患者のやる気を引き出す3つの質問
第70回日本透析医学会学術集会・総会
学会・委員会企画1 腎不全総合対策委員会企画
「地域を踏まえた腎不全対策を考える」
発表日:2025年6月27日
演題:「透析患者のやる気を引き出すコーチング」
演者:坂井 敦子((医)斉藤内科クリニック)

透析患者をはじめとする慢性疾患患者の行動変容は、単なる知識提供だけでは困難である。医療現場では、患者側の非遵守や指導のマンネリ化といった課題が散見され、一方通行のコミュニケーションが患者のやる気を阻害する可能性が指摘されている。しかし、患者と医療従事者が対等な関係を築き、「コーチング」を導入することで、患者のやる気を引き出し、治療への積極的な参加を促すことが可能となる。
「一方通行」の限界と「双方向」コミュニケーションの重要性
医療現場において、患者に行動変容を促すことは常に大きな課題である。多くの医療従事者が「上手に聞き出せない」「指示を守ってもらえない」「指導法がマンネリ化する」といった悩みを抱えている。患者を一生懸命診ているからこそ、時に「今すぐ正しい方法に患者さんを修正しなければ」という使命感や責任感が強すぎて、患者に行動変容を強いる一方通行のコミュニケーションに陥るケースが見られる。
コミュニケーションのタイプには、知識のある者が一方的に情報を伝える「一方通行型」と、相手と言葉でのキャッチボールを行う「双方向型」がある。コーチングは、この双方向型コミュニケーションに該当する。
コーチングには3原則が存在する。第一に、医療職と患者は対等な関係であること。これは双方向型のコミュニケーションを意識する上で不可欠である。第二に、患者の力を100%信じ、レッテルを貼らないこと。「この人に何を言ってもだめだ」という考えではなく、「患者は必ず変わってくれる」という気持ちで話をすることが重要である。第三に、患者には答えがあること。我々医療者は、患者が持っている答えを引き出す努力をすることが大切である。コーチングはスキルを重要視していると認識されがちだが、スキルを用いるには、相手との「信頼関係」が不可欠である。この信頼関係、すなわち「ラポール」が形成されていることが、コーチングの効果を発揮させる鍵となる。
行動変容を阻む「医療スティグマ」と「価値観のギャップ」
患者の行動変容を決定する要因は、単に知識や技術を与えることだけではない。相手のやる気を引き出すことも非常に重要である。しかし、医療現場では、無意識のうちに患者のやる気をそぐような言葉がけをしていないか、今一度問い直す必要がある。「医療スティグマ」とは、医療職が使う言葉が患者を傷つけ、やる気を失わせる「負の烙印」となることを指す。
例えば、糖尿病の分野では、患者が非難、差別、制限を受けることで社会的な疎外感を感じ、治療の機会を損失したり、意欲を低下させたり、最終的に治療を放棄してしまうという問題が指摘されている。その結果、糖尿病が増悪してしまうという悪循環に陥る。糖尿病領域では、専門用語の用い方を変えていくなどのアドボカシー活動が盛んに行われているが、腎臓や透析の領域でも同様の活動が必要であると考える。
「やる気がない患者さんはコンプライアンスが悪い」という言い方をすることがあるが、コーチングの領域では「できない理由がある」と捉える。この「できない理由」をコミュニケーションで引き出す必要がある。我々医療専門職は、透析のことであれば、検査データ、合併症の進行具合、食事制限や服薬状況のことを重要視する。一方、高齢化が進む患者は、家族のこと、仕事、経済的なことといった生活面の価値観を重視する。この価値観のギャップが、患者と医療職とを引き寄せる障壁となる。我々は、一旦患者の価値観に物差しを合わせ、患者の気持ちになって治療をどうしていくかを認識していく必要がある。
心理学者のジョセフ・ルフトとハリ・インガムが提唱した「ジョハリの窓」は、このコミュニケーションのあり方を理解する上で有効である。患者自身が知っていることと知らないこと、そして我々医療職が知っていることと気づいていないことの領域を可視化する。このうち、患者と医療職双方が知っている「開放の窓」が大きければ大きいほど、コミュニケーションが上手くいきやすいとされている。
実践!患者の「やる気」を引き出すコーチングアプローチ
コーチングを実践する上で、まずは患者の「やる気の有無」を見極めることが大切である。全くやる気のない患者に対しては、まずは、コーチングの基本スキルである傾聴、すなわち「話を聞く」という姿勢を貫くことを重要視すべきである。
例えば、ある患者が「私、駄目人間なんです」「先生や看護師さんから見放されているから、もうベッドサイドに来なくていい」と訴えたとする。このような時、「そんなふうに思っていない」「そんなふうに悲観的にならないで」となだめるのは傾聴ではない。また、患者を責めるような返答は、さらに患者を萎縮させる。適切な傾聴の返答は、一旦相手の言葉を受け止めることである。「そうなんですね」「そんなふうに思っていたのですね」「苦しかったですね」「苦しい胸の内を正直に思い切って話してくれてありがとうございます」と伝える。相手の答えを正解だと認めたわけではないが、相手の価値観に物差しを合わせ、受容する姿勢を示すことである。
傾聴の次に、質問を用いる。質問の種類は多岐にわたるが、コーチングでは特に「未来質問」「肯定質問」「拡大質問」を活用する。例えば、「これからどのようにあなたは過ごしていきたいですか?」といった未来に関する質問や、データが悪くても「今自分なりに気をつけていることは何かありますか?」といった肯定的な質問、そして日々の生活の中で「大切にしている、楽しみにしていることは何かありますか?」といった、少し考えないと答えの出てこない拡大質問が有効である。
実際の、とある患者の事例では、血糖やカリウム、リンのコントロールが悪く、自己管理が全くできないと医療者は考えていたが、深く話を聞くと、服薬やインスリン注射に対して間違った認識を持っていたことや、家族のために毎日全員分の食事を作り、野菜栽培が好きで孫のために毎月何かしたい、といった「私達に見せていない顔」があることが分かった。最終的には、「自己管理をきちんとして長生きをし、孫の成長を見届ける」という目標を見いだしたことで、治療に積極的になった。
坂井氏は、コーチングの語源は「馬車」であると述べた。医療者は、患者を馬車に乗せて無理やり行きたいところへ連れていくのではなく、患者自身が望むところに到着できるように伴走をする。そのために、どのような治療が良いのかを一緒に考えていく。普段のコミュニケーションが一方通行になっていないか、自問自答を行い、双方向のコミュニケーションを意識することが重要であると締めくくった。