言語・文化の壁を乗り越えて外国人患者の診療をサポートする

2024.12.17
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第46回日本高血圧学会総会シンポジウム34「外国人患者の高血圧」
発表日:2024年10月14日
演題:「外国人診療の課題」
演者:山田秀臣 先生(東京大学医学部附属病院国際診療部)

 第46回日本高血圧学会総会(2024年10月12日~14日、福岡)においてシンポジウム34「外国人患者の高血圧」が開催され、山田秀臣氏(東京大学医学部附属病院国際診療部)は、「外国人診療の課題」として講演し、多言語翻訳や医療通訳などの適切な使用、そして社会のセーフティネットが効きにくい日本在住の外国人患者への日本人と同じような血圧管理・健康管理が重要であることを強調した。

外国人患者は「日本在留」「観光客」「メディカルツーリズム」の3タイプ

 外国人患者は主に「日本在留」「観光客」「メディカルツーリズム」の3種類に分けられる。在留外国人の場合、8割の人は日本語による日常会話に問題がないと言われているが、日本の「言語」、「医療制度」、「生活文化」の理解度は個人によって異なる。観光やメディカルツーリズムで訪れる外国人の場合は、これら全ての理解がほぼないことを前提にしなければならない。

 人間ドックや治療目的で来日するメディカルツーリズムの外国人は、東京、大阪、福岡などの国際空港の近くの専門病院、大学病院、そして健診/検診施設が多く対応している。彼らは日本では丁寧かつすばやく、高度先進医療が受けられることをよく知っている。また、近年では円安による治療費の安さもメリットとして感じている。

 ここでの問題点は、この方々は言うなればメディカルツアーを終えるとすぐに帰国することである。高血圧と診断された場合、どのように現地で治療を継続したらよいかがわからない。また、健診結果から対処が望まれる「未病」という概念が薄いことがある。

 そのほか、できるだけたくさん薬を処方してほしいという要望がよくある。背景として外国では偽薬が蔓延しており、日本で処方される薬の信頼性が高いからである。ここで注意すべきは、彼らが自国へ持ち込む場合、薬によってはさまざまな制限があることである。このようなことを説明するには、定型の内容であればあらかじめ翻訳した文章を利用し、 少し複雑な話であれば信頼できる通訳を使う形になる。また、先述のとおり、母国で治療が受けられるよう簡単でもよいので外国語で紹介状を書く対応が必要になるケースがある。

訪日観光客の治療費の支払いで知っておくべきこと

 観光客の場合、日本のどの地域の医療機関が多く対応しているかというと、東京・京都・大阪などの主要な観光地のほかに、ウインタースポーツ中に怪我をすることが多い北海道や北陸地方、 そして九州もホットスポットとなっている。訪日観光客の数は、中国、台湾、香港の3つの中華圏で50%を超えており、これに韓国を加えると4分の3は東アジアから来ているという現状がある。九州に関しては韓国からの観光客が圧倒的に多く、また多くの医療機関で遠隔医療通訳サービスの導入やクレジットカード対応をしており、北海道とともに訪日客に対する環境が最も整備された地方であると考える。

 観光客がどのような理由で受診しているかを見ると、怪我、熱中症、腹痛、下痢、転倒、骨折、子供の熱傷などで診療時間外に救急搬送されるケースが多く、加えて軽症で済む場合が多い。一方、過疎の温泉地で高齢旅行者の脳血管障害(脳卒中や心筋梗塞)により近隣の医療機関に救急搬送された重症例も認めている。

 知っておくべきことのひとつとが、治療費の支払いについてである。観光客から医療機関を受診した際に高血圧の治療を希望された場合、まず旅行保険でカバーされることはない。それは旅行保険の対象が怪我や急病で、持病の治療は含まれないからである。加えて高血圧の持病がある場合、心筋梗塞や脳卒中の発症でも持病の悪化とみなされて保険対象外と判断されるケースもある。

 さらに患者から受診時に「旅行保険会社が払ってくれるから」と言われる場合があるが、それは保険会社と提携を結んでいる医療機関でのみ可能である。そうでない場合、「ペイ・アンド・クレーム」で対処する。これは医療機関が概算治療費を提示し、患者の同意のもとに診察、処方を行い、領収書、受診証明を出す流れで、主な疾患と日付をメディカルレポートとして英語で書いて本人に渡し、患者自身が保険会社に後から請求するというものだ。

 また、薬を処方する場合は前述のとおり制限があるため、母国での医療情報をよく確認し、処方は必要最低限度にとどめる。日本の処方箋には有効期限(四日)があることなども説明する必要がある。患者が荷物になるのを避けて旅行の最後に薬局に行ったら、処方期限がすでに切れていたというのはよくあるケースである。

日常会話が理解できる在留外国人にも「言語の壁」はある

 在留外国人の場合は家族で定住し、長期化している。1990年代に来日した日系南米人などは、高齢化も進んで疾病を複数持っている人も多い。現在、日本に住む外国人の数は約340万人。全人口の2.5%、約40人に1人が外国人であり、2070年には現在のドイツやフランスのように10%を超えると予想されている。彼らには在留カードの携帯義務、そして社会保障の加入義務がある。8割の方は日常会話の日本語で理解が可能とされるが、通常の会話と異なる用語を使用する医療機関では約4割の方は言語の壁を感じており、適切な治療が受けられていない場合があるかもしれない。

 近年の海外を含めた研究では外国人労働者の健康管理において、高血圧が大きな問題であることがわかっている。しかし、高血圧を放置すると心血管系の病気になるという基本知識が患者自身に不足しており、なぜ投薬治療が必要なのかがわからないという人も多い。加えて生活自体も、家族とともに母国の食生活を続けていて減塩食が進まない場合もある。外国人労働者の多くは家族を養うために不安定な職場で働いており、ひとたび大病となって失業すれば無年金などの理由で貧困に直結する。以上のとおり、高血圧を含む外国人労働者の健康管理は、日本人と同様に大変重要である。

適切なコミュニケーションツールの導入と人員の配置を

 このような外国人患者に適切に対処するために医療機関はどうしたらよいか。そのキーワードが、冒頭で述べた「言語コミュニケーション」「医療制度」「生活文化」の理解にあると私は考えている。

 言語理解の課題解決法としては、現在は「やさしい日本語」「ツールを使った機械(AI)翻訳」「遠隔医療通訳」「現場での人による医療通訳」の4つのパターンがある。

 まず「やさしい日本語」については、原則在留外国人で日常会話に問題がない人が対象である。やさしい日本語の基本である「ハサミの法則(っきり言う、いごまで言う、じかく言う)」を守り、尊敬語・謙譲語を使わないなど、医療者側のトレーニングが必要である。

 機械翻訳を利用するにあたっては、免責事項の確認を必ずしてほしい。医療過誤となっても誤訳の責任は機械翻訳にはない。機械の保有者にあるため、個人所有のものではなく、必ず病院で提供された端末を使用することが大切である。現状ではIC(インフォームド・コンセント)や手術説明などの高度なコミュニケーションには利用できないと考える。適切な機械翻訳機の利用場面は、簡単な事務手続きの説明、看護や検査などの簡単な指示程度にとどまる。

 やさしい日本語にしても機械翻訳にしても大事なことは、それを使用しても患者とのコミュニケーションが上手く取れなかった場合の代替手段をあらかじめ準備しておくことである。それが以下となる。

 通常の電話、インターネット電話、さらにビデオ通話機能などの遠隔医療通訳。これらが利用できる環境をまず医療機関で最初に整備することが求められる。現在、遠隔医療通訳については複数の企業、NPO法人、自治体、日本医師会で提供しているので利用してほしい。

 人の医療通訳に関しては、制度化が進んでいる。2020年に医療通訳士®という資格ができた。現在、チーム医療の一員として外国人患者が多い医療機関に配置されていたり、メディカルツーリズムのアシスト、医療機関へ派遣されて通訳を行うなど、外国人診療の重要なシーンで活躍し始めている。

 繰り返しとなるが「やさしい日本語」や「機械翻訳」を使うことで要件が足りる場合はよいが、これらの限界を知り、不適切な場面で利用しないことは重要である。翻訳においてこれら以外の選択肢が何もないというのは、今は時代遅れと言える状況に入っている。

日本のあたりまえが特殊であるという意識を持つ

 日本の医療制度は世界の中では特殊であり、外国人患者に対しては日本の保険制度を知らない前提で話を進めなければならない。日本のほかに国民皆保険となっているのは韓国、台湾、インドネシアくらいである。一方、ブラジルやイギリスでは公的医療機関は無料であるため、治療が終わったら支払いをせずに帰ってしまった例もある。

 また、外国人に診察券を提供する場合、名前がカタカナになり実際の発音と異なるケースや、タイの方のように名前が長い場合は短縮表記になることも起こり得る。生年月日などが和暦で記載されるのも問題だ。医療者は、そのように患者本人には全く情報がわからないもの(診察券)を手渡していることを認識する必要がある。

 生活文化や性差、宗教的な価値観の違いによってトラブルが起こることも考えなければならない。例えば入浴の習慣がなく香水で対応している方が入院し、4人部屋に入ると揉める原因になる。また、時間の考え方も異なり、10時に手術予定の患者さんが12時半に到着し、 オペができなかったケースもある。

 宗教に関することは数多くあるが、イスラム教に絞って例をあげる。
 入院中に「ハラル食」を出してほしいと言われることがあるが、ハラル食はイスラム教を信じている方が調理をしないとハラル食とは言わない。完全なハラル食ではなく、ハラル食に近しい形で提供するような場合は「ムスリムフレンドリー食」と言うのが適切となる。女性の患者から「女医」を希望されることもあるが、「緊急対応時は男性医師が対応することがある」と事前に説明し、カルテに必ず残しておかないと後で揉める原因になる。「アルコール消毒はNG」と患者から言われれば、「では豚由来の成分が入っているヘパリンもダメですね?」と確認できるくらいの知識は医療者にあった方がよい。

 最後に山田氏は「外国人患者の高血圧を管理することは、現代の我々の(医療)社会の重要な取り組みである。言語の問題に関しては、内容が決まっているものは文章やAIツールを使った多言語翻訳で展開し、内容が決まっていないものは遠隔医療通訳や医療通訳などを適切に使うことをお勧めしたい。医療業界全体で様々な説明パンフレットをニーズに合わせて多言語で作成することも大切である」とまとめた。

[ MIKOZAWA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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