糖尿病性腎臓病の新たな治療標的と注目されるNrf2 Nrf2を活性化する新薬を開発中

2022.11.17
 転写因子Nrf2は、酸化ストレスを軽減するための遺伝子の発現を増加させたり、病的な炎症を引き起こす遺伝子の発現を低下させることで、さまざまなストレスから細胞を保護する役割を果たすと考えられている。

 Nrf2は糖尿病性腎臓病の治療標的として注目されている。現在、Nrf2活性化剤であるバルドキソロンメチルが新薬として期待されており、糖尿病性腎臓病患者を対象とした臨床治験が進められている。

 東北大学は、インスリン遺伝子の自然変異による糖尿病モデルマウスと、転写因子Nrf2の遺伝子ノックアウトマウスを組み合わせた複合変異マウスで、腎臓で酸化ストレス、炎症、線維化が増加していることを明らかにした。

 このマウスでは、血液中で尿毒症物質が増加し、腎臓の糸球体や尿細管が障害を受けるなど、糖尿病が引き起こす変化が悪化していることが示された。

 さらに、Nrf2が活性化したマウスでは糖尿病が改善し、糖尿病による障害から腎臓が保護されることも分かった。研究で得られた知見を利用し、糖尿病性腎臓病の新しい治療法の開発が加速することが期待されるとしている。

Nrf2は糖尿病性腎臓病の治療標的として注目されている

 糖尿病性腎臓病は、重症化すると血液透析導入の可能性もある重要な疾患だが、進行を抑える治療が主流であり、本質的な治療法が求められている。一方、糖尿病では、腎臓で酸化ストレスや炎症が増加し、腎臓障害の進展に重要な役割を果たすことが知られている。

 転写因子Nrf2は、酸化ストレスを軽減するための酵素の遺伝子の発現量を増加させ、炎症因子の遺伝子の発現量は低下させることが知られている。Nrf2を活性化すれば、酸化ストレスや炎症を抑制できると考えられている。

 現在、Nrf2活性化剤であるバルドキソロンメチルによる、糖尿病性腎臓病に対する臨床治験が進められており、Nrf2は糖尿病性腎臓病の治療標的として注目されている。

 そこで、東北大学東北メディカル・メガバンク機構の宇留野晃准教授らの研究グループは、糖尿病モデルAkitaマウスとNrf2の遺伝子ノックアウトマウスを組み合わせた複合変異マウスの腎臓で、腎臓の糸球体の毛細血管および酸化ストレスが増加した尿細管が拡大し、血液中の尿毒症物質の濃度が上昇することを発見した。

 さらに、AkitaマウスでNrf2を活性化すると、腎臓の尿細管で尿細管内容物が尿細管腔を鋳型として固まった円柱の形成が軽減することも分かった。円柱はさまざまな腎臓の障害で発生する。

 これらにより、Nrf2は糖尿病により引き起こされる障害から腎臓を保護していることが明らかになった。研究で得られた知見を利用し、糖尿病性腎臓病の新しい治療法の開発が加速することが期待されるとしている。研究成果は、「Redox Biology」にオンライン掲載された。

Nrf2 遺伝子ノックアウトによる腎臓の線維化の変化
Nrf2ノックアウトAkitaマウスの腎臓では線維化が悪化した(青い領域)。

Nrf2活性化による腎臓尿細管の円柱の抑制
Nrf2 遺伝子をノックアウトしたマウスの腎臓では、円柱と呼ばれる変化が増加していたが(三角で示した領域)、Nrf2を活性化したマウスの腎臓では、この変化が消失していた。

出典:東北大学、2022年

Nrf2が発現していないマウスでは糖尿病が引き起こす腎臓の変化が加速

 従来は、げっ歯類での糖尿病性腎臓病の研究には、ストレプトゾトシンという薬剤による糖尿病モデルがよく利用されてきた。糖尿病性腎臓病でのNrf2の役割についても、これまでにストレプトゾトシンによる糖尿病モデルを利用した解析が報告されてきた。しかし、ストレプトゾトシン糖尿病モデルには、血糖値上昇以外に、薬剤の副作用としても腎臓が障害を受ける欠点がある。

 一方、Akitaマウスは、血糖降下ホルモンであるインスリン遺伝子の自然変異による糖尿病モデルで、薬剤の副作用による腎臓障害が発生しないことから、詳細な糖尿病の合併症の研究を可能にするとみられている。

 そこで、東北大学の宇留野晃准教授(東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo))、山本雅之教授(ToMMo・機構長)の研究グループでは、Akitaマウスを利用して、糖尿病性腎臓病でのNrf2の役割について、詳細な解析を実施した。

 Nrf2遺伝子ノックアウトマウスは、遺伝子の改変により、正常なNrf2が欠損したマウス。研究グループは、Akitaマウスを組み合わせたNrf2ノックアウトAkitaマウスの腎臓の解析を行った。

 Akitaマウスでは、糖尿病の特徴である著明な尿量増加を認めたが、Nrf2をノックアウトしたAkitaマウスでは、さらに尿量が増加していた。採取した血液を用いてメタボローム解析を行ったところ、Nrf2ノックアウトAkitaマウスで、トリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)やインドール-3-酢酸(IAA)といった尿毒症物質の血中濃度増加を認めた。尿毒症物質は、腎不全病態での生体障害因子となる。

 さらに、質量分析イメージングという手法を用いて、腎臓組織の抗酸化物質であるグルタチオン分子の分布を評価したところ、Akitaマウスの腎臓では、腎臓の表面に近い皮質と呼ばれる領域で、グルタチオンが多く分布していたが、Nrf2ノックアウトAkitaマウスでは、腎臓全体でグルタチオンが低下していることが分かった。

 グルタチオンの生成に関わる酵素の遺伝子群は転写因子Nrf2により調節されており、Nrf2は糖尿病の腎臓での抗酸化作用に大きな影響を及ぼしていることが明らかになった。

 また、組織を用いて腎臓の解析を行ったところ、Nrf2ノックアウトAkitaマウスの腎臓では、炎症や線維化といった、腎臓障害に重要な変化が悪化していた。

 さらに詳細な腎臓組織の解析を行ったところ、腎臓内の糸球体の微小血管の内腔が拡大していた。腎臓内の尿細管と呼ばれる管腔構造も拡大しており、この拡大した尿細管の細胞で酸化ストレスが増加していた。

 このように、Nrf2が発現していないマウスでは、糖尿病が引き起こす腎臓の変化が加速していることが分かった。

腎臓での抗酸化分子グルタチオンの分布
糖尿病モデルであるAkitaマウスでは、腎臓皮質で抗酸化物質であるグルタチオンが多く分布していたが、Nrf2ノックアウトAkitaマウスでは、腎臓全体でグルタチオンが低下していた。

出典:東北大学、2022年

Nrf2が活性化したマウスで血糖値上昇が抑制 Nrf2活性化により腎臓を保護

 研究グループはさらに、Nrf2の役割を解析するために、Nrf2に結合するタンパク質であるKeap1の遺伝子を改変したKeap1ノックダウンマウスを用いた。Keap1ノックダウンマウスは、Keap1の発現量が低いことが特徴だが、Keap1はNrf2を抑制する役割をもつので、Keap1ノックダウンマウスではNrf2が活性化されている。

 AkitaマウスとKeap1ノックダウンを組み合わせたKeap1ノックダウンAkitaマウスを解析した結果、Keap1ノックダウンによりNrf2が活性化したAkitaマウスでは、通常のAkitaマウスと比較して、血糖値上昇が抑制されていた。

 Akitaマウスの尿細管には、円柱と呼ばれる凝固沈殿物が観察されるが、Nrf2ノックアウトAkitaマウスの腎臓の病理学的解析を行ったところ、円柱が増加しており、Keap1ノックダウンしたAkitaマウスでは、円柱がほとんど観察されず、腎臓が保護されていることが分かった。

 このように、Nrf2を活性化すると糖尿病が改善し、腎臓の変化も改善することが明らかになった。

 「本研究の成果により、Nrf2は糖尿病の腎臓の障害を抑制する働きをしていることが明らかになりました。現在、バルドキソロンメチルを用いた糖尿病性腎臓病での臨床試験が進められています。本研究成果で得られたNrf2の糖尿病での腎臓障害での役割に関する知見により、今後の臨床応用が加速することが期待されます」と、研究グループでは述べている。

東北メディカル・メガバンク機構バイオマーカー探索分野
東北大学大学院医学系研究科・医学部
Nrf2 deficiency deteriorates diabetic kidney disease in Akita model mice (Redox Biology 2022年11月3日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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