セミナーレポート:脂肪性肝疾患を考慮した2型糖尿病薬物療法
本コーナーでは、日本臨床内科医会が主催する「かかりつけ医のためのWEB講座」内で行われたスポンサードセミナー(2024年7月30日開催)のレポートを掲載いたします。
提供:アステラス製薬株式会社 寿製薬株式会社
脂肪性肝疾患を考慮した2型糖尿病薬物療法
ーSGLT2阻害薬のbenefit/risk
講師:高橋宏和先生(佐賀大学医学部附属病院 肝疾患センター センター長・特任教授)
脂肪性肝疾患の新しい名称と定義
ーNAFLD/NASHからMASLD/MASHへ
2023年、脂肪性肝疾患の新たな名称と定義の変更が米国肝臓病学会(AASLD)、欧州肝臓学会(EASL)などが中心となり提唱されました1~3)。これまで肥満やメタボなどが原因の脂肪肝は非アルコール性脂肪性肝疾患、略してNAFLD(Non-Alcoholic Fatty Liver Disease)とよばれ、NAFLDのうち炎症・線維化が進み肝炎を発症した状態はNASH(Non-Alcoholic Steatohepatitis)という名称が使われてきました。しかしalcoholicやfattyという言葉を不快に感じる患者が世界的に決して無視できない割合で存在していることがわかりました4)。
そこで、脂肪性肝疾患全体をSLD(Steatotic Liver Disease)とし、NAFLDはMASLD(Metabolic Dysfunction-Associated Steatotic Liver Disease)、NASHはMASH(Metabolic Dysfunction-Associated Steatohepatitis)とすることとなりました。
SLDにはこのほか、従来通りのアルコール関連肝疾患であるALD(Alcohol Associated Liver Disease)、中間飲酒群を表すMetALD、原因が特定できるSLD、原因不明のSLDが含まれます。
これまでNAFLDは「男性1日30g・女性20g未満の純エタノール摂取量による脂肪肝」が唯一の診断基準でした。MASLDでは、アルコール摂取量の基準はNAFLDと同一ですが、同時に1つ以上の代謝異常がある脂肪肝とされるようになりました5)。とはいえ両者の患者背景は、年齢、性別、また肝生検での所見、そして肝関連のアウトカムとしての肝癌や肝不全などがNAFLDとMASLDほぼ同じ6)であり、これはNAFLD患者も代謝異常を有していたことを示しています。
MASLDの有病率は高く、世界で30.05%の人が罹患していることがわかっています7)。わが国の有病率は25.8%で、男性に多く(男性37.4%、女性18.1%)、また14%が糖尿病を罹患していました8)。ただし、単純性脂肪肝を経て炎症が起こり肝硬変まで至るリスクは1~2%で、全員の肝病態が進展するわけではありません9,10)。他方、2型糖尿病患者におけるMASLDの有病率は63.71%と極めて高く11)、肝臓・消化器専門医よりも糖尿病専門医の方がMASLDに遭遇する可能性は高いことが考えられます。
では糖代謝異常があると、例えば肝臓でどういったことが起きているのでしょうか。最もクリティカルな部分が肝臓の線維化であることが確認されています。高血糖ではTGF-βシグナル伝達が活性化し、肝臓の星細胞からコラーゲンが産生され、線維化が引き起こされます12)。実際、MASLD合併2型糖尿病患者において、HbA1cが7%を超えると肝臓の線維化が進展していたことが示されています13)。
また玉城ら14)はMASLD合併2型糖尿病患者において、HbA1cが高くなると肝関連イベントが段階的に増加したことを報告しており、血糖コントロール状態は肝関連イベントと関連することを示唆しています。
このように肝臓の状態と血糖の関連性は確認されてきていますが、肝臓の中の病態自体もMASLDの予後を規定しています。北欧のコホート研究15)では、MASLD患者は一般集団と比べ死亡リスクが高く、病態進展とともにリスクが増加していたことが確認されています。また、肝臓の線維化はMASLD患者の予後や肝関連イベントのリスクと関連する最も顕著なリスクファクターであったことが確認されています16)。
線維化進展例をいかに見つけるか
ーグローバルスタンダードの視点から
脂肪性肝疾患の診療では、線維化進展例を見つけることが重要です。現在グローバルスタンダードとなっているのがFIB-4 index(肝線維化を予測するスコア)で、1.3以上あれば線維化が進展している状態と考えられます。わが国の「NAFLD/NASH診療ガイドライン2020」17)でも、まず脂肪肝を診断すること、特に糖尿病など代謝異常を有する患者では超音波検査などを行い、異常があればFIB-4 indexなどで線維化リスクを評価することが記載されています(図1)。
また欧州3学会のMASLD臨床診療ガイドライン5)、米国糖尿病学会の2型糖尿病に関するガイドライン18)では、FIB-4 indexを用いて線維化を評価し、数値に応じて定期的な再評価やELF(Enhanced Liver Fibrosis)測定、FibroScan実施、専門医への紹介などを行うことが推奨されています。
実はわが国は、肝臓の線維化を見るための血液検査は世界で種類が最も多く、FIB-4 indexのほかM2BPGi、IV型コラーゲン・7S、ヒアルロン酸、P-III-Pなどが保険適用となっています。ELFはヒアルロン酸とP-III-P、TIMP-1の組合せで計算されるスコアで、9.8を超えるとステージ3以上の線維化リスクが高くなります19)。FibroScanは肝硬度と肝臓内脂肪量を測定できる画像診断法ですが、導入先は専門医療機関に限られるため、基本的には、FIB-4 indexをはじめ血液検査のマーカーの中から、使いやすいものを用いればよいと思います。
また最近では、通常の超音波検査で肝硬度が測定できるSWE(Shear Wave Elastography)の普及も進んでおり、FIB-4 indexが1.3以上の場合は積極的に測定することが推奨されています。
MASLD合併2型糖尿病の血糖管理目標
ー基準はHbA1c 7%
MASLD合併2型糖尿病患者における血糖管理目標はどのように行っていけば良いのでしょうか。糖尿病患者では合併症予防のための血糖管理目標として、HbA1c 7%未満が設定されています20)。また前述の玉城ら14)は、HbA1c 7%以上と未満とでMASLD合併2型糖尿病患者における肝関連イベントおよびMACE(主要心血管イベント)の発症に差があったことを報告しています。すなわち血糖コントロールは脂肪肝の有無によらず重要であり、HbA1c 7%というラインが1つの基準になると考えられます。
米国のコホート研究21)でも、MASLD合併2型糖尿病患者においてHbA1c 7%未満の期間が全治療期間の80%以上あれば、肝癌発症が抑制されたことが確認されています。
またMASLD合併2型糖尿病患者だけでなく、MASLD全体における死因は、心血管疾患が38.6%と大きなウエイトを占めていたことがわかっています22)。実際、脂肪肝があるだけで心血管イベントが2倍程度増加したことが報告されています23)。
MASLDの予後は図2に示すような3つの病態により規定されます。このうち肝臓の状態と糖尿病・代謝異常は、相互に発症要因となっており、また脂肪肝の存在や肝臓の病態悪化は、心血管疾患やCKD(慢性腎臓病)のリスクとなります。さらに糖尿病・代謝異常はそれ自体で、心血管疾患や細小血管疾患など合併症の発症や重症化をきたします。したがってより良いアウトカムを得るには、それぞれの病態を念頭に置き、3つの輪の中心にあるような介入治療を行う必要があると考えられます。
MASLD合併2型糖尿病患者における血糖マネジメントの最適解
MASLD合併2型糖尿病患者における血糖マネジメントの最適解は、どのようになるでしょうか。日本糖尿病学会の「2 型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム」24)では、まずインスリン適応を検討した後、目標HbA1c 値を決定するとしており、MASLD合併例では7%あたりになると考えられます。次に非肥満か肥満か、インスリン抵抗性型といった病態に応じた薬剤選択を検討します。そして低血糖リスクなど安全性に配慮したうえで、各臓器に対しadditional benefitsがある薬剤を考慮します。さらに服薬継続率やコストなど患者背景も参考にし、最終的な薬剤を選択することになります。
このうちSGLT2阻害薬は、尿糖排泄を促進し、血糖低下作用を発揮する薬剤です。肝機能障害例での禁忌はありませんが、尿路・性器感染症や正常血糖ケトアシドーシスなどに十分な注意が必要です。
「NAFLD/NASH診療ガイドライン2020」17)では、脂肪肝があると血小板数<20万/mm3またはFIB-4 index≧2.67の場合、頸動脈エコーなどで潜在的な脳・心血管病の評価を積極的に行うことが推奨されています。われわれの研究25)でも、頸動脈エコーでmax IMT(最大内中膜厚)≧1.5mm以上の患者はFIB-4 indexやFibroScanで測定した肝硬度が高くなっていました。海外のコホート研究26)では、FIB-4 indexが高いと心血管イベントを約4.5倍起こしやすく、他の研究27)からも、FIB-4 indexが高い患者でMACEや心血管死などのリスクが高くなったことが示されています。ただしMASLDで診断すると、線維化が進んでいる患者でも、線維化が進んでいない患者でも動脈硬化は存在します。NAFLDのCVD評価を現状のガイドライン17)にどう反映させていくかは、今後の検討課題となります。
日本循環器学会・日本糖尿病学会のコンセンサスステートメント28)では、糖尿病から循環器への紹介基準を「40歳未満かつ糖尿病罹病歴10年未満」と「40歳以上または糖尿病罹病歴10年以上」で分けています。「40歳未満かつ罹病歴10年未満」ではまず高血圧や脂質異常症などのリスク評価を行います。MASLDもリスク因子の1つと考えられますが、これらのリスクがある場合は、頸動脈エコーなどで積極的に動脈硬化のリスク評価を行うことが推奨されています。
ちなみに、安定冠動脈疾患患者に対する血行再建術の有効性を検証したISCEMIA試験29)では、侵襲的治療群と保存的治療群とで心血管のアウトカムは変わらなかったことが示されています。ただし保存的治療も単に放置していた訳ではなく、脂質や血糖などの管理は厳密に行われていました。糖尿病患者の場合は最低でもHbA1c 8%未満、可能であれば7%未満を目標に管理することで、侵襲的治療と同等の予後が得られるものと考えられます。
メタボリックドミノ全方向性の病態とリスクを考慮しながらアプローチ
わが国では今のところ、MASLDに保険適用をもつ薬剤はありません。他方、「NAFLD/NASH診療ガイドライン2020」17)では、何らかの基礎疾患を有する場合はそれに応じた薬物療法、例えば2型糖尿病患者ではSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬などの使用を考慮することが記載されています。また「2 型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム」24)および「糖尿病診療ガイドライン2024」30)では、日本人のエビデンスとして、SGLT2阻害薬がNAFLDの組織像に与える影響を検討した報告31~33)が引用されています。
メタボリックドミノ(図3)34)においては、肥満からインスリン抵抗性、食後高血糖や高血圧、脂質異常症へと至るまでは、パラメータの異常ということができます。しかしその先の脂肪肝は、最初に倒れる臓器のドミノといえます。そこから後は人によって異なり、糖尿病から細小血管合併症、脳卒中や心筋梗塞などの大血管合併症、肝臓以外の癌など、メタボリックドミノの全方向性に倒れていく可能性があります。かかりつけ医、そして糖尿病および肝臓・消化器専門医は、患者が今メタボリックドミノのどこにいるのかをしっかり確認し、適切に対応していくことが重要であるといえます。
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