慢性痛が不安を引き起こす脳内メカニズムを解明 慢性痛・不安障害の治療薬の開発に期待

2022.05.10
 北海道大学は、慢性痛が不安を引き起こす脳内メカニズムを解明したと発表した。慢性痛により、不安・恐怖・抑うつなどのネガティブな情動の惹起に関与する分界条床核の神経情報伝達に変化が生じ、視床下部外側野に情報を伝える神経細胞が抑制されるという。

 神経活動操作により、慢性痛モデル動物の不安症状を減弱させることにも成功。慢性痛や慢性ストレスによる不安障害の、新規治療薬開発につながる可能性がある。

慢性痛が不安を引き起こす神経回路の可塑的変化を解明

 慢性痛と不安障害・うつ病の併発率が高いことはこれまでにも多く報告されてきたが、そのメカニズムはよく分かっていない。

 そこで研究グループは、分界条床核と呼ばれる脳部位に着目した。分界条床核は、扁桃体とともに不安・恐怖・抑うつなどのネガティブな情動の惹起に関与することが知られる脳の部位。

 研究は、慢性痛モデル動物で、分界条床核内の神経情報伝達に変化が生じ、この変化により分界条床核から視床下部外側野に情報を伝える神経細胞が抑制されることを解明した。

 視床下部は間脳に位置し、内分泌や自律機能の調節を担う。外側野は不安などの情動の調節に関与するほか、摂食や睡眠・覚醒の調節にも関与している。

 さらに、ケモジェネティクスと呼ばれる、先端的な神経活動操作法により、該当する神経細胞の抑制を解除することで、慢性痛モデル動物に見られる不安症状が軽減することも明らかにした。

 ケモジェネティクスは、特定の神経細胞集団に薬物投与により改変受容体を発現させ、目的とする神経細胞の活動を上昇あるいは低下させる。

 これらの知見は、痛みが慢性化する影響で生じる分界条床核内の神経回路の機能変化が、不安症状を引き起こしていることを示している。

 「研究成果は、慢性痛の治療だけでなく、慢性痛をはじめとする慢性的なストレスにより引き起こされる不安障害・うつ病などの精神疾患の治療にも役立つ、新しい治療薬やニューロモデュレーションなどの治療法の開発に貢献することが期待されます」と、研究グループでは述べている。

 研究は、北海道大学大学院薬学研究院の南雅文教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science Advances」に掲載された。

出典:北海道大学、2022年

神経活動操作により慢性痛モデル動物の不安症状を減弱させることに成功

 痛みは体の危険を教えてくれる警告信号として、重要な役割を果たしている。しかし、慢性痛では、警告信号の役割を果たした後でも痛みが続き、生活の質(QOL)を大きく損なうだけでなく、不安障害やうつ病などの精神疾患の引き金ともなる。

 慢性痛と不安障害・うつ病の併発率は高いことが報告されており、慢性痛による持続的な不安・抑うつの亢進と不安障害・うつ病などの精神疾患とのあいだには、共通の脳内メカニズムがあることが推測される。しかし、慢性痛が持続的な不安を引き起こす脳内メカニズムについてはよく分かっていない。

 一方、分界条床核は不安水準の調節に関与していることが、報告されている。そこで研究グループは、「慢性痛によって分界条床核から視床下部外側野に情報を伝える神経の働きが変化することで、持続的な不安が引き起こされる」という仮説を立て検証した。

 分界条床核から視床下部外側野に情報を伝える神経の働きが、慢性痛によってどのような影響を受けるかを調べた。マウスの坐骨神経を部分的に糸で縛り、切断することにより、神経障害性疼痛モデルマウスを作製した。

 4週間にわたる慢性痛を誘導したあと、単一の神経細胞の活動状態を計測できる電気生理学的手法を用いて、視床下部外側野に情報を伝える分界条床核神経の活動状態を解析した。

 その結果、該当の分界条床核神経は、慢性痛時に持続的に抑制されていることが分かった。ケモジェネティクスと呼ばれる先端的な神経活動操作法を用いて、視床下部外側野に情報を伝える分界条床核神経を人為的に活性化することで、慢性痛により亢進した不安が軽減された。

 一方、ケモジェネティクスにより該当する分界条床核神経を抑制することで、慢性痛を与えていないマウスの不安水準が亢進した。これらの結果は、当初の仮説を支持する研究成果だ。

オプトジェネティクスで分界条床核神経細胞を活性化

 次に、慢性痛時に視床下部外側野に情報を伝える分界条床核神経が持続的に抑制される神経機構を明らかにするため、上流にある神経細胞での変化を検討した。

 遺伝子改変動物とオプトジェネティクスと呼ばれる先端的神経活動操作法を用いて、マーカーとしてCARTと呼ばれる神経ペプチドを産生する分界条床核神経細胞を人為的に活性化させた。

 オプトジェネティクスは光遺伝学とも言われ、特定の波長の光刺激によりチャネル分子などを特定の神経細胞集団などに発現させる手法。光刺激により神経細胞の活動を上昇あるいは低下させることができる。

 すると、該当の分界条床核神経への抑制性入力が増加したことから、CARTを産生する分界条床核神経細胞が、該当する分界条床核神経の上流に位置している抑制性神経であることが明らかになった。

 慢性痛時におけるCART産生神経細胞の活動を電気生理学的手法により検討したところ、健常マウスと比較して、神経活動が亢進していた。さらに、ケモジェネティクスを用いてCART産生神経細胞の活動を抑制することにより、慢性痛の影響を受け亢進した不安が軽減された。

慢性痛や慢性ストレスによる不安障害の新規治療薬開発に期待

 「これらの結果から、慢性痛モデルマウスでは、分界条床核内のCART産生神経細胞の活動が亢進し、視床下部外側野に情報を伝える分界条床核神経を持続的に抑制することにより、不安が亢進していると解明されました」と、研究グループでは述べている。

 「慢性痛が不安を引き起こす脳内神経回路の機能変化を明らかにした本研究成果は、慢性痛の治療だけでなく、慢性ストレスなどにより引き起こされる不安障害・うつ病などの精神疾患の治療にも役立つ、新しい治療薬の開発や、脳内神経回路をターゲットとしたニューロモデュレーションなどの治療法の開発に貢献することが期待されます」としている。

北海道大学 大学院薬学研究院 医療薬学部門 医療薬学分野 薬理学研究室
Chronic pain-induced neuronal plasticity in the bed nucleus of the stria terminalis causes maladaptive anxiety (Science Advances 2022年4月27日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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