売り手市場
日本看護協会が公表した2024年度のデータ(ナースセンター集計)によると、看護師の有効求人倍率は全国平均で2.51倍です。これは、求職者1人に対して約2.5件の求人がある状態を意味し、採用する側から見れば厳しい獲得競争にあることを示しています。
さらに分野別に見ると、訪問看護では4.54倍と特に高く、20〜199床規模の病院でも3.00倍に達しています。診療所は相対的に倍率が低い場合もありますが、採用競争の激しさは変わりません。求職者側が複数の選択肢を持つ市場では、給与・勤務条件・職場環境・将来性のすべてで選ばれなければ採用に至りません。
(2)経営の悪化——背景として知っておくべきデータ
帝国データバンクが2025年1月に公表したデータによると、2024年の医療機関(病院・診療所・歯科医院を含む)の倒産件数は64件で、前年比56.0%増・過去20年で最多となりました。また休廃業・解散は722件にのぼり、そのうち診療所が587件を占めています。
これらの数字が示すのは、個々の医療機関が努力不足だということではありません。背景としては、コロナ後の患者動態の変化、物価・光熱費・人件費の上昇、人材確保の困難などが指摘されています。クリニック経営は、外部環境の変化に対して以前より影響を受けやすくなっているといえます。
(3)人材紹介市場の拡大と、見えにくいコスト
採用難を背景に、医療人材紹介市場は拡大を続けています。日本経済新聞(2026年4月)の報道によると、市場規模は10年で2.4倍・1,000億円超に達しています。
その一方で、紹介手数料の水準は高くなっています。日本医師会・四病院団体協議会のワーキンググループ報告書(2026年3月公表、2022年度データ)によると、人材紹介会社経由の採用にかかる手数料は看護師で平均約159万円、医師では平均約335万円とされています。さらに、紹介経由で採用した職員の離職率が相対的に高い傾向があることも報告されており、採用コストが回収できないリスクが存在します。
こうした状況を受け、厚生労働省は職業紹介事業の指針改正などを通じて、お祝い金の禁止や転職勧奨の制限、手数料実績の公開促進といった適正化の取り組みを段階的に進めています。市場の拡大と規制強化が同時に進むなかで、人材紹介の活用は「慎重に選ぶ」段階に入っています。
4. 院長の業務負担——「診療以外」がなぜこれほど増えるのか
人材不足とDX対応が重なる中で、院長の業務量はどう変化しているのでしょうか。
(1)院長が同時に抱える課題の重さ
IQVIAが院長を対象に実施した現場ヒアリングによると、院長が日常的に抱える悩みの上位は、①人材関連、②DX推進、③業務効率化——という3項目です。いずれも、診療行為そのものではなく「経営・管理」に属する課題です。
IQVIAの調査資料(n=1,461)によると、開業医の週間活動時間は平均55.3時間で、そのうち診療は42.6時間。診療所管理業務は週4.4時間と報告されています。この4.4時間の中に、人事・採用・DX対応・スタッフ教育・書類整理・業者対応・法改正の把握などが詰め込まれている実態があります。
(2)「行動空白」という構造的な問題
多くの院長は、課題を認識しています。採用の仕組みを見直した方がいい、電子処方箋に早く対応すべきだ、スタッフ教育を体系化したい——。しかし、その実行に充てる時間と人手が不足しています。
医療現場では「夜間にスタッフ向けのマニュアルを一人で修正している」といった声も聞かれます。課題は見えているのに、実行に移せない——本記事ではこの状態を便宜的に「行動空白」と呼びます。これが、多くのクリニック経営に共通する構造的な問題です。
課題認識と実行の間を埋めることは、クリニックの経営を考えるうえで重要な論点の一つです。それは、院長個人の努力や意欲の問題ではなく、仕組みとリソースの問題として捉える必要があります。
5. 採用だけでは解決しない
人材不足の課題に対して「採用を強化する」という方向性は自然な発想です。しかし採用はゴールではなく、スタートにすぎません。
(1)採用コストと離職リスクのジレンマ
前述のとおり、看護師一人の採用に際して紹介会社を利用すれば、手数料だけで平均約159万円かかります。採用後に短期離職が起きれば、コストは回収できないまま次の採用が始まります。
加えて、採用した人材が定着するかどうかは、職場の受け入れ体制・教育環境・院内文化に大きく依存します。採用に力を入れながら、定着を支える仕組みが整っていなければ、採用コストが繰り返し発生するサイクルに陥りやすくなります。
人材確保は採用活動だけでなく、採用後の受け入れ・定着支援、評価制度、働きやすさの整備までを含めた一連の取り組みとして設計する必要があります。
(2)DXツールを入れただけでは使われない問題
医療DXについても同様のことが言えます。電子カルテを導入し、カードリーダーを設置した——それ自体は重要な一歩ですが、スタッフが使いこなせなければ、業務効率の向上にはつながりにくくなります。
導入後の活用定着こそが、DX投資の成否を分けます。誰がスタッフへのレクチャーを担うのか、トラブル発生時の対応窓口はどこか、患者への説明はどのように統一するのか。これらを院長一人で設計・運用するには、時間と専門知識の両方が必要です。
「ツールがある」と「使えている」の間にある溝を埋める役割が、クリニック経営では慢性的に空白になっています。
6. 解決策の選択肢を整理する——コンサル・人材紹介・伴走型支援の違い

クリニックが外部支援を活用しようとする場合、主に3つの類型があります。それぞれの特性を正確に理解したうえで、自院の課題の段階に合ったものを選ぶことが重要です。
(1)コンサルティング——助言中心、実行は自院
コンサルティングは、課題の整理・分析・改善提案を専門とする支援形態です。経営課題を可視化し、打ち手の方向性を示してもらえることが強みです。
一方で、実行は自院で行う必要があります。提案された施策を動かす人手・時間・ノウハウが院内にあれば効果を発揮しやすい反面、実行リソースが限られている場合には「良い提案を受けたが動けない」という状況が起きることがあります。
(2)人材紹介——採用まで、その後は自院
人材紹介は、採用候補者のマッチングと紹介を専門とする支援です。採用活動の工数を大幅に削減できる点は大きなメリットです。
ただし、支援の範囲は採用の成立まで。採用後の定着・育成・マネジメントは自院で担う必要があります。前述のとおり手数料コストも発生するため、採用後の定着率が経営上の重要な変数になります。
(3)伴走型支援——助言から実行まで一貫して関与
伴走型支援は、課題の整理から実行まで一体で関わる支援形態です。助言にとどまらず実行支援まで含むため、院内の実行リソースが不足している場合に、その不足を補いやすい形態といえます。
注意点として、伴走型支援は業務委託契約に基づいて提供されるものと、人材を常駐させる形のものがあります。業務委託の場合、発注元(クリニック側)と受託者(支援会社側)の間に指揮命令関係は生じません。人材派遣とは法律上・運用上の性質が異なります。契約形態を事前に確認することが重要です。
3つの類型に優劣はありません。「今、自院が何を必要としているか」という課題の段階と、院内のリソース状況に応じて選ぶことが合理的な判断です。
7. 「IQVIA院長伴走型アシストサービス」という選択肢
ここからは、前述の「伴走型支援」を提供する企業の一例として、IQVIAの「院長伴走型アシストサービス」を紹介します。なお、本セクションの情報はIQVIAの公表資料・サービス資料(2026年時点)に基づいています。
(1)IQVIAとはどのような会社か
IQVIAは米国ノースカロライナ州に本社を置くグローバル企業で、同社資料(2026年時点)によると、従業員は約93,000名、100以上の国と地域で事業を展開しています。「The Human Data Science Company」を掲げ、医療・ライフサイエンス分野のデータ活用と業務支援を専門としています。
IQVIAサービシーズ ジャパンは1998年に日本で設立、東京都港区に拠点を置き、約5,571名が在籍しています(同資料による)。50年以上にわたり、医療機関との関わりを長く積み重ねてきた実績があります。
(2)支援の内容と担当者の専門性
「IQVIA院長伴走型アシストサービス」の支援範囲は6つの領域にわたります。人事・採用、マーケティング、院内管理、総務・秘書、渉外、経営の重要6領域を提案から実行まで支援することが特徴です。対応する診療科は保険・自費問わず、20以上の診療科以上に及び、クリニックの規模や診療内容に応じた対応が可能です。
同社の資料によると、サポートにあたるのはMR(医薬情報担当者)の経験を持つ、医療に精通した担当者です。臨床と経営の双方について「院長と同じ言語で意思疎通を図れる」ことを、同社はサービスの特徴として挙げています。
支援の体制はプロジェクトチーム制をとっており、専任の担当者に加えてマネージャーが配置され、タスクの進捗管理と報告を担います(専門担当者は50名以上、同社資料による)。契約形態は業務委託であり、クリニック側との間に指揮命令関係は生じません。人材派遣とは性質が異なる点は、検討時に押さえておきたいポイントです。
サービスの提供実績は10年以上、サポート施設は、現場で課題解決の提案から実行までを担う、伴走型でありながら伴走型でありながら200施設を超えるとされています(同社資料・2026年時点)。また、サービス利用中の院長を対象とした小規模なアンケート(n=20、2022年1月〜8月、IQVIA調べ)では、85%が「強く勧める・勧める」と回答したと報告されています。
同社の資料では、採用活動や院内整備に担当者が現場の実務レベルで関わる点が特徴として紹介されています。もっとも、外部支援の有用性はクリニックの規模・課題内容・院内体制によって異なります。自院の状況に合った支援内容かどうかを、事前の相談で確認することが重要です。
まとめ:医療DX時代の経営課題に向き合うための視点
医療DXの義務化は段階的に進んでおり、対応の遅れが経営上の不利益に直結する局面は今後も続きます。同時に、看護師を中心とした人材不足は構造的な問題であり、短期間で解消される見通しはありません。
重要なのは、DX対応と人材確保は別々の課題ではなく、院長の限られた時間と経営リソースを奪い合う「二重の負担」として作用しているという視点です。採用を強化するだけでも、ツールを導入するだけでも、根本的な課題は解消しません。
院長が一人ですべてを抱える体制には、構造的な限界があります。外部の支援を活用することは、経営能力の不足を示すものではなく、限られたリソースを診療本来の価値に集中させるための経営判断です。
コンサルティング・人材紹介・伴走型支援——3つの類型はそれぞれに異なる特性を持ちます。自院の課題がどのフェーズにあるか、院内に何のリソースが不足しているかを整理したうえで、合う選択肢を検討することをおすすめします。
参考文献・資料
- 厚生労働省「医療DXの推進に関する工程表(医療DX令和ビジョン2030)」
- 厚生労働省「オンライン資格確認の導入について」(2023年4月原則義務化)
- 厚生労働省「健康保険証の新規発行終了・マイナ保険証への移行」(2024年12月)
- 厚生労働省・デジタル庁「電子処方箋の導入状況に関するダッシュボード」(2025年6月22日時点)
- 厚生労働省「令和6年度診療報酬改定 医療DX推進体制整備加算」(2024年)および「令和7年度見直し」(2025年)
- 公益社団法人日本看護協会「2024年度 ナースセンター登録データに基づく看護職の求職・求人状況」(2025年公表)
- 株式会社帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2024年)」(2025年1月公表)
- 日本医師会・四病院団体協議会「医療機関における人材紹介会社の利用に関するワーキンググループ報告書」(2026年3月公表、2022年度データ)
- 日本経済新聞「人材紹介料に消える医療費 10年で2.4倍1000億円超」(2026年4月)
- IQVIA「院長伴走型アシストサービス」サービス資料(2026年時点)
※本記事中の統計・制度情報は各公表時点のものです。最新の情報は各出典元でご確認ください。






