高齢期の肥満は認知症の発症を防ぐ? 「肥満パラドックス」は遺伝子型で異なる APOE遺伝子検査の普及を予想

2023.08.23
 認知症の「肥満パラドックス」は、APOE遺伝子型で異なることを、国立長寿医療研究センターなどが健常人や認知症者を含む2万人以上のデータベースにより明らかにした。

 APOEは、アルツハイマー型認知症の原因となるアミロイドβペブチドの蓄積や凝集に関わるタンパク質。アミロイドβの蓄積や凝集を司るAPOE遺伝子型をみることで、認知症の発症リスクが分かるとみられている。

 肥満による認知機能の低下は、アルツハイマー病のなりやすさを示すE4多型をもっていない人、とくにE2保因者で顕著であることが明らかになった

 肥満があると加齢で生じる認知機能低下は促進されるが、病的な認知症の発症は抑制されるという「認知症での肥満パラドックス」は、APOE遺伝子型で異なるとことを世界に先駆けて発見した。APOE遺伝子検査は今後、普及していくだろうと予想している。

高齢期の肥満が認知症の発症を防ぐ「肥満パラドックス」は本当か?

 高齢化が加速する日本で、アルツハイマー病をはじめとする認知症の対策は喫緊の課題だ。アルツハイマー病の原因となるアミロイドβを標的とする抗体治療薬が米国で承認されたものの、予防・治療対策はまだ十分ではない。

 一方、中年期の肥満は認知症の危険因子とされている一方で、とくに高齢期の肥満は認知症の発症を防ぐ可能性もメタ解析も含めて報告されており、その実情について十分に分かっていない。

 肥満がそうした有益な作用をもつ可能性は、認知症のみならず循環器疾患やがんなどでも注目されており、「肥満パラドックス」と呼ばれている。

 アポリポタンパク質E(APOE)遺伝子の遺伝子多型は、アルツハイマー病での最大の遺伝子的な危険因子とみられている。多くの人がもつE3多型に比べて、E4多型はアルツハイマー病のなりやすさ、E2多型はアルツハイマー病のなりにくさと関連していると考えられている。

 そうしたAPOE多型の影響の理解が進むなか、国立長寿医療研究センターなどの研究グループは、肥満パラドックスとAPOE多型の関連について着目した。

E4の遺伝子型の保因者では肥満の認知症の発症は負に相関

 研究グループは今回、健常人や認知症者を含む2万人以上について、臨床および神経病理の面からも調査している米国National Alzheimer’s Coordinating Center(NACC)のデータベースを用い、認知症における肥満パラドックスとAPOE遺伝子型について調査した。

 今回、初調査時60歳以上の約2万人(平均年齢74.2±8.0歳)を対象に、BMIが30以上だった者を肥満として定義し、認知機能の変化や認知症発症との関係性を解析した。対象者の最終調査時の平均年齢は77.6±8.5歳、臨床上の健常者約7,000人、認知症者約9,000人、軽度認知障害(MCI)約3,000人、その他約1,000人だった。

 その結果、肥満は初老期(80歳もしくは75歳以下)の認知機能の低下と正に相関し、とくにE4多型をもっていない人、とくにE2保因者で顕著であることがわかった。さらに神経病理記録のある約3,000人を解析すると、その認知機能の低下促進作用には脳の血管障害が関連すると考えられた。

 一方で、とくにE4保因者では、認知症の発症とは負に相関しており、その効果はE2保因者ではみられなかった。その作用にはアミロイドβやタウなどのアルツハイマー病理の蓄積低下が関連することが示唆された。

 つまり肥満があると、加齢で生じる認知機能低下は促進されるが、病的な認知症の発症は抑制されるという「認知症における肥満パラドックス」が、このデータベース上でも示唆されるとともに、そのような肥満の作用はAPOE遺伝子型で異なるということが示された。

出典:国立長寿医療研究センター、2023年

APOE遺伝子検査の普及を予測

 研究は、国立長寿医療研究センター 認知症先進医療開発センター 分子基盤研究部の篠原充副部長、里直行部長、米メイヨー クリニックらの研究グループによるもの。研究論文は、「Journal of Neurology, Neurosurgery, and Psychiatry」で2023年7月6日にOnline First版が公開され、またEditorial commentaryでも紹介されている。

 研究グループは近年、肥満のアミロイドβ蓄積の抑制効果について、肥満合併アルツハイマー病モデルマウスを用いて動物実験レベルで観察、報告しており、今回の結果と合致する結果になった。

 「"認知症における肥満パラドックス"について、APOE多型との関係性、および想定されるその作用機序が明らかになった。研究成果は、分子レベルでのさらなる作用機序の解明や、治療薬開発に結びつけられるものと期待される」と、研究グループでは述べている。

 「日本人のコホート研究による追試などが必要になるが、今後、普及していくであろうと予想されるAPOE遺伝子検査の意義を考えるうえでも、重要な結果と考えている」としている。

国立長寿医療研究センター 認知症先進医療開発センター
APOE genotypes modify the obesity paradox in dementia (Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatry 2023年7月6日)
Upregulated expression of a subset of genes in APP;ob/ob mice: Evidence of an interaction between diabetes-linked obesity and Alzheimer’s disease (FASEB BioAdvances 2021年3月2日)

※2023.08.24 に修正しました

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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