JSHガイドライン2025の基本方針~対象者を明確にし、シンプルかつわかりやすいガイドラインを目指す!
第46回日本高血圧学会総会
シンポジウム28「高血圧治療ガイドライン」
発表日:2024年10月13日
演題:「JSH2025の基本方針」
演者:大屋祐輔 先生(琉球大学病院 院長)
第46回日本高血圧学会総会(2024年10月12日~14日、福岡)において、2025年に刊行を予定している「高血圧管理・治療ガイドライン(JSH2025)」の基本方針が作成委員長 である大屋祐輔氏(琉球大学病院 院長)によって発表された。降圧目標値に「高血圧治療ガイドライン2019(JSH 2019)」からの変更はないが、理解しやすいよう内容をシンプルかつ、わかりやすくすることに注力しており、また、ガイドラインの名称が変更となる予定。
大屋氏は「JSH2025は国民および高血圧患者の血圧を下げることを第一に、対象者や行動指針を明確化することに主眼を置く」ことを強調した。また、名称変更の理由として、「血圧は、高血圧となって治療する前に”管理”することが必要」であると語った。
未治療の高血圧有病者は1850万人 管理状況は12か国中11番目の評価
日本における高血圧有病者は約4,300万人と推計されている1)。このうち治療を受けて血圧がコントロールできた患者はわずか27%(約1,200万人)。治療中でもコントロール不良な人が29%(約1,250万人)、本人に高血圧の認知はあるが治療を受けていない人は11%(約450万人)、本人が高血圧であることを認識しておらず治療を受けていない人が33%(約1,400万人)と推定されている。
また、高所得国12か国(オーストラリア、カナダ、フィンランド、ドイツ、アイルランド、イタリア、日本、ニュージーランド、韓国、スペイン、イギリス、アメリカ)の高血圧の管理状況*において、日本は最下位のアイルランドに次いで悪い下から2番目と評価されている2)。
*12か国の高血圧(≧140/90mmHgまたは降圧薬服用中)の有病率、認知率、治療率、コントロール率(<140/90mmHg)を各国の最新の全国調査データ(40~79歳、計526,336例)をもとに算出
日本高血圧学会は、高血圧であるにもかかわらず未治療の有病者に関して警鐘を鳴らしてきたが、果たして効果はあったのだろうか。
大屋氏は「これまで我が国では生活習慣の改善や減塩などの対策には力を入れてきたが、薬を使用して国民の血圧をどう下げるかという視点は不十分だった」と話す。
大屋氏も作成委員のひとりである現行のガイドラインJSH 2019は、最新のエビデンスを取り入れ、可能な範囲でMINDSの作成ガイドラインに準拠し現場の医師の役に立つことを想定して作られたものだ。これについては「よくできたガイドラインではあるが、内容がオーバーラップして複雑な部分があり、全体を読まないと理解が難しい点が問題だった」と述べた。
上記を踏まえ、JSH2025を策定するにあたっては、何よりも国民および高血圧患者の血圧を下げるという点を第一に、“理論でなく行動のためのガイドライン”とするため、利用者に“シンプルでわかりやすい内容”にすることを重視している。
これにあたって、高血圧患者の中でもどのような人を対象としているかをはっきりさせなければならない。個人なのか、集団なのか、国民全体なのか。はたまた一般的な高血圧患者なのか、二次性高血圧患者なのか、合併症患者なのかを明確にする必要がある。
また、実際にガイドラインを利用する者は医師や看護師などの医療者なのか、それとも保健所や行政なのか、といった点も明確にすることが重要だ。
そこでガイドラインの改定にあたり、3つのSCOPE(設計図であり枠組み)を作成することから始めた。
シンプルで有効な“行動に結びつく”アプローチに向けて
SCOPEⅠでは対象者を「国民」、利用者を「行政担当者、保健所、社会医学者、ヘルスケアプロバイダー、産業医など」とし、「国民の血圧を管理し、国民全体での血圧平均値を低下させるための集団アプローチに寄与するエビデンスのまとめ」を定めた。これは社会や集団に対するアプローチを中心としており、このガイドラインを厚生労働省の施策に生かしてもらいたい思いがある。
SCOPEⅡは、目の前のひとりの患者を対象にした。具体的には「成人の本態性高血圧患者」とし、利用者は高血圧専門医でなく、「かかりつけ医などの実地医家や、その周りにいる医療者」とし、「成人の本態性高血圧症の標準的な高血圧治療の指針とその根拠の提示、また、高血圧により生じる脳心血管疾患および腎臓病の発症予防と再発抑制に対する治療の指針とその根拠の提示」を定めた。
2014年時点の日本における高血圧性疾患の受療者数約2,700万人のうち、約6割の患者が診療所を受診していたというデータから、高血圧症の患者は診療所を受診する傾向が高いことがわかった。そのため、実地医家にわかりやすく実践しやすい内容にし、より有効で安全な高圧治療を行うための指針とした。
SCOPEⅢはやや専門性が高い枠組みで、「本態性高血圧以外の二次性高血圧や妊娠合併症などの一般的でない患者」が対象。利用者は「高血圧専門医、研修医、専攻医、そして循環器や腎臓などの他領域の専門医」を想定している。こちらは「本態性高血圧以外の高血圧(二次性高血圧)や、特殊な病態の高血圧に関する治療の方針とその根拠の提示」を定める。
イナーシア対策もしっかり議論し、明確に記載する予定
また、MINDSの作成ガイドラインに準拠するために複数の点を変更する。
主な変更点としては「全ての委員のCOI管理を行う」「専門家や医療者だけでなく、市民や患者の代表を作成委員に加える」「他学会からの委員を作成委員に加える」「査読委員を廃止する」点である。
さて、ガイドラインの具体的な内容では、以下のような論点が議論されている。
「健診や保健指導を受ける人の率を向上させる具体的手段」「減塩のための個人および集団への具体的アプローチ」、「JSH2019の脳心血管病発症に関する絶対リスク評価」、「薬物療法開始までの期間(「経過観察」の患者がその後受診しなくなることを防止する)」「家庭血圧の位置づけの再確認」「降圧目標値のシンプル化」についてなど。
さらには「降圧薬開始時に用いられる薬物についての課題」、「二次性高血圧診断と治療の進歩について」や、「JSH2019 以降に登場した降圧薬、臓器保護効果や血圧低下作用がある薬物、高血圧治療アプリ、腎デナーベーション」等々の取り扱いについても議論されている。
JSH2025では、血圧が下がらない場合のイナーシア(惰性)対策についてもしっかり記載する予定。患者本人だけでなく、医師を含む医療者全員で血圧が下がらない要因分析を行い、どのように行動し克服するべきかを明確にする。
JSH2025は2025年7月に出版予定であり、2026年1月には英語版の出版も予定されている。
大屋氏は「これだけのSystematic Reviewを解析しているガイドラインは世界中でもJSHだけである。世界の基準になるようメッセージを伝えていきたい」と強調した。
文献
- 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会 編:高血圧治療ガイドライン2019: 10, 2019
- NCD Risk Factor Collaboration: Lancet. 2019; 394(10199):639-651