軽い歩行などの低強度の運動でも脳を活性化できる 運動で高齢者の認知機能を維持・増進
運動は高齢者の認知機能を維持・増進するために有用
運動を習慣として行うことは、とくに高齢者で認知機能を維持・増進するために有用と考えられている。
とくに、早歩きなどの中強度から高強度の有酸素運動は、前頭前野のになう実行機能(目標に向かって行動や意識を制御する能力)を高めるという報告がある。
筑波大学の研究グループはこれまで、身体への負担やストレスの少ない低強度の運動であっても、脳に刺激をもたらし、認知機能を高められる可能性を明らかにしてきた。
今回の研究では、低強度の有酸素運動を習慣として行うことが、中高齢者の実行機能にどのような効果をもたらすかを、脳内メカニズムから明らかにすることを目指した。
中高強度の運動が身体の負担やストレスになるのを懸念
研究グループは今回、健常な中高齢者(55~78歳)を3ヵ月間、低強度の自転車運動を週に3回行ってもらう群(運動群)と、通常の生活を送ってもらう群(対照群)にランダムに振り分けた。
実行機能を評価する課題の成績や、課題を実施中の前頭前野での脳活動の変化を比較した。その結果、対照群に比べて、運動群では実行機能が向上することが明らかになった。
また、運動による実行機能向上効果は高齢期グループのみでみられ、その脳内メカニズムとして、課題遂行時の前頭前野での脳活動の効率化(実行機能を評価する課題の成績を脳神経活動の量で割った値が上昇する)が起きていることが明らかになった。
「運動は身心の健康の維持増進に有益であると分かってはいても、なかなか実践・継続することが難しいことが課題になっている。中高強度の運動は、人によっては身体の負担も大きく、ストレスもかかることから、身体機能や運動意欲の低い高齢者にとっては実践・継続が難しいという課題があった」と、研究グループでは述べている。
「研究結果は、体力レベルや運動意欲の低い高齢者にとっても取り組みやすい、実行機能を高める運動プログラムの開発につながることが期待される」。
「今回の研究に参加された高齢者のほとんどは前期高齢者で、認知機能が正常な方を対象とした。今後はより体力レベルが低く、低強度の運動が適している後期高齢者や、軽度認知障害など認知機能が低下傾向にある高齢者への実用性や効果を検証することが望まれる」としている。
研究は、筑波大学体育系 ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP)の征矢英昭教授、カリフォルニア大学アーバイン校生物学部のMichael A. Yassa教授らによるもの。
中高齢者を運動群と対象群にランダムに割り付けてストループテストを実施 運動に取り組んだ群は前頭前野での脳活動が効率化した
赤くなっているほど神経効率が高まっていることを示す
認知機能が高い高齢者は脳を効率的に使えている
研究グループはこれまで、身体の負担が少なくストレスなく実践できる低強度運動が脳に与える影響について研究を進め、一過性の低強度の有酸素運動は、若齢成人の前頭前野の脳活動と実行機能を一過的に高めることを明らかにしてきた。
しかし、習慣的に低強度の有酸素運動を行うことにより、高齢者の実行機能を高められるか、またその際に前頭前野の脳活動がどのように変化するのかはよく分かっていなかった。
今回研究では、3ヵ月間の低強度の自転車運動が中高齢者の実行機能に与える影響と、その脳内メカニズムを、機能的近赤外分光法(fNIRS)により検討した。
fNIRSは、生体組織を透過する近赤外光を用いて、局所の脳血流動態(酸素化/脱酸素化ヘモグロビン)を測定し、認知テスト遂行に関連した脳の表層の神経活動を非侵襲的に評価する方法。
110人の中高齢者を運動群(55人)と対象群(55人)にランダムに割り付けた。運動群には3ヵ月間、週3回(1回30~50分)の低強度(最高酸素摂取量が35%)の自転車ペダリング運動を行ってもらった。一方、対照群には3ヵ月間通常の生活を送ってもらった。
3ヵ月間の介入の前後に、漸増運動負荷試験による最高酸素摂取量の測定と、ストループ課題による実行機能の測定を行った。実行機能の評価には、「ストループ干渉時間」(色のついた文字の意味に惑わされることなく文字の色を判断する速度)を評価指標として用いた。
また、ストループ課題中は、fNIRSを前頭部に装着し、前頭前野の脳活動を6部位(左右半球の前頭前野背外側部、腹外側部、前頭極) に分けて計測し、ストループ干渉に関連した脳活動を評価した。さらに、課題成績と脳活動の関係から神経効率スコアを計算した。
これは、いかに少ない脳活動で課題を遂行できたかの指標で、この値が大きいほど、脳を効率的に使って課題を遂行できていることを示している。
認知機能が高い人は、認知課題を遂行中の脳活動が相対的に少なくなる現象が報告されている。これは、脳を効率的に使えていることで、少ない脳活動で認知課題を処理することができるためと考えられている(神経効率仮説)。
低強度の運動を習慣として行うと脳活動を効率化できる
研究グループは、介入を終えて事後測定まで参加した運動群41人(平均年齢68.6 (57-78)歳、男性10人)、対照群40人(平均年齢67.6歳、男性10人)を対象に解析した。
その結果、最高酸素摂取量は、対照群では介入後に低下していたが、運動群では維持されていた。ストループ干渉時間は、対照群で増加した一方、運動群では短縮した。
この結果から、3ヵ月間の低強度運動は、中高齢者の実行機能を向上させる可能性が示された。
次に、低強度運動が実行機能に与える効果は年齢により異なるのかを検証するため、参加者を年齢の中央値で中年期グループ(55~67歳)と高齢期グループ(68~78歳)に分けて詳しく分析した。
その結果、中年期グループでは運動の効果はみられず、高齢期のグループのみで運動群が対照群に比べてストループ干渉時間が短縮していた。さらに、測定した前頭前野の領域すべてで、神経効率スコアが対照群に比べて向上していた。
これは、少ない前頭前野の活動でストループ干渉を処理できるようになったことを示している。
「定期的な低強度運動では、脳活動の効率化(少ない脳活動で高い認知パフォーマンスを発揮する)が関与することが示唆された。長期の運動実践によって脳の機能的・構造的なネットワークが強化されたことにより、効率的に前頭前野を動員して認知課題を遂行できるようになった可能性がある」と、研究グループでは述べている。
筑波大学体育系 ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター (ARIHHP)
Mild exercise improves executive function with increasing neural efficiency in the prefrontal cortex of older adults (GeroScience 2023年6月15日)