中国医学と糖尿病

  • 後藤 由夫 (東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)
2015.10.15
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1. 尿の甘味を最初に記載

 糖尿病を思わせる病気をはじめて記載したのはアレキサンドリヤで医学を学び現トルコ領カッパドキヤで医療を行っていたアルテウス(AD30-90)であるといわれている。
 彼は多尿、多飲、やせ、そして死亡するケースを経験し「この病気になると、とめどもなく放尿し、尿は小川のように流れ続け、少しの間でも飲むのをやめると口は渇き、火が腹の中を狂いまわるように感ずる。肉も骨も尿に溶けてしまう奇病である。原因は寒冷と湿気で経過は進行性で最後は死に至る」と記し、これをdiabetesと呼んだ。
 アルテウスの記載したのは多尿症であり、重症の糖尿病か尿崩症か区別はできないが、食事療法も述べられている。
 一方、エジプトではより古くより文明が開け多尿症やその治療が記されたパピルスが知られている。そのひとつはルクソールで1872年に発見され、BC1570頃のものといわれるEbersパピルス、その2、3世紀後のものといわれるHearstパピルス、Brugschパピルスにも多尿症やその治療法が記されているという。
 インドではAyurveda(生命の知識書)が編纂され、BC600~400にはCharak、Susrutaの著作集があるといわれている。インド医学では尿に関する病態はすべてPramehとして扱われ、尿の色、香り、味などから20に分類されている。このうち密尿Madhumehといわれるものが糖尿病ということになる(日本東洋医学誌 44巻2号 145頁、1996年に詳述)。

2. なぜ中国医学を学んだか

 著者より1学年後に入局した石川誠山形大学第2内科教授は、消化吸収の専門であったが東洋医学にも関心をもたれ、第44回日本東洋医学会会頭に指名されておられた。しかし、同教授は1991年定年退職後、町立病院長となられたが、翌年2月に急逝なされた。
 同門の筆者が会頭を引き受けることになった。そこで急遽仙台市の漢方に詳しい方々に集まっていただき学会の枠組みなどを相談、また矢数道明先生にも招かれて多くのことを教えられた。当時漢方専門医制度が設けられ1990年より会員数が急増し1994年には1万876名と最大となった。
 このような状況であったが、一方筆者は漢方についてはほとんど知識をもちあわせていなかった。会頭は会頭講演を担当しなければならないのであれこれ考えたが、東洋医学では糖尿病をどう理解しているかということを題に選んだ。
 筆者は、年金病院の院長が倒れ、その後任にと請われて第85回日本内科学会開催を終えた翌月より大学を定年前に退職し着任した。幸い中国から、袁群医師が留学しておられたので中医学の考え方、パラダイムを教えていただくことができた。筆者は中国の糖尿病に関する研究には以前から関心をもち、上海第二医学院の鐘学礼教授の疫学研究の論文は読んでおり、上海でお目にかかる機会もあった。このようにして中国の考え方を学ぶことになった。

3. 消渇

 消渇という言葉はわが国でも古くから用いられている。中国では、張仲景(150-219)が190年代に古訓と当時の処方を整理し「傷寒雑病論」16巻(196-204)を著し、その雑病部分が「金匱要略方論」である。日本語訳もあるが、表現が曖昧なところもあるので、上海で求めた英訳本を対照してみると、金匱要略はSynopsis of prescription of the golden chamber、傷寒論はTreatise on febrile diseases caused by coldと訳されている。消渇の記載のあるのは前者で、「男子の消渇、小便反って多く、飲むこと一斗を以って小便も一斗なるは、腎気丸これを主る」と記されている。
 蜜尿を記載したのは(675-755)で外台秘要に、「口が渇いて水を多く飲み小便も多く脂がなく麸片のように甘い味のするのは消渇である」と記している。
 中医学では、人体の胴体を横隔膜の上の部分と下の部分に分け、腹腔も上部と下部に分け、これらをそれぞれ上焦、中焦、下焦(upper, middle and lower viscera)と呼んでいる。上焦にあたるのが心、肺、心嚢、中焦には五臓の脾、肝と六府の胃と胆嚢、下焦には腎と六腑の小腸、大腸、膀胱がある。そして上、中、下の全体の機能を合わせたものが三焦である。三焦は整体、個体を意味するのものであって、解剖学的な胴体の意味ではない。五臓六腑をわかりやすく表1に示した。

表1 五臓六腑の分担機能と障害徴候の発現部位

 五臓六腑の障害は顔色や耳や目などの五官に徴候が現れるといわれ外から内を知る(従外知内)ことが行われる。五官では心臓に対応するのは舌であり、腎に対応するのは耳で、そこに徴候が現れるという。
 金時代の4大家の1人といわれた劉河間は、消渇を上消、中消、下消に分け、上消は上焦の疾患で隔消ともいい、多尿だが少食で尿は薄く、これは邪気が上焦にあることで起こり、治療は湿を流して燥を潤すこと。中消は胃であり食べると栄養はすぐに燃えるので多食になり尿は黄色。治療は熱があるので熱を下げること。下消(腎消)ははじめ尿の出が悪く尿線に勢いがなく尿は粘稠性で混濁し進行すると顔色が黒くなり、痩せて耳朶が脱水状になる。治療は血を養い熱を除き下げること。その後の補足、修正を入れたのが

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