糖尿病性神経障害で神経保護の重要な役割を果たす長鎖ノンコーディングRNA 新たな治療法の開発に期待

2022.05.24
 東京医科歯科大学は、新たに開発した核酸医薬「ヘテロ核酸」を糖尿病マウスに投与することで、糖尿病性末梢神経障害での後根神経節のノンコーディングRNAを制御できることを示し、神経障害の表現型が増悪することを発見した。

 これは、長鎖ノンコーディングRNAである「MALAT1」に、神経保護の作用をするという重要な役割があることを示唆している。

 さらに、後根神経節神経細胞の遺伝子発現をヘテロ核酸のターゲットとし、ノックアウトした表現型を検討することが、糖尿病性末梢神経障害の病態解明に有効であることを、動物実験ではじめて明らかにした。

 研究結果は今後、糖尿病性末梢神経障害の治療の標的として有望な後根神経節の遺伝子制御といった治療法の開発につながる可能性がある。

長鎖ノンコーディングRNA「MALAT1」が糖尿病合併症で重要な役割を果たしている

 東京医科歯科大学は、新たに開発した核酸医薬「DNA/RNAヘテロ2本鎖核酸(HDO)」の全身投与により、後根神経節(DRG)内にある感覚神経細胞の遺伝子の効率的な制御に成功し、このHDOが、糖尿病の合併症である神経障害(糖尿病性末梢神経障害)の治療法開発に有用であることを明らかにした。

 糖尿病性末梢神経障害マウスモデルで、長鎖ノンコーディングRNAのひとつである「MALAT1」をノックダウンすることにより、感覚神経細胞内の遺伝子転写に必要な核内の構造体である核スペックルが失われ、神経変性がより悪化することが分り、MALAT1が末梢神経障害の進行抑制に不可欠な神経保護作用をもっている可能性を突き止めた。

 ノンコーディングRNAは、タンパク質へ翻訳されずに機能するRNAの総称。人のゲノムでタンパク質をコードする遺伝子は2%に満たず、98%以上がノンコーディング領域。その機能は転写、翻訳、エピジェネティクスなど多様だ。

 MALAT1は長鎖ノンコーディングRNAのひとつで、糖尿病性網膜症や腎症といった糖尿病合併症の発症と進行に極めて重要な役割を果たすことが注目されているが、末梢神経障害でのMALAT1の役割はよく分かっていなかった。

 HDOは、後根神経節のさまざまな遺伝子をターゲットとすることができる実験系の確立により、糖尿病性神経障害だけでなく、がんにともなう難治性疼痛などの痛みの病態解明や新規治療法の開発にも役立つ可能性がある。

 研究は、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科脳神経病態学分野(脳神経内科)の横田隆徳教授、永田哲也プロジェクト准教授、小林正樹非常勤講師、宮下彰子大学院生によるもの。研究成果は、「Diabetes」にオンライン掲載された。

糖尿病性末梢神経障害の症状と病態

出典:東京医科歯科大学、2022年

MALAT1は糖尿病性末梢神経障害で神経保護の役割を果たしている

 東京医科歯科大学は、核酸医薬の主流であるアンチセンス核酸(ASO)やsiRNAと、その分子構造や作用機構が異なる第3の核酸医薬である「DNA/RNAヘテロ2本鎖核酸(HDO)」を創生している。

 糖尿病マウスに、そのヘテロ核酸を投与することで、糖尿病性末梢神経障害での後根神経節のノンコーディングRNAを制御できることを示し、神経障害の表現型が増悪することを発見した。

 これは、長鎖ノンコーディングRNAである「MALAT1」が、糖尿病性末梢神経障害で神経保護の重要な役割を果たしていることを示唆している。研究結果は今後、糖尿病性末梢神経障害の治療の標的として有望な後根神経節の遺伝子制御といった治療法の開発につながる可能性がある。

 糖尿病性末梢神経障害は、体中に張り巡らされている電線のような神経に起きる病気であり、神経のなかでも感覚神経が強く障害されることが多く、患者に痛みなどの苦痛をもたらし、生活の質(QOL)に大きく低下させる。

 糖尿病性末梢神経障害は、神経の末端から始まることが特徴で、手足がピリピリ、ジンジン痺れ、やけどのようにヒリヒリ痛むなど異常感覚や疼痛を生じ、不眠になるなど睡眠にも影響する。

 治療せずに神経障害が進行すると、感覚が鈍くなり、足の怪我ややけどにも気づかず、壊疽を起こし、切断が必要なほど重大な合併症を生じてしまうこともある。その病態は複雑で、いまだ明らかではなく、有効な治療法の開発に至っていない。

MALAT1をノックダウンした糖尿病マウスは糖尿病性神経障害が悪化

 そこで研究グループは、糖尿病により後根神経節(DRG)にある感覚神経細胞がターゲットとされ、壊れて変性してしまうこと(感覚神経の変性)が病態の中核であることに着目し、その感覚神経細胞で起きている遺伝子発現を制御する治療法の開発に着手した。

 タンパク質をコードしないRNA(ノンコーディングRNA)は、さまざまな疾患の病態に関与していることが解明されつつあるが、末梢神経障害でのMALAT1の役割についてはよく分かっていない。

 研究では、DRGへの効率的な送達が見込まれるビタミンE(トコフェロール)を結合したヘテロ核酸(Toc-HDO)を用いて、MALAT1をノックダウンし、糖尿病マウスの末梢神経系にどのような影響が出るかを検討した。

 健常マウスに糖尿病を導入(ストレプトゾトシン誘発糖尿病マウス)すると、DRG感覚神経細胞のMALAT1の発現が有意に上昇することが分り、Toc-HDOの静脈内投与することにより、その発現を効果的に抑制(ノックダウン)することに成功した。

 MALAT1ノックダウンによる糖尿病マウスの表現型の変化として、熱および機械的刺激に対する侵害閾値の上昇、坐骨神経の伝導遅延といった感覚神経の機能悪化がみられ、同時に病理学的に核スペックルと呼ばれる核内構造体(遺伝子転写に重要)の損失にともなって感覚神経の細胞体の萎縮と軸索末端の変性(dying-back型変性)の促進がみられた。

 この結果は、MALAT1が、糖尿病ストレスを防御するために神経保護作用を有しているという重要な証拠を提示している。加えて、研究で実行したHDOによるDRGを標的とした遺伝子制御法が、糖尿病性末梢神経障害の有効な治療法の開発につながる可能性が示されている。

糖尿病性末梢神経障害でのMALAT1の役割

出典:東京医科歯科大学、2022年

糖尿病性末梢神経障害の効果的な治療法の開発に期待

 「糖尿病性末梢神経障害で生じる神経変性に対する防御機能として、MALAT1が神経保護の作用をするという重要な役割を解明しました。さらに、後根神経節神経細胞の遺伝子発現をヘテロ核酸のターゲットとし、ノックアウトした表現型を検討することが、糖尿病性末梢神経障害の病態解明に有効であった動物実験例をはじめて報告しました」と、研究グループでは述べている。

 「糖尿病の発症率は年々増加しており、その合併症のひとつである糖尿病性末梢神経障害では、手足の痛みなどの辛い症状がでるにもかかわらず、対症療法以外に確立した薬は開発されていません。HDOによる後根神経節を標的とした遺伝子制御法によって、近い将来に糖尿病性末梢神経障害を効果的に治療できるようになることが期待されます」としている。

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 脳神経病態学分野 (脳神経内科)
The role of long non-coding RNA MALAT1 in diabetic polyneuropathy and the impact of its silencing in the dorsal root ganglion by a DNA/RNA heteroduplex oligonucleotide (Diabetes 2022年3月11日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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