DKDの高血圧治療はRAS阻害薬か多剤併用か?~ディベート1-2:RAS阻害薬を含んだ早期の多剤併用療法を推進する
第46回日本高血圧学会総会
ディベート1「糖尿病関連腎臓病に合併した高血圧の薬物治療(または腎保護療法)」
●開催日:2024年10月12日
●演題:「RAS阻害薬を含んだ早期の多剤併用療法を推進する」
●演者:古波蔵 健太郎 先生(琉球大学病院血液浄化療法部)
第46回日本高血圧学会総会(2024年10月12日~14日、福岡)において、糖尿病関連腎臓病(DKD)の高血圧治療として最大耐用量のRAS阻害薬と、多剤併用療法ではどちらが腎保護効果に優れているのかについてのディベートセッションが行われた。多剤併用療法を推奨する立場に立った古波蔵(こはぐら)氏は、早期から標準用量のRAS阻害薬と他剤を併用し、十分な降圧を目指すことの重要性を強調した。また、蛋白尿が十分に減少しない場合は、新規腎保護薬を併用して蛋白尿減少を目指すことが合理的であり、蛋白尿陰性例の場合は、RAS阻害薬の最大耐用量での使用には懸念があることを認識する必要があると指摘した。
RAS阻害薬の最大耐用量への増量に関しては4つの課題がある
冒頭、古波蔵氏は、2型糖尿病合併高血圧に対するARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)の治療効果について、IDNT試験1)、RENAAL試験2)、IRMA2試験3)を振り返り、最大耐用量を投与するほど、腎イベントの抑制効果がみられた。しかし一方で「RAS阻害薬の最大耐用量への増量に関しては4つの課題がある」と述べた。
1つ目の課題は「厳格降圧」である。腎機能が正常な人を対象としたIRMA2では、ARBを増量しても血圧が下がらず、降圧効果としては不十分であった。では、腎機能が悪い糖尿病患者(DKD)では、厳格な降圧を達成できなくても大丈夫なのだろうか?
IDNTやRENAALでは、降圧が不十分な場合は腎イベントが抑制できていないことが結果として示されている。また、IDNT+RENAAL統合解析4)では、塩分摂取量が多いと降圧度が劣り、アルブミン尿の改善率が乏しかった。この問題のソリューションとして挙げられるのが、他の薬剤の併用である。
同一降圧薬の倍量投与と他クラスの降圧薬の併用投与の比較をしたメタ解析5)によると、ACE阻害薬の場合、2倍投与しても期待した降圧の5分の1程度しか血圧は下がらなかった。DKDの患者は、塩分過剰による体液過剰状態から一般的には低レニン*濃度になることがあり、低レニン濃度を示す患者ではACE阻害薬の降圧度が劣ることが示されている6)。
*血管を収縮させるアンジオテンシンⅡに働きかけて血圧を一定に保つ役割を担うタンパク質分解酵素
これらの結果とは対照的にMRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)は、低レニン濃度を示す患者ほど降圧度が高いことが示されており6)、リアルワールド(実臨床現場)では塩分摂取量が多い人が多いため、MRAなどを早期から併用することが理にかなっているといえる。CKD合併高血圧患者のような心血管病発症リスクが高い集団では降圧度が高いほど心血管イベント抑制効果が期待される点からも厳格な降圧レベルを達成することが重要である。
2つ目の課題は「蛋白尿減少効果」である。RENNALやIDNTなどを含めたRAS阻害薬を用いた試験での蛋白尿の減少率と腎イベントの関係をみると7)、蛋白尿が減るほど腎イベントが減少することが示されているが、最終的に蛋白尿を50%未満に減らすことはできなかった。
古波蔵氏は「最終的には“蛋白尿を十分に減らすことができるか”が腎イベントのリスクを最小化できるか否かの分かれ目になる。最大耐用量に必ずしもこだわらずに他の薬剤の併用なども考慮して蛋白尿の大幅な減少を目指すべき」。と語る。
課題ソリューションとしてのSGLT2阻害薬併用
3つ目の課題は「GFRスロープ」である。RENNALでは、RA系阻害薬投与後のイニシャルディップ(GFRの初期低下)が大きかった群は、蛋白尿の減少度が大きく腎イベント抑制効果は高かった8)ものの、慢性期のGFRスロープは十分に抑制されていなかった。この原因として、蛋白尿の減少度は大きいものの、残余蛋白尿が依然として多かったためであることも考えられた。しかし、その後の研究からRAS阻害薬自体が腎機能に悪影響を及ぼしている可能性が示唆されている。
CKDのグレード4、5の患者(糖尿病患者46%)を対象にした試験9)では、RAS阻害薬を中止した結果、73%はGFRがV字回復し、蛋白尿はさほど増えなかった。そして91%は、進行性腎障害が見られなかった。この結果は、RAS阻害薬自体が医原性に腎障害の進行に関与していたことを示唆している。この研究の対象者は蛋白尿が比較的少ないにも関わらず進行性腎障害を認めていた。RAS阻害薬は潜在する虚血ネフロンに対してむしろ糸球体灌流圧を低下させ、腎障害の進行に関わる懸念があり、虚血の悪化が背景病態としてかかわっていた可能性がある。
この問題のソリューションとして挙げられるのが、SGLT2阻害薬である。DAPA-CKDの解析10)では、アルブミン尿の減少率と慢性期のGFRスロープをDAPA(SGLT2)群(最大耐用量RAS+DAPA)とコントロール群(最大耐用量RASのみ)で比較したところ、アルブミン尿の改善効果が同程度の場合、慢性期の腎障害進展抑制効果はDAPAを併用した群の方が2〜3倍優れていた。SGLT2阻害薬には腎虚血を改善させる可能性が示唆されていることから両者の慢性期の腎保護効果の違いには虚血ネフロンへの影響の違いが反映されている可能性がある。
4つ目の課題は「AKI、高カリウム血症」である。ACE阻害薬とARBを併用すると、AKIや高カリウムのリスクが高まるため、それらのリスク低下効果が示されているSGLT2阻害薬の併用が望ましいと考えられる。
最後にリアルワールドの患者を考慮してみると、糖尿病データマネジメント研究会による日本人のDKD患者の実態11)では、68%はアルブミン尿が陰性でRAS阻害薬未使用例も少なくない。すなわち、RAS阻害薬による腎障害進展抑制効果が必ずしも期待できない患者が、実臨床の現場では少なくないことを認識する必要がある。
1980年から2000年までの20年間、末期腎不全に至った推移を示した米国の研究12)では、1993年を境に糖尿病による末期腎不全が急峻に増えており、論文の中では「なぜなのか」と様々な視点から検討されている。1993年は、世界で初めてRAS阻害薬が糖尿病性腎症の進展を抑制することを明らかにしたLEWIS試験13)が発表された年でもある。
1988年から1994年あたりのアルブミン尿の有無を見ると、約6割は陰性であったことが示されている。リアルワールドの患者実態を考えると、最初からすべての患者に対するRAS阻害薬の最大耐用量での使用は必ずしも合理的ではないと考えられる。
講演のまとめとして、古波蔵氏は「安全に、標準用量の RAS 阻害薬と他剤を早期から併用し十分な降圧を目指す。もし、蛋白尿が十分に減らない場合、蛋白尿改善効果が示されている新規腎保護薬を併用して蛋白尿減少を目指すことが合理的だと考えられる」。と指摘した。
文献
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