糖尿病治療に向け新たな発見 2種のドーパミン受容体が結合したヘテロ多量体がインスリン分泌を調節

2022.07.05
 膵臓β細胞に存在する異種のドーパミン受容体であるD1受容体とD2受容体が結合し、D1-D2ヘテロ多量体を形成して、インスリン分泌を一時的に抑制され、同時にβ細胞をD2ホモ多量体の作用による細胞死から保護することを、東京工業大学と神戸大学が明らかにした。

 2種の異なるドーパミン受容体であるD1受容体とD2受容体が結合したD1-D2ヘテロ多量体が、β細胞を過剰なインスリン分泌と細胞死から守り、正しい分泌を助けているという。

D1受容体とD2受容体が結合したヘテロ多量体を活性化しインスリン分泌が抑制 細胞死からβ細胞を保護

 東京工業大学と神戸大学は、血糖値を下げるインスリンを分泌する膵臓β細胞の働きが、2種の異なるドーパミン受容体であるD1受容体とD2受容体が結合したD1-D2ヘテロ多量体によって抑制、調節されることを明らかにした。

 ドーパミン受容体は、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)の一種。ドーパミンと結合することで活性化し、信号が伝達される。また、多量体は、構成単位となる低分子化合物(単量体)が複数、化学的に結合して構成される分子量の大きい物質。

 高血糖状態が慢性化し、過剰なインスリンの産生・分泌が続くと、分泌を担うβ細胞は疲弊して分泌障害や細胞死を起こすため、インスリン分泌の適切な調節は必須となる。この調節をになう物質の1つがβ細胞にある細胞内小胞内でインスリンとともに貯蔵されているドーパミンで、インスリン分泌時に同時に細胞外へ放出され、β細胞の表面にあるドーパミン受容体を介してβ細胞に作用し、インスリン分泌を抑制する。

 研究では、全反射照明蛍光顕微鏡(TIRFM)による観察などを行い、複数あるドーパミン受容体のうち、D2受容体に結合したドーパミンはインスリン分泌を抑制する一方で、シグナルが過剰に働くとβ細胞の機能不全と細胞死を招くことを明らかにした。

 TIRFMは、カバーガラス上で励起光を全反射させることで、細胞膜近傍の現象を可視化する顕微鏡で、インスリン分泌のような膜近傍で生じる現象を高解像で観察することを可能にする。

 また、D1受容体とD2受容体が結合したD1-D2ヘテロ多量体を活性化することでインスリン分泌が一時的に抑制されること、さらにこのD1-D2ヘテロ多量体の形成がD2受容体の過剰な働きによる細胞死からβ細胞を保護することも解明した。

 β細胞がインスリン分泌能を維持し続けるための機構の一部を明らかにしたこの研究は、糖尿病に対する創薬研究や再生医療につながることが期待される。

 研究は、東京工業大学生命理工学院生命理工学系の上船史弥氏、坂野大介助教、粂昭苑教授らの研究グループが、同大学情報理工学院情報工学系の青西亨准教授、同大学科学技術創成研究院の北口哲也准教授、神戸大学医学研究科の清野進特命教授、高橋晴美特命准教授と共同で行ったもの。研究成果は、米国糖尿病学会誌「Diabetes」にオンライン掲載された。

D1-D2ヘテロ多量体によるβ細胞の機能調節機構
出典:東京工業大学、2022年

β細胞が産出・貯蔵・分泌するドーパミンがβ細胞の機能を調節

 慢性的な高血糖状態ではインスリンの要求性が高まり、β細胞では過剰なインスリンの産生・分泌が引き起こされるが、こうした過剰なインスリンの分泌が続くとβ細胞が疲弊し、正しく分泌が行えなくなったり、細胞死を起こしたりして、長期的に正常な血糖値を持続することが難しくなる。そのため、インスリン分泌は適切に調整される必要がある。

 β細胞は単糖類の一種であるグルコースの濃度に応じてインスリンを分泌しており、食事直後に第1段階となる大量の分泌を行って急激な血糖値の上昇を防いだ後、穏やかで持続的な第2段階の分泌を行い、血糖値を安定に保つ。

 この第2段階のインスリン分泌の調節にはさまざまなホルモンや神経伝達物質が関わっており、神経伝達物質として知られるドーパミンもその一種だ。

 ドーパミンはβ細胞にも存在しており、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)の1つであるドーパミン受容体を介してインスリン分泌を抑制する。

 GPCRは、細胞膜上あるいは細胞内の構成膜上に存在する受容体の一種。細胞外のホルモンや神経伝達物質と結合し、そのシグナルを細胞内に伝える。そ

 その具体的な仕組みは次の通りだ。(1)ドーパミンは平時、β細胞内で合成され、インスリンが貯蔵されている細胞内小胞内にインスリンとともに取り込まれている。(2)食後などに、インスリンが分泌されるのと同時に細胞外へ放出される。(3)分泌されたドーパミンは、β細胞表面のドーパミン受容体を介して作用し、インスリン分泌を抑制する。

 今回の研究にも参加している粂教授が率いる粂・白木研究室では、これまでにドーパミンの正常な貯蔵がβ細胞の機能維持に重要であることを明らかにしている。しかし、β細胞自身が産出、貯蔵、分泌するドーパミンがどのような形でβ細胞の機能を調節しているかの詳細なメカニズムについては不明な点が多かった。

 そこで研究グループは、β細胞自身が合成・貯蔵し、分泌するドーパミンがどのようにインスリン分泌を制御しているのかを解明することに取り組んだ。

研究の5つの成果

 今回の研究の手法と成果は次の通り――。

1. 蛍光イメージング法を用いた、全反射照明蛍光顕微鏡(TIRFM)による平常時のインスリン分泌動態の観察

 研究グループは、ドーパミンによるインスリン分泌制御の解明に向け、マウス膵臓β細胞を用い、まずはドーパミン受容体の阻害剤などを用いずに通常時のインスリン分泌動態の解析を行った。インスリンはβ細胞の細胞内分泌小胞に貯蔵されており、単糖類の一種であるグルコースなどの刺激があるとそれに反応し、開口放出により細胞外へと放出される。

 研究では、短いスパンにおける状況の変化を素早く観察するため、発光速度が速い蛍光タンパク質である「Venus」を利用した蛍光イメージング法を使いながら、細胞膜近傍の観察を可能とする全反射照明蛍光顕微鏡(TIRFM)を用いることで、分泌されたインスリン顆粒の開口放出の様子を可視化し、解析を行った。

2. 種類の異なるドーパミン受容体にそれぞれ対応した阻害剤を用いた際のインスリン分泌動態の観察

 ドーパミンの作用はドーパミン受容体を介してもたらされる。このドーパミン受容体には、興奮性のD1様受容体(D1受容体、D5受容体)と抑制性のD2様受容体(D2受容体、D3受容体、D4受容体)があることが知られている。

 膵臓β細胞上にはこれらの双方が存在しているため、研究では続いて双方がインスリン分泌にどのように関与するかを、それぞれの受容体に特異的な阻害剤を用いて調べたところ、D1受容体の阻害剤がインスリン分泌を亢進した。

 一般的にD1受容体はcAMPの合成を促し、cAMPはインスリン分泌を増加させると考えられているため、これは予想外の結果で、D1受容体がドーパミンによるインスリン分泌の抑制に関与することを示すものだ。

3. D1受容体、およびD2受容体をそれぞれ強制発現させたβ細胞におけるインスリン分泌動態の観察

 先の結果を受け、研究ではD1受容体、D2受容体の双方によるインスリン分泌への影響を調べるため、D1受容体を強制発現させる作用をもつ(D1OE)アデノウイルスと、D2受容体を強制発現させる作用をもつ(D2OE)アデノウイルスを作製し、それぞれβ細胞への強制発現を行ったうえで、全反射照明蛍光顕微鏡(TIRFM)により両者のインスリン分泌を観察した。

 その結果、D1受容体を強制発現させたβ細胞は、糖応答性インスリン分泌能(GSIS)を示し、ドーパミンによる分泌の阻害はないことが分かった。一方で、D2受容体を強制発現させたβ細胞では、糖応答性インスリン分泌能が失われていることが明らかになった。

TIRFMによる、D1受容体およびD2受容体を強制発現したβ細胞のインスリン分泌の観察結果
D1受容体およびD2受容体を強制発現したβ細胞でのインスリン分泌を、それぞれTIRFMで観察した結果。強制発現を行わなかったコントロール、およびD1受容体の強制発現を行ったものでは、糖応答性インスリン分泌能が観測されるが、D2受容体の強制発現を行ったものではインスリン分泌能が消失した。
出典:東京工業大学、2022年

4. D1受容体とD2受容体の結合により形成されたヘテロ多量体の有無の確認

 粂・白木研究室ではこれまでの研究により、マウスβ細胞でドーパミンD2受容体がアデノシンA2A受容体と結合して、ヘテロ多量体を形成し、D2受容体単体とは異なる形で下流過程にあるシグナルを調節することを明らかにしている。

 一方で、中枢神経ではD1受容体とD2受容体のヘテロ多量体形成が新たな下流シグナルを生むことが知られていた。このことと、今回、野生型とD1受容体強制発現ではドーパミンを添加した時の結果が異なることから、研究グループでは、D2受容体はD1受容体と結合することによっても、D2受容体単体とは異なる働きによりインスリン分泌を制御していると予想した。

 そこで次にマウスβ細胞で、D1受容体とD2受容体が結合したD1-D2ヘテロ多量体の有無について、2種の異なるタンパク質同士が結合するなど非常に近接して存在するときに免疫組織化学的に可視化されるDuolink近接ライゲーションアッセイ(PLA)を用いて確認した。PLAは、タンパク質間相互作用を免疫組織化学的に可視化する手法。

 その結果、PLAシグナルが検出されたことから、D1受容体とD2受容体が近接して存在することが確認され、双方の結合によるヘテロ多量体の形成が強く示唆された。

 特定のタンパク質とその分子の大きさを検出するウエスタンブロット法からもD1受容体とD2受容体のヘテロ多量体と一致する大きさのバンドが分離されたので、D1-D2ヘテロ多量体の存在が支持された。また、ドーパミンを添加すると、PLAシグナルの蛍光強度が増加したことから、ドーパミンがヘテロ多量体形成を促進することが分かった。

5. D1-D2ヘテロ多量体による、インスリン分泌およびβ細胞の生存に対する影響の確認

 D1-D2ヘテロ多量体の存在が確認できたところで、そのインスリン分泌への影響を調べるため、研究グループは、D1-D2ヘテロ多量体を特異的に活性化する作用をもつSKF83959を加えたうえで、全反射照明蛍光顕微鏡(TIRFM)を用いてインスリン分泌を観察した。

 その結果、高グルコース条件下で、SKF83959の添加から2.5分にわたり、インスリン分泌が減少したことが観察された。これはD1-D2ヘテロ多量体の働きにより、インスリン分泌が短期的に抑制されたことを示す。

 最後にD1受容体とD2受容体およびD1-D2ヘテロ多量体が、β細胞の生存に関与するかについて、酵素を使った蛍光色生成により細胞死した細胞を検出するTUNEL法を用いて確認した。

 具体的には、マウスβ細胞にD1受容体を強制発現させたもの(D1OE)、D2受容体を強制発現させたもの(D2OE)、さらにD1受容体とD2受容体の双方を同時に強制発現させたもの(D1D2OE)を用意し、TUNEL法で細胞死の有無を確認した。

 すると、D2受容体を強制発現させたもの(D2OE)ではドーパミン存在下で細胞死が増加する一方で、D1受容体とD2受容体を同時に強制発現させたもの(D1D2OE)については細胞死が阻害されていることが明らかになった。

 このことから、D2受容体を介したドーパミンの作用によりインスリン分泌阻害システムが過剰に働くと、β細胞の機能不全と細胞死が誘導されることが分かった明らかになった。

 さらに、形成されたD1-D2ヘテロ多量体により、インスリン分泌を適切に抑制しながら、β細胞機能不全や細胞死が誘導されないように調節が行われていることが推察された。

D1-D2ヘテロ多様体を活性化するSKF83959を用いたインスリン分泌の観察
D1-D2ヘテロ多様体を活性化するSKF83959を加えた上で、TIRFMを用いてインスリンの開口放出の観察を行った。その結果、SKF83959の代わりにその溶媒であるジメチルスルホキシド(DMSO)を加えたコントロール(左)と比較して、SKF83959を加えたD1-D2ヘテロ多様体(下)は添加直後の短時間内の分泌イベント数を減少させた(赤枠内)。
出典:東京工業大学、2022年

複数のGPCRが協調して働くことで膵臓β細胞の機能を緻密にコントロール

 研究により、膵臓β細胞の機能がドーパミンのD1受容体とD2受容体という2つのGタンパク質共役型受容体(GPCR)の相互作用により調節されていることが明らかとなった。

 D2受容体は、“ハブ受容体”として、多くの異なるGPCRと会合することが知られている。個々のGPCRはβ細胞の機能を調節する機構の一端にすぎず、研究グループは、実際には複数のGPCRが協調して働くことで機能を緻密にコントロールしていると予想している。

 「今後、ドーパミン受容体を含めたGPCR同士の相互作用への理解をさらに深めていくことにより、糖尿病治療の新たな治療標的になると期待している」と、研究グループでは述べている。

東京工業大学生命理工学院生命理工学系
Dopamine negatively regulates insulin secretion through activation of D1-D2 receptor heteromer (Diabetes 2022年6月22日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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