人間ドックと糖尿病

  • 後藤 由夫 (東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)
2015.10.13
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1. 1、2週間かかった人間ドック

 戦争のひもじさから解放され朝鮮戦争で一息ついた頃、ようやく健康への関心が高まってきた。おそろしいのは胃がんで、初期にみつかり手術すれば助かることはわかっていた。こんなことから症状がなくともどこかに悪い所はないかを検査してほしいという希望が多くなった。
 こうして人間ドックは1954年に国立東京第一病院(旧陸軍病院)で始まり、全国に広がった。身体検査の後、翌朝には胃のX線検査、次の日は糖負荷試験、次の日は十二指腸液採取で、太さ5mmほどの軟らかいゴム管の先端に小さな孔が数箇所ある金属球が付いているのを飲み込ませ、胃を通り抜けて十二指腸に入ると胆汁が混じってくるのをみとどけて、ゴム管から硫酸マグネシウム液を入れると胆嚢が収縮して胆汁を採取できる。また日をおいて腸のX線検査、というわけで毎日朝飯を抜くこともできないので、1日おきにやったりする。1、2週間かかったわけである。
 胸部X線検査、ようやく普及しはじめた心電図検査を行い、喀痰、検便、尿一般、血液像をすべて担当医が検査した。中央検査部がまだなかったからである。そのため赤血球数、白血球数を測定する10cmほどの長さで中程に血液を薄める球部のある混合ピケット(mélangeur)は各自がもっていた。肝機能、クレアチニンなども担当医が測定した。
 こんなわけで大変だったわけである。しかしこの検査を受けると安心できるということで金と時間のある人たちは人間ドックをうけるようになった。
 1960年代になると胆嚢のX線撮影が可能になり胆石の診断も容易になった。胃X線検査はバリウムを飲ませ、被検査の背部よりX線を照射し、腹部にある蛍光板に写る影像を観察し、良い部分を写真に納めるという方法であった。良い写真を撮ろうとして被検者の腹部に手を当てたまま放射することもやった。夕方になるとひ脛がピリピリするような日もあった。それから30年も経ってみると熱心にX線検査を行った同僚の中にはレントゲン障害が現れ指を切断した方もいる。
 1960年代に同級生の西山正治博士は間接撮影法を考案し、現在はX線を被爆することはなくなった。西山博士は河北文化賞を受賞され、医療には多大の貢献をなされた。残念ながら1993年に故人となられた。

2. 人間ドックの普及と健診

 このようにして人間ドックが始まり、医学が進歩し検査法が次々に開発され、そしてなによりも病院には中央検査部ができ、検査はオーダーし伝票を出せば検査成績が届けられるようになった。
 また人間ドックで癌ももつかることから、西山博士の発明したX線装置をバスに積み、病院のない地域でも検査できるようになった。このようにして胃癌の集団検診が次第に普及した。また血液も調べて血糖、血清脂質、そして血圧などの測定も行う健康診断も行われるようになった。
 検診と健診、癌検診とか、一般健診といった言葉が使われている。癌、高血圧、糖尿病などの病気を絞って検査するのを検診、より多くの異常の有無を検査するのを健診(健康診断)と区別して用いるが、癌健診といっても誤りというわけではない。

3. 糖尿病の検診
  ―飽食試験では100万人いるという結果だったが実際は

 樺太連理草が発端でメゾキサンという経口糖尿病治療薬が創られ市販されたことはNo.6に記した。それを創った東京大学薬理学教室の小林芳人教授が中心となり1957年2月頃に糖尿病学会を設立しようという会議が始まったが、そこに戦勝国でつくった国連に1949年に設置されたWHO(世界保健機構)から、日本の糖尿病の頻度についての問合せがあった。
 それでメゾ蓚酸塩の研究会を中心に日本の糖尿病の頻度を調査することになった。いままでこのような調査を行った経験もなく、研究会の方々は苦心されたようである(No.7参照)。
 著者も検診に参加し、仙台の工場の40歳以上の方々にお願いし実施した。研究班の方式は朝に米飯300g(茶碗2杯以上)をとり、2時間後に耳朶血を採り血糖をHagedorn-Jensen法変法で測定し、尿糖も検査し、血糖140mg/dL以上の方々には二次検査を行った。やはり米飯300g以上に菓子をとらせるもので飽食試験と呼んだ。当時は米飯中心の食事であったので、米飯を毎食2杯ずつ食べるのは普通であった。蛋白質も米飯の蛋白質を主要なものとしていた時代であった。この飽食試験では食後2時間および3時間の血糖を測定し、両方とも140mg/dL以上ならば糖尿病、いづれか1つが140mg/dL以上なら疑糖尿病、両方とも140mg/dL未満なら非糖尿病と判定するものであった。
 1957-58年の全国集計では1万2,798名中糖尿病342名(2.67%)、疑糖尿病576名(4.47%)、1962年の3,273名では糖尿病248名(7.58%)、疑糖尿病230名(7.02%)であった。1957-58年の結果をもとに、1955年の全人口8927万4900人中40歳以上は2370万人であることから、40歳以上の糖尿病人口は約100万人と推定され、その数字が小林芳人教授により第15回日本医学会総会(1959年)、第16回(1964年)総会で発表された。
 当時は糖尿病が100万人もいると驚いたものであったが、その後糖尿病の診断基準がめまぐるしく変わった。現在はブドウ糖75gを飲んで2時間後の静脈血グルコース値200mg/dL以上の場合に糖尿病と判定される。そこでこの基準に直してみることにした。
 1泊人間ドック受検者3,845名のうち2時間値140mg/dL以上の方々は1,114名で、そのうち200mg/dL以上の方は290例(26.0%)であった。したがって100万人という数字は26万人になってしまう。また血糖の測定法がHagedorn-Jensen法と現在の酵素法とでは、前者が約20mg/dL高くでる。したがって当時140mg/dLといっていたのは現在の測定法では120mg/dLということになる。そこで一泊人間ドック受検で75gGTT120mg/dL以上だった方々1,978名についてみると、糖尿病(200mg/dL以上)の方は290名(14.7%)であった。
 したがって100万人という数字は現在の基準に直すと14万人ということになる(健康医学 10巻3号、226頁、1996年 参照)。

4. 社保病院の全国糖尿病調査

 健康保険が1927年より発足、少しずつ普及し、日支事変より太平洋戦争が始まり、健康保険事業の影も薄れかけた。そこで社会保険協会(1937年設立)では、44年より全国主要都市に社保病院設置を始めた。戦後の混乱と闇市経済から脱した頃には社保病院も40以上になった。
 1985年社保中央病院の日野佳弘院長らは全国の社保病院に呼びかけ34施設で糖尿病検診を行った。対象としたのは政管検診で二次テスト(50gGTT)が必要とされた方2,708名、一泊人間ドックを受けられた1,623名の方々である。
 政府管掌保険者約14万名のブドウ糖負荷試験(50gGTT)の成績と既知糖尿病の例数などが表1に示されている。14万人のうち新たに糖尿病とわかったのは299例(男性0.25%、女性0.11%)の低率であった。既知糖尿病は男性2.16%、女性0.93%と低率であった。

表1 政管健診総受診者中の糖尿病などの頻度
年齢男性(100,097名)女性(39,988名)
総数既知
糖尿病
新規
糖尿病
境界型腎性
糖尿
総数既知
糖尿病
新規
糖尿病
境界型腎性
糖尿
<304,2291722811,8321042
30代17,5061802527195,090152233
40代40,8308381021,0853518,874148192045
50代27,776839939843212,217155202096
60代9,04226629314101,864505501
70代7012822311112040
80代13001000000

(%)
100,097
100
2,168
2.16
253
0.25
2,706
2.70
88
0.08
39,988
100
371
0.93
46
0.11
494
1.23
1
0
* 年齢など記載のない例は除外した、GTT判定基準は学会基準による。
日野佳弘ほか:糖尿病健診の効率化に関する研究(1985年)全国社会保険連合会より引用

 次に一泊人間ドックの成績をみると表2のようになる。第1日目の午前中は胃X線検査を行い、その他の一般検査を行い、第2回目にブドウ糖負荷試験が行われる。その結果は表2のようにまとめられている。糖尿病型のものは男性5.8%、女性2.4%、境界型は男性50.3%、女性56.6%となっている。現在から20年前の成績であり、その頻度は低い。これはその当時の糖尿病を示す貴重なものと思い、ここに引用させていただいた。
 当時日野先生はわざわざ仙台までおいでになり、筆者に意見を求められたのを記憶している。なお、日野先生らが引用されているGTT判定基準は

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