新型コロナが糖尿病を新たに引き起こすメカニズムを解明 ウイルスが膵β細胞に侵入しインスリン産生が減少
米国立衛生研究所(NIH)の支援により実施された研究で、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が糖尿病を引き起こすメカニズムが解明されている。
新型コロナ感染により糖尿病を急性発症
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の影響は患者によって大きく異なり、軽症ですむ人も多いが、命に関わるほど重症化する人もいる。糖尿病と肥満は一般的に重症化のリスク因子であることも明らかになっている。
SARS-CoV-2の実態が明らかになるにつれ、このウイルスが肺炎や血栓などの深刻な症状を引き起こすだけでなく、肝臓、心臓、腎臓などの重要な臓器にも広がる場合があることが分かってきた。
さらに、感染により急性の糖尿病発症を一部で誘発することも分かってきた。米国立衛生研究所(NIH)の支援により実施された2件の研究で、SARS-CoV-2がインスリンを産生するβ細胞を標的にして、その機能を失わせるメカニズムが解明された。この2件の報告は「Cell Metabolism」に掲載された。
ウイルス感染によりβ細胞を含む膵組織が変化
1件目の研究は、スタンフォード大学医学部のピーター ジャクソン氏らによるもの。「新型コロナの重症患者の30%が糖尿病を発症する可能性がある」と、ジャクソン氏は指摘している。
COVID-19で死亡した患者の剖検サンプルのβ細胞から、SARS-CoV-2の痕跡を検出した。SARS-CoV-2がインスリンを産生する膵β細胞に侵入する可能性が示された。
もう1件の研究は、ワイルコーネル医科大学幹細胞生物学部のシュイビン チェン氏らによるもの。「SARS-CoV-2に感染したβ細胞は、インスリンを産生しなくなる」と、チェン氏は指摘している。
β細胞などの細胞タイプは、ACE2受容体タンパク質、TMPRSS2酵素タンパク質、およびニューロピリン1(NRP1)を発現する。これらはすべて、SARS-CoV-2がヒト細胞に侵入する際のとっかかりになる受容体だ。
チェン氏らは、膵臓組織の剖検により、β細胞と他のいくつかの膵臓細胞タイプの両方でSARS-CoV-2の兆候を確認した。SARS-CoV-2の感染により、β細胞を含む膵臓組織の機能が変化する可能性がある。
ウイルス感染によりβ細胞がアポトーシスにより減少
両チームは、SARS-CoV-2の感染により、膵島組織からのインスリン産生および放出が減少することを報告している。ジャクソン氏らの研究では、感染したβ細胞は直接的にアポトーシスにより減少することが示された。さらには、NRP1をブロックすることで、それを回避できることも分かった。
一方、チェン氏らのグループは、感染したβ細胞は失われるだけでなく、インスリンを作らない別の細胞に転化する分化転換を起こすことを発見した。SARS-CoV-2感染後の膵臓細胞内の遺伝子活性の変化を調べ、単一細胞分析を実施した結果、β細胞は分化転換の過程を経て、再プログラムされる可能性があることが示された。
このβ細胞の分化転換が、インスリン欠乏を悪化させ、血糖値を上昇させると予測される。その過程により、膵臓ではインスリンの分泌が減る一方で、肝臓のグリコーゲンがブドウ糖に分解されるのを促すグルカゴンの分泌が増える。さらに、トリプシン1という高レベル消化酵素の生成も開始される。
これは1型糖尿病の原因になりうる。1型糖尿病は主に自己免疫反応がβ細胞を攻撃して起こり、若いうちに発症する場合が多い。体内でインスリンが作られなくなるため、患者は毎日インスリンを注射する必要がある。β細胞が攻撃されるようになる原因はまだよくわかっていないものの、感染症などの環境要因が発症のきっかけとなることもある。
β細胞の分化転換を逆転される化学物質を発見 治療薬の可能性
チェン氏らのグループは、重要な発見もしている。SARS-CoV-2の感染による分化転換のプロセスが、ストレスに対する重要な細胞応答を低下させることが知られている化学物質であるtrans-ISRIBによって逆転されるということだ。
研究グループは、分化転換を防げる化学物質を探すために、膨大な数の候補を検索した。その結果、trans-ISRIBがSARS-CoV-2に感染したβ細胞の分化転換を防ぎ、インスリンを産生する能力を維持させることを確かめた。
SARS-CoV-2が膵臓に到達する方法と、結果として生じる細胞損傷で、免疫系がどのような役割を果たしているかを解明するために、さらに研究が必要だ。
「今回の研究は、COVID-19から自分自身、家族、そしてコミュニティを保護することの重要性をあらためて示すものです。まだワクチン接種を受けていない人は、ワクチンを接種し、家族や周囲にいる人にも接種を勧めるべきです」と、研究者は述べている。
「COVID-19に感染した人、とくに前糖尿病と指摘されていたり、糖尿病のリスク因子をもつ人は、頻尿、過度の喉の渇き、目のかすみ、体重減少などの症状があらわれた場合はすみやかに医師に相談するべきです」としている。
How COVID-19 Can Lead to Diabetes(米国立衛生研究所 2021年6月8日)
SARS-CoV-2 infection induces beta cell transdifferentiation(Cell Metabolism 2021年5月19日)
SARS-CoV-2 infects human pancreatic beta cells and elicits beta cell impairment(Cell Metabolism 2021年5月18日)
A human pluripotent stem cell-based platform to study SARS-CoV-2 tropism and model virus infection in human cells and organoids(Cell Metabolism 2020年7月2日)
SARS-CoV-2 infects and replicates in cells of the human endocrine and exocrine pancreas(Nature Metabolism 2021年2月)