2. 腸管運動
胃から小腸への食物の排出については前回に述べたが、次に食物が腸に送られてからはどうであろうか。小腸の食物の通過時間を私たちはラクツロース法で測定した。
ラクツロースは乳糖と類似しているが、人工2糖類で腸管にある乳糖分解酵素では分解されない。そのまま大腸に送られ、大腸にいる腸内細菌によって分解されて水素ガス(H
2)を発生する。H
2は腸から吸収されて肺から呼出される。そこで、ラクツロースを飲ませて、10分毎に呼気をとり水素濃度を測定する。そうすると
図1のように90分目に急に上昇する。
図2では170分目に上昇している。その時点が小腸通過時間とみなされる(正確には胃から排出されてからの時間であるが、このような便法で測定している)。
この方法でみると
表1でみるように健常者では80分であるのに対し糖尿病の人では神経伝導速度(MCV)が50m/秒以上と比較的速い人でも94分と遅く、MCVが50m/秒以下と遅い人達では129分と著明に遅れている。
図1 呼気中の水素ガス濃度 (急上昇した時点がラクツロース到達時間)
|
図2 呼気中水素ガス濃度、170分目に急上昇している
|
表1 小腸および全消化管通過時間
群
|
小腸通過時間(分)
|
全腸通過時間(時間)
|
健常者
|
80±8(9例)
|
37±2(12例)
|
糖尿病者 | |
|
MCV≧50m/秒
|
94±9(21例)
|
51±7(9例)
|
MCV<50m/秒
|
129±14(14例)
|
53±10(6例)
|
M±SD(例数)、MCV:正中神経神経伝導速度
|
全腸通過時間はゴムのダブルチューブでX線を通さないものを鋏で切り、D型、C型など3つの型にしたものを時間をおいて飲ませ、便のX線写真を取り出されたチューブの型の割合から、全腸の通過時間をみる方法を用いた。その結果は
表1にみるように、健常者では37時間であるのに対し、糖尿病の人では51時間と著明に遅くなっており、便秘が多いことが窺われる。
高度の下痢症例の方が入院されたが、この方では食後30分もしないうちに排便があるという速さであった。
3. 腸内細菌叢
次に、光岡知足博士が大腸菌の研究に大きな進歩をもたらしたので鈴木邦彦博士は光岡博士の指導を得て糖尿病の人達の細菌叢を検討した。細菌の総数は通常者42名の平均は糞便g当り数のlogは11.2±0.2で、神経障害のない糖尿病の人4名の平均は11.0±0.1と健常者と変わらなかったが、自律神経障害のある3人の方の平均は10.7±0.4で明らかに減少していた。
特に嫌気性のVeillonella菌は健常者7.4±1.2、自律神経障害のない人達8.4±1.3に対し自律神経のある3例では、4.5±1.6と著明に減少していた。ビフィズス菌もそれぞれ10.0±0.8、8.8±1.6、9.6±0.6と糖尿病で減少していた。好気性菌では連鎖球菌が増加し、酵母菌も増しているのがみられた。
糖尿病歴16年の52歳男性で1日数回の下痢のある方では、上部小腸菌叢も大幅に変わり、抗生剤で一時的に軽減する状態であったのでビフィズス菌と乳酸菌をヤクルト中央研究所より提供を受け毎日6gと3gを投与し2週間後に再検査した。健常者では上部空腸には好気性菌が多く嫌気性菌はほとんどないのに自律神経障害のある糖尿病ではそれが多くなる。下痢は改善したが腸内細菌叢との関係は明らかでなかった。自律神経障害のある場合には腸内細菌叢が異常となり、それは難治性となることが分かった。
4. 便通
糖尿病になると食事が節制されるので一般には便秘することが割合に多い。通院中の糖尿病の方々の便秘の状態をお聞きした集計は
表2のように、正常の人が最も多く74%を占め、ついでに便秘が23%となっている。性別にみると便秘は男性では16.6%で女性では28.7%と多い。ここには下剤を使用しておられる方を区別しないで集計したが、日常の印象では下剤服用者がかなり多い。また、便秘と思っていたら腸癌ということもあるので、年に1、2度は便の潜血反応を検査してもらう方がよいと思われる。
表2 糖尿病の人達の便通
便通
|
基準
|
男性 | (%)
|
女性 | (%)
|
計 | (%)
|
正常
|
1~2日に1~2回
|
138 | (81.6)
|
128 | (68.1)
|
266 | (74.5)
|
便秘
|
3日以上に1回
|
28 | (16.6)
|
54 | (28.7)
|
82 | (23.0)
|
下痢
|
1日3回以上
|
3 | (1.8)
|
4 | (2.1)
|
7 | (2.0)
|
交差型
|
下痢と便秘が交互する
|
0 |
|
2 | (1.1)
|
2 | (0.5)
|
計 |
|
169 | (100)
|
188 | (100)
|
357 | (100)
|
|
5. 胆嚢収縮機能
糖尿病状態が悪化しコントロール不良状態が続くと胃の収縮機能が減弱しときには胃麻痺となる。これと類似のことが胆嚢造影X線像でもみられるといわれ無力性胆嚢と呼称された(Gitelson 1963)。
造影剤使用によ胆嚢造影には危険を伴うこともあることから、我々は超音波診断装置を用いて胆嚢の最大面積を測定した。早朝空腹状態では最も大きくなっているので、その面積を測定した。その成績は
表3に示されているが、心拍変動試験に異常のない糖尿病の人達では健常者と同じで、異常のある方ではわずかに小さいのがみられた。
また正中神経伝導速度が50m/秒以下の例では胆嚢の面積が小さく45m/秒以下の低下例では最も小さくなっていた。すなわち、神経機能が障害されているものほど胆嚢が小さいという結果であり、無力性胆嚢ということにならないことが分かった。
次に朝食後2時間毎に面積を測定して最も胆嚢が強く収縮する時間、すなわち日内変動を観察した。その結果、胆嚢が最小となるのは午後3時と分かった。このことから、早朝、食事前に胆嚢面積を測定し、朝食、昼食をとり、午後3時に測定して朝食前と比べて何%になっているかを観察した。その成績は
表3の右側に示されている。健常者では前値の22.6%まで縮小していたが、心拍変動試験が正常で自律神経障害のない方では35.3%、そして自律神経障害のある方では50.3%と収縮状態が低下していることが分かった。これらを総合すると糖尿病では胆嚢が小さく、そして食事により収縮も軽度であるといえる。このことから、胆嚢内の胆汁の排出も不十分で、したがって胆石が形成されやすいことが推測される。
次に卵黄負荷などを行って比較してみたが、特に目立つ特徴は認められなかった。
表3 胆嚢の空腹状態の大きさと食後の収縮能
(超音波診断装置による最大面積の測定)
群
|
空腹時面積(cm2)
|
収縮能(空腹状態に対する 3pmの面積縮小の%)
|
健常者
|
11.8±0.3(85)
|
22.6±1.6(15)
|
糖尿病者 | |
|
心拍変動試験 正常
|
11.8±0.5(87)
|
35.3±2.1(33)
|
異常
|
9.9±0.5(59)
|
50.3±2.8(27)
|
MCV(m/秒) | |
|
55以上
|
11.8±0.6(28) |
|
50~54
|
11.3±0.6(45) |
|
45~49
|
10.7±0.9(24) |
|
45以上
|
9.9±0.5(13) |
|
M±SD(例数) MCV:正中神経興奮伝導速度
|
6. 胆石
超音波診断装置の導入以来、胆石の診断は日常的となった。我々が糖尿病の人達に行った結果は
表4のようになり、男性では11.4%、女性では20.2%とやはり女性に多い。治療法別では
表5のように経口剤使用例に多い。
表4 超音波診断法による糖尿病患者の胆石の頻度
年齢
|
男性
|
女性
|
全例
|
例数
|
胆石例
|
(%)
|
例数
|
胆石例
|
(%)
|
例数
|
胆石例
|
(%)
|
20代
|
2
|
0
|
(0)
|
0
|
0
|
(0)
|
2
|
0
|
(0)
|
30代
|
9
|
1
|
(11.1)
|
2
|
0
|
(0)
|
11
|
1
|
(9.1)
|
40代
|
39
|
3
|
(7.7)
|
11
|
0
|
(0)
|
50
|
3
|
(6.0)
|
50代
|
55
|
7
|
(12.7)
|
33
|
4
|
(12.1)
|
88
|
11
|
(12.5)
|
60代
|
47
|
5
|
(10.6)
|
44
|
8
|
(18.2)
|
91
|
13
|
(14.3)
|
70代
|
13
|
3
|
(23.0)
|
28
|
11
|
(39.3)
|
41
|
14
|
(34.1)
|
80代
|
2
|
0
|
(0)
|
1
|
1
|
(100)
|
3
|
1
|
(33.3)
|
全年齢
|
167
|
19
|
(11.4)
|
119
|
24
|
(20.2)
|
286
|
43
|
(15.0)
|
|
表5 糖尿病患者の治療法別にみた胆石の頻度
治療法
|
50~69歳症例
|
全年齢
|
例数
|
胆石例
|
(%)
|
例数
|
胆石例
|
(%)
|
食事のみ
|
61
|
9
|
(14.8)
|
96
|
14
|
(14.5)
|
経口剤
|
84
|
15
|
(17.9)
|
157
|
26
|
(16.5)
|
インスリン
|
34
|
0
|
(0)
|
33
|
3
|
(9.1)
|
計
|
179
|
24
|
(13.4)
|
286
|
43
|
(15.0)
|
|
また胆石手術をされた人達の中に糖尿病の人達がどれほどいるかを調べてみると
表6のように男性では14.7%、女性では17.0%となっている。
表6 胆石手術例の既知糖尿病例および入院時にはじめて糖尿病と診断された症例の年齢・性別頻度
年齢
|
男性
|
女性
|
全例
|
例数
|
糖尿病例
|
例数
|
糖尿病例
|
例数
|
糖尿病例
|
既知
|
未知
|
合計
|
(%)
|
既知
|
未知
|
合計
|
(%)
|
既知
|
未知
|
合計
|
(%)
|
20-29
|
1
|
-
|
-
|
-
|
|
3
|
-
|
-
|
-
|
|
4
|
-
|
-
|
-
|
|
30-39
|
9
|
-
|
-
|
-
|
|
13
|
1
|
-
|
1
|
(7.7)
|
22
|
1
|
-
|
1
|
(4.5)
|
40-49
|
17
|
-
|
-
|
-
|
|
21
|
-
|
-
|
-
|
|
38
|
-
|
-
|
-
|
-
|
50-59
|
20
|
3
|
3
|
6
|
(30.0)
|
33
|
3
|
3
|
6
|
(18.2)
|
53
|
6
|
6
|
12
|
(22.6)
|
60-69
|
32
|
4
|
2
|
6
|
(18.8)
|
36
|
6
|
2
|
8
|
(22.2)
|
68
|
10
|
4
|
14
|
(20.6)
|
70-79
|
7
|
-
|
1
|
1
|
(14.3)
|
20
|
5
|
1
|
6
|
(30.0)
|
27
|
5
|
2
|
7
|
(25.9)
|
80-89
|
2
|
-
|
-
|
-
|
|
3
|
1
|
-
|
1
|
(33.3)
|
5
|
1
|
-
|
1
|
(20.0)
|
計
|
88
|
7
|
6
|
13
|
(14.7)
|
129
|
16
|
6
|
22
|
(17.0)
|
217
|
23
|
12
|
35
|
(16.1)
|
|
筆者らが1973年に弘前大学外科学教室にて手術をされた胆石例について尿糖陽性者、糖尿病者を調査したところ、男性では100例中それぞれ14例、7例、女性では226例中29例と14例であった。また結石種類別の陽性者の頻度はビリルビン結石では33例中4例(12%)、コレステロール結石37例中4例(10.8%)、混合石では19例中1例もなかった。東北大学第1外科で1978-85年に手術された胆石例では男性210例中27例(12.9%)、女性233例中26例(11.2%)と高率であった。結石別ではコレステロール石270例中34例(12.6%)、ビリルビン石173例中19例(11.0%)と両群に差はみられなかった。また胆石手術例の血清総コレステロール値の分布は
図3のようであり、高値例に糖尿病合併症が多いのがみられた。
図3 胆石手術症例の血清総コレステロール値の頻度分布
|