糖尿病治療薬「SGLT2阻害薬」の腎保護効果に新たな発見 腎臓学会主導の包括的縦断データベースでリアルワールド解析

2021.10.07
 SGLT2阻害薬は、糖尿病治療薬として臨床で使用されているが、複数のランダム化比較試験で、血糖降下作用とは独立した腎保護効果が報告されている。
 SGLT2阻害薬は、投与開始時のタンパク尿やレニン・アンジオテンシン系阻害薬の使用の有無や、薬剤を投与する前の腎機能の変化とは関係なく、腎保護効果が認められることが、川崎医科大学腎臓・高血圧内科学教室の柏原直樹教授らの新たな研究で明らかになった。

SGLT2阻害薬の腎保護効果の新知見

 川崎医科大学や横浜市立大学は、SGLT2阻害薬の腎保護効果について、慢性腎臓病患者包括的縦断データベース「J-CKD-DB-Ex」を活用し、リアルワールドデータ解析による新たなエビデンス構築を行ったと発表した。

 SGLT2阻害薬は、糖尿病治療薬として臨床で使用されているが、複数のランダム化比較試験で、血糖降下作用とは独立した腎保護効果が報告されている。従来の臨床研究は、タンパク尿があるなど特定の背景を有する患者での有用性を示すものだった。

 今回の研究では、SGLT2阻害薬は、投与開始時のタンパク尿やレニン・アンジオテンシン系阻害薬の使用の有無や、薬剤を投与する前の腎機能の変化とは関係なく、腎保護効果が認められることが明らかになった。

 研究は、川崎医科大学腎臓・高血圧内科学教室の柏原直樹教授、長洲一准教授、横浜市立大学附属病院次世代臨床研究センターの矢野裕一朗准教授、同大学循環器・腎臓・高血圧内科学の田村功一教授らの研究グループによるもの。研究成果は、日本時間で10月1日に「Diabetes Care」に掲載された。

医療ビッグデータの利活用はリアルワールドデータに

 医療ビッグデータの利活用が促進されており、実際の医療によって得られたデータという意味で“リアルワールドデータ”と呼ばれている。海外では電子カルテやPHRのデータを、科学的根拠(エビデンス)に基づいた医療の開発に応用するといったフェーズに入っているが、日本では医療ビッグデータの利活用は実績がまだ少ない。

 さらに、これまで黄金律として順守されてきたランダム化比較試験による評価は、限られた集団を対象に行うため、得られた成果が実臨床での患者に必ずしも当てはまるとは言いきれない場合がある。

 一方、SGLT2阻害薬に関しては、EMPA-REG OUTCOME試験、CANVAS試験、CREDENCE試験、DAPA-CKD試験などのランダム化比較試験で、血糖降下作用とは独立した腎保護効果が報告されてきた。

 しかしこれらの試験では、登録者は試験開始時に、「タンパク尿を有する」「降圧薬レニン・アンジオテンシン系阻害薬が併用薬として使用されている」「SGLT2阻害薬を投与する前の腎機能の変化が加味されていない(例:腎機能が低下傾向にある糖尿病患者にSGLT2阻害薬を投与してよいか)」という実状があった。

 その結果、タンパク尿を“有さない”糖尿病患者に対して、SGLT2阻害薬の腎保護効果を期待できるのかは、明らかとなっていなかった。腎機能低下をきたす糖尿病患者の一定数はタンパク尿を有さないため、このことは重要だ。

日本腎臓学会などの慢性腎臓病データベースを活用

 そこで研究グループはSGLT2阻害薬に対する今回の研究で、これら3つのクリニカルクエスチョンに対し、日本での慢性腎臓病のリアルワールドデータベースを用いて検証を行った。

 日本腎臓学会と日本医療情報学会では、厚生労働省臨床効果データベースおよび臨床研究等ICT基盤構築研究事業「腎臓病データベースの拡充・連携強化と包括的データベースの構築」(研究代表:日本腎臓学会理事長・柏原直樹)として、包括的慢性腎臓病データベース(J-CKD-DBおよびJ-CKD-DB-Ex)の構築に着手している。

 全国20数大学の参画を得て、慢性腎臓病患者例を自動抽出するアルゴリズムを構築し、電子カルテからSS-MIX2を活用して直接データを収集した。

 SS-MIX2は厚生労働省が推進する医療情報の電子化・標準化に向けた事業活動の一環であり、電子カルテ情報から自動収集するデータベースを活用することで、研究者への負荷が極めて小さくなり、大量のデータ(検査値、使用薬剤・量、患者基本情報)を収集することが可能なシステム。現時点で14万人を超えるJ-CKD-DB-Exを構築している。

タンパク尿陰性やレニン・アンジオテンシン系併用なしの症例も検討

 今回の研究では、傾向スコアマッチング法(介入の有無以外の背景因子を揃える)を用いて、SGLT2阻害薬投与群(n=1,033)と、その他の糖尿病治療薬群(非SGLT2阻害薬投与群、n=1,033)で、腎保護効果を比較し検証した。

 薬剤開始時、両群とも約7割はタンパク尿陰性例であり、約6割はレニン・アンジオテンシン系阻害薬を併用していなかった。これらは日本の診療の現状を反映した数字であり、これまで報告されているランダム化比較試験で登録された集団の特性とは異なる。

 主要評価項目は推算糸球体濾過量の年次変化とし、副次評価項目は腎複合イベント(推算糸球体濾過量の50%以上の低下あるいは推算糸球体濾過量15mL/min./1.73m²未満)とした。

 主要評価項目と副次評価項目ともにSGLT2阻害薬投与群が優れていた。すなわち、推算糸球体濾過量の年次変化は、SGLT2阻害薬投与群(-0.47 [95%信頼区間 -0.63 to -0.31] mL/min/1.73m² per year)が非投与群(-1.22 [95%信頼区間 -1.41 to -1.03] mL/min/1.73m² per year)に比べて有意に抑制され、腎複合イベントの発生も有意に抑制されていた(ハザード比0.40、95%信頼区間0.26-0.61)。

 これらの効果の違いは、薬剤投与開始時のタンパク尿やレニン・アンジオテンシン系阻害薬の使用の有無、SGLT2阻害薬を投与する前の腎機能の変化とは関係なく認められた。

SGLT2投与、非投与群における推算糸球体濾過量の推移

SGLT2投与非投与群における腎複合イベントの発症率

出典:横浜市立大学、2021年

リアルワールドデータから生成されるビッグデータを活用

 今回の研究は、日本での慢性腎臓病リアルワールドデータベースを利活用して、SGLT2阻害薬の腎保護での新知見を報告したもの。また、日本の医療ビッグデータの利活用が新しい価値の創出につながる可能性を見出したものとなる。

 「今後は、リアルワールドデータから生成されるビッグデータを活用し、疑似ランダム化比較試験が実施可能な自律的エビデンス構築システムの構築を目指したいと考えています」と、研究グループでは述べている。

 また、J-CKD-DB-Exは、現在も拡充中であり、世界の国々との共同研究も開始された。一部で遺伝子情報と診療情報との融合も実現しており、慢性腎臓病での個別化医療を促進し、これまでの対応型医療に代わる予測的あるいは先制医療に向けて展開していきたいとしている。

 「最終的には、"国民、患者、利用者目線"でデータヘルスを推進する研究を目指し、国民の健康維持に貢献し、Well-being実現に貢献することを目標としています」と述べている。

川崎医科大学 腎臓・高血圧内科学教室
横浜市立大学附属病院 次世代臨床研究センター
Kidney outcomes associated with SGLT2 inhibitors versus other glucose-lowering drugs in real-world clinical practice: The Japan Chronic Kidney Disease Database(Diabetes Care 2021年9月30日)
J-CKD-Database

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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