体温低下がインスリン抵抗性と糖尿病に似た代謝異常を引き起こす 褐色脂肪組織などのグルコース取り込みが大幅減少 生理学研究所など

体温の低下が血糖代謝を制御する新たな仕組みを解明
糖代謝異常は、糖尿病や肥満といった生活習慣病の中心的な病態であり、現代社会での重大な健康問題となっている。これらの疾患では、インスリン抵抗性や高血糖状態が慢性的に続くことが、心血管疾患や腎機能障害などの合併症につながるとされている。
一方、動物の冬眠状態では、著しい低体温と代謝抑制が自然に生じるにもかかわらず、臓器障害や炎症反応をともなわずに長期間の省エネルギー状態を維持することが知られている。冬眠動物はこのような代謝状態を可逆的にコントロールできるため、その仕組みの解明は医療や宇宙生理学への応用の鍵となる。
そこで生理学研究所 生命創成探究センターなど研究グループは、冬眠様の生理状態を再現する人工冬眠モデル(QIH)を用いて、体温低下が糖代謝に与える影響を詳細に検証した。
マウスの視床下部に存在するQニューロンを化学遺伝学的手法により活性化し、深部体温を23℃付近にまで低下させる人工冬眠状態を誘導した。
その結果、QIH状態のマウスでは、絶食中にもかかわらず血糖値とインスリン濃度の上昇が認められ、インスリン抵抗性の兆候が顕著に示された。
さらに、主要なエネルギー消費臓器である褐色脂肪組織、骨格筋、心臓、大脳皮質でのグルコース取り込み量が大幅に減少し、マウスの活動量やエネルギー消費も極端に低下していることが明らになった。これらは、糖尿病と類似した全身的な代謝異常状態と言える。
さらに、Qニューロンの活性化を維持したまま、周囲温度を上げてマウスを33~34℃付近まで再加温すると、血糖値やインスリン濃度、行動活動が急速に正常化し、代謝状態も完全に回復した。これは、QIHでの代謝異常の主因がQニューロンの神経活動ではなく、体温の低下そのものであることを示している。
また、熱産生の主役である褐色脂肪組織をあらかじめ切除したマウスでも、同様の代謝異常が再現されたことから、この作用は局所的な熱産生機構に依存せず、全身性の現象であることが確認された。
「本研究は、これまで一方向的に捉えられてきた"代謝が体温を調整する"という理解に対し、"体温が代謝を制御する"という新たな視点を提示するものであり、恒温動物でのエネルギー代謝の基盤的理解を大きく進展させる成果だ」と、研究者は述べている。
「糖尿病や肥満などの慢性代謝疾患は世界的に患者数が増加しており、生活の質や医療費に多大な影響を及ぼしている。本研究は、薬剤を用いず"体温"という生理的な因子を操作することで、代謝を一時的かつ可逆的に制御できる可能性を示した」。
「これは、代謝疾患の予防・改善への新たなアプローチとなり得るだけでなく、臓器移植時の低温保存、外科手術での代謝負荷の軽減、さらには宇宙長期滞在時の省エネルギー戦略としての応用も期待される」としている。
研究は、自然科学研究機構 生理学研究所(NIPS) 生命創成探究センター(ExCELLS)の李明亮特任助教、張菁圃特任研究員、根本知己教授、榎木亮介准教授らが、熊本大学の戸田知得准教授と共同研で行ったもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載された。
自然科学研究機構 生理学研究所 生命創成探究センター
Body temperature regulates glucose metabolism and torpid behavior (Nature Communications 2025年7月10日)