1型糖尿病患者への腹膜透析導入症例から見た課題と展望
第30回日本腹膜透析医学会学術集会・総会
一般演題12「研究/治療成績3」
発表日:2024年11月16日
演題:「1型糖尿病を原疾患とする末期腎不全患者5例における腹膜透析導入後の経過とその比較」
演者:椎名裕城 先生(東京慈恵会医科大学附属病院 腎臓・高血圧内科)
共同演者:川井麗奈、土谷千子、新倉崇仁、松尾七重、丸山之雄、横尾隆
近年、2型糖尿病患者を対象とした研究では腹膜透析(PD)と血液透析(HD)の選択が生命予後に大きな影響を及ぼさないことが示されている。しかし、1型糖尿病患者に特化したPDの有効性や安全性、合併症のリスクなどに関するエビデンスは依然として乏しい。東京慈恵会医科大学附属病院 腎臓・高血圧内科の椎名裕城氏は、1型糖尿病患者5例を対象とした後ろ向き観察研究を実施し、その経過と課題について報告した。
1型糖尿病患者における腹膜透析導入の実例
糖尿病患者の末期腎不全に対するPDは、残存腎機能の保持や生活の質を維持するための選択肢の一つである。ただしPDには、透析液中のブドウ糖にさらされることによる血糖コントロールや脂質代謝への悪影響、高血糖による除水不全、手技の困難さや感染症リスクなどの特有の課題がある。一方、HDを選択した場合には、自律神経障害による血圧変動や脳・心血管系の合併症のリスク上昇、抗凝固剤使用に伴う出血性合併症、重度の動脈硬化によるバスキュラーアクセストラブルなどがある。
PDとHDが糖尿病患者の生命予後に与える影響については長年議論が続いてきたが、最近の研究1~3)では、透析方法が生存率に有意な影響を及ぼさないことや、適切な管理下ではPDを導入した糖尿病患者は非糖尿病患者と同等の予後が期待できる可能性が示唆されている。しかし、これらの知見は大半が2型糖尿病患者を対象としたものであり、1型糖尿病患者に特化したPDの有効性や安全性、合併症のリスクなどに関するエビデンスはほとんどないのが現状である。
そこで、東京慈恵会医科大学附属病院 腎臓・高血圧内科では、1型糖尿病患者に対するPDの有効性と課題を明らかにすることを目的として、2018年4月から2023年12月までの間に当院でPDを導入した1型糖尿病由来の末期腎不全患者5例を対象とした後ろ向き観察研究を実施した。
導入時のデータでは、5例中3例で高血圧が認められ、5例中4例はBMI20以上であった。糖尿病罹患期間は平均33年、全例が20年以上で、並存疾患としては心不全、常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)、高血圧、脳梗塞、高尿酸血症、甲状腺機能低下症などが認められた。インスリンはいずれも持効型と速効型を使用しており、1日40単位以上の投与を必要とする症例もあった。
経過報告では、2例がPD導入後にHDに移行した。ケース1は57歳男性で、溢水で搬送されHDでの除水後にPDを導入。導入後、体重増加とともにHbA1cおよびインスリン投与量の増大が見られた。経過中に、CABG(冠動脈バイパス術)、閉塞性動脈硬化症に対する末梢血管治療を施行。出口部感染とPD腹膜炎を発症後、難治性PD腹膜炎となったため、PD導入から2年4か月後にHDへ完全移行となった。PD導入から5年後に敗血症で死亡した。
ケース2は67歳女性で、PD導入後に食事摂取量が徐々に減少。透析液中への蛋白漏出が顕著となり、血清アルブミン低下を来した。体液貯留が顕著となり、導入半年後に心不全と起因菌不明の腹膜炎を発症したため、HDに移行。移行後は食事量や血清アルブミン値も改善した。原因不明であるが、PD導入から3年6か月後に死亡した。
ケース3~5では、いずれも合併症の発症がありつつPDを継続している。
血糖管理と合併症予防が重要となる
5例についてPD導入から半年後の変化を検討した結果、全症例において体重は増加傾向となったが、インスリン量の増減には個人差があった。残存腎機能においては、PD導入から半年で腎Kt/Vが低下傾向を示した例が5例中3例だった。
糖尿病患者において、慢性的な高血糖は残存腎機能の低下に影響することが知られており、特に最近の研究4,5)でHbA1cの上昇が急速な腎機能低下を引き起こすことが示されている。糖尿病患者の残存腎機能を維持するためにはPD導入早期の血糖管理や体液管理が重要であることが今回の症例においても再確認された。
また、高血糖は腹膜透過性を亢進させることが知られているが6)、今回の症例では導入時および半年後の腹膜透過性に変化はなかった。椎名氏はこの理由として、「現在使用されている中性・低GDPのPD液が、1型糖尿病のPD患者においても腹膜保護効果があることが示唆されている」と述べた。
感染性の合併症としては5例中3例で4エピソードの腹膜炎が確認され、出口部感染も5例中2例見られた。椎名氏は、東京慈恵会医科大学附属病院での全腹膜炎発症率0.23/患者年に対してPD腹膜炎の発症率は0.59/患者年と高いことを示し、患者教育の強化や定期的な手技確認、出口部のケアなど感染予防の重要性を指摘した。
心血管系合併症については、5例中2例で心血管疾患が確認された。1型糖尿病では45歳までに男性の70%以上、女性の50%以上が冠動脈石灰化を起こすとされている7,8)。1型糖尿病患者は2型と比べても若い年齢で心血管系疾患を発症する傾向があり、非常に注意が必要で、適正なCKD-MBD(慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常)管理や血圧管理を含めた注意深い経過のフォローが必要である。
今回の研究では、1型糖尿病を原疾患とするPD患者5例を検討した結果、多くの症例で体重増加やインスリン量の変動、合併症の発症が見られた。PDの維持においては、適切な体液管理と血糖管理、感染予防が欠かせない。また、心血管系リスクの評価と適切なフォローアップが、予後改善に重要であることが示唆された。1型糖尿病患者におけるPDのエビデンスは依然不足しており、さらなる研究が求められる。
文献
- Liu H, et al. Int Urol Nephrol. Jun;54(6):1373-1381, 2022
- Kishida K, et al. Clin Exp Nephrol. 23(3): 409-414, 2019
- Ueda R, et al. PLOS One. 14(12):e0225316, 2019
- ADVANCE Collaborative Group. N Engl J Med.358:2560-2572, 2008
- Kim BW, et al. Kidney Res Clin Pract. Jul 24,2024
- Al-Hwiesh AK,et al. Hong Kong J Nephrol 19:7-18, 2019
- Lind M, et al. N Engl J Med. 371(21):1972-1982, 2014
- Costacou T, et al. Am J Cardiol. 100(10):1543-1547, 2007