患者の生活目標が導く新時代のSDM
第30回 日本腹膜透析医学会学術集会・総会
シンポジウム3 「SDMの進展~多様なニーズとの協調~」
発表日:2024年11月16日
演題:「生活目標とSDM」
演者:徳田勝哉 先生(公益財団法人 慈愛会 今村総合病院 看護部 透析センター)
CKD治療や腎代替療法の適応となった患者にとって、身体的・精神的・社会的にこれまで以上に積極的で充実した日々を送れる状態は目指すべき姿だ。このようなアクティブライフの実現に有用とされるのが「生活目標」の設定である。第30回日本腹膜透析医学会学術集会・総会(2024年11月16日・17日開催)にて、公益財団法人 慈愛会 今村総合病院 看護部 透析センターの徳田勝哉氏は、腎臓病患者に生活目標を設定する取り組みの意義について講演した。
アクティブライフの実現に向けた「生活目標」の条件とステップ
徳田氏が定義する看護領域における患者の「生活目標」とは、「治療に直接関連しない生きがいや夢、行いたいこと」であり、「患者、家族、医療者、介護者、地域間で共有すること」を重要とする。
今ではこうした患者の生活目標設定を行っている施設が全国的に増えているが、徳田氏は、CKD患者が身体的・精神的・社会的に今まで以上に積極的に生活できる姿をアクティブライフと称し、この理想的な姿を目指して16年前より取り組みを行ってきた。
徳田氏が勤務する今村総合病院では、生活目標の設定時と設定後、それぞれ以下3つの条件を設けている。
目標設定時の条件として、①治療に直接関連しないこと。②最長1年以内に達成可能な目標にすること。③評価可能な具体性を持つこと。
目標設定後の条件としては、①ご本人の承諾を得て家族・医療者で共有すること。②記録やカンファレンスの冒頭に提示すること。③担当看護師が評価日の日程を決定すること。というものだ。
これらの条件のもとで立てられた実際の生活目標の例として、「半年以内に10000歩以上歩けるようになる」「4か月後までにYou Tubeにハーモニカの演奏動画を投稿する」「週に1回釣りに行く」などがある。
腎臓病患者がアクティブライフを実現するためにはステップがあり、徳田氏はこれを「5 steps model(CKD患者に対する医療と臨床看護の実践プロセスステップ)」としている。
これは、ステップ1(安全・安楽・倫理・感染・平和)とステップ2(CKD治療・腎代替療法・合併症管理)でしっかり治療を行って患者の体調を整え、ステップ3(生活目標の設定・ナラティブ)で一緒に具体的な目標を設定。ステップ4(生活目標に向かう過程・生活目標の達成)でゴールへ向かって共に進み、ステップ5(免疫力・抵抗力のUP)の身体への良い影響につなげていくというものだ。
生活目標で得られるメリットは計り知れない
前述の条件やステップのもとで実際に進めていくと、以下の8つのメリットが得られたという。
①目先の健康状態だけでなく患者の生活に視点が向くため、生活の視点から治療を考えられるようになる。②患者とのコミュニケーション量が増加する。③コミュニケーションの質も良くなり、患者の物語(ナラティブ)を共有できるようになる。④チーム医療の推進力が上がる。⑤動機をポジティブなものにシフトしやすくなる。⑥精神的フレイルに介入できる。⑦日々のカンファレンスが前向きで明るくなる。⑧患者が関わる全ての施設(透析施設、介護施設、入院施設、複数の疾患を持つ場合はそれぞれの医療施設や部門、自宅など)で生活目標を共有することで目標を達成しやすくなる。
特に⑤に関しては生活目標の設定をした人と、していない人との差がわかりやすい。例えば慢性疾患を持つ2人の患者に「慢性疾患なので食事を工夫しましょう」という話をするとき、目標設定をしていない人には「体が悪くならないようにこれこれの工夫をしましょう」と話す傾向になる。一方、目標設定をしている人には「ゴルフのスコアを上げるために食事はこれこれの工夫をしましょう」と、ポジティブな動機づけが行えるのだ。これはアクティブライフへの大きな推進力となる。
また、⑧については生活目標がない場合や、目標があっても関連施設と共有できていない場合、各施設、各組織が別々に目標を立てがちである。しかし、基幹となる施設で目標を立て、患者が関わる全ての施設、部署、組織と共有していれば、全施設が同じ方向に向かって動くため目標を達成しやすくなるというわけだ。
院外の医療従事者と生活目標を共有するには「診療情報提供」や「訪問看護指示書」に生活目標を記載することが理想であり、実際に行っている医師の例が挙げられた。
以下は徳田氏の施設で生活目標を設定し、透析年数を重ねながらこれまで以上に積極的に人生を楽しむ日々を実現できている患者の例である。
かゆみと倦怠感がきつかった64歳の男性HD患者が「週に1回釣りに行く」という目標を設定し、頑張って1年以内に目標を達成。65歳のときには「大物を釣ること」を目標にし、治療や自己管理をさらにしっかり行って、これも達成。次には「小型船舶の免許を取る」という目標を立てて体調を整えながら資格を取り、その翌年は「1年間、事故なく船釣りをする」という目標で、67歳のときに無事達成。現在では70歳になり、透析中に自ら「透析を延長したい」「運動をしていきたい」という前向きな考えを持って治療に臨み、症状は改善、自己管理も良好。今の目標は「孫に魚のさばき方を教える」というものになっている。
日本人の感性や文化に合ったSDMを
SDMにおいても生活目標の設定が重要な役割を果たすと考える。
海外発祥のSDM3トークモデル1)では、患者・医師のそれぞれに向けたSDM時の質問の中に、治療に関して「患者がどのように決定に関わりたいか」という表現があるが、「どのように」という部分が非常に曖昧となっている。この点について徳田氏は次のように述べた。
「最も重要な『どのように』の解釈が人により異なることとなるのは問題だ。『どのように決定に関わりたいか』とは、『自身の生活と必要な治療を考えた決定に関わりたいか』という問いである。私たちは看護の専門家だが、患者は自身の専門家であり、そしてほとんどの患者が人生の先輩だ。この場面では、患者に『自身の専門家』であるということを認識していただくことが必要であり、医療者はそこに丁寧な関りとリスペクトを持つことが必須となる。SDMでは治療を決定することに目線が偏りがちだが、『どのように』の意味を患者と医療者で共通認識することが最重要と考えている」。
海外のSDMモデルによる質問は、自分より周りのことを考慮したり、文脈を読むことを大切にして多くを語らず、控えめな日本人の感性や文化に適さない場合がある。そこで徳田氏は「生活目標」の設定に取り組む看護師と患者とのSDMが補完として働くのではないかという考えに至った。以下は徳田氏が調査して分析した「生活目標の8つのディスカッションモデル」である。
生活目標を設定する際には、まず医療者と患者が「人」として向き合い、信頼関係を構築する(1)。次に、治療はそれ自体が目的ではなく、今後の生活や人生をよくするためのものであることを伝え、治療の方向性を明確にする支援を行う(2)。そしてお互いが可能な範囲で自己開示をし(3)、治療や病期を加味した生活目標、未来のことを話し合う(4)。
患者が治療の選択を考える段階では、まず選択肢を説明し、患者の理解度を評価しつつ決定のための支援を行う(5)。そして患者の意向を明らかにして決定を下し(6)、治療目標と生活目標は患者、家族または多職種との共通目標であることを伝える(7)。目標設定後も、目標についての話し合いを継続していく(8)。
徳田氏はこの中でも、1~4が特に重要と実感しており、また全体として大切なのは、「患者の内面の理解」「良い兆候の把握」「笑顔を通じた非言語的コミュニケーション」であり、これらが支援の質を高めるとした。
「生活と人生のチーム医療」を推進するために
最後に、徳田氏は以下のようにまとめた。
「生活目標は健康寿命にも良い影響を与えていると実感している。タイミングも大事で、少しでも生活目標の設定を早く始めると高いところまで持って行け、遅いと低いままで終わってしまう傾向にある。しっかり丁寧に3回ほどやっていけば、その後は患者さんの方からどんどん考え、自立していく。高齢者においてはSDMとACPは、ほぼ同義で重い話になりがちだが、『生活目標』というとナチュラルに話すことができる。医療従事者はPDやHDといった療法選択だけでなく、患者の生活全般との調和を図る「療生統合」を目指すべきであり、その調整に生活目標による介入が役立つ。医療が発達し、寿命が延伸しているこれからの医療は、生活目標の共有による『生活と人生のチーム医療』が望ましい。その普及には医療者が患者のニーズを正確に把握し、柔軟性を持ちながら患者の物語や価値観を尊重し、個別の目標に寄り添うアプローチが求められる」。
生活目標の設定と実践は、患者が治療を受け入れるきっかけとなったり、治療意欲や生活の質(QOL)向上に寄与したりするだけでなく、健康寿命の延伸や地域包括ケアシステムにおける柱として機能する可能性も秘めている。日々の生活目標は、人生の目標にもつながる。高齢化社会が抱える様々な課題に対するひとつのアンサーとして、こうした取り組みの意義は深い。
文献
- Elwyn G, et al. BMJ 2017; 359: j4891