糖尿病性腎症の原因物質「フェニル硫酸」を腸から糖の吸収を行う輸送体を阻害することで減少 東北大
糖尿病性腎症の原因物質であるフェニル硫酸を減少する新たな治療法
研究は、東北大学大学院医学系研究科および同大学院医工学研究科の阿部高明教授の研究グループによるもの。研究結果は、「Physiological Reports」に掲載された。
「フェニル硫酸」は、食事に含まれるチロシンが腸内細菌によってフェノールに変わることにより生体内でできる代謝物。糖尿病患者の血中に多いことが知られ、腎臓のミトコンドリア機能を傷害することでアルブミン尿が出る原因となり、また腎臓の予後を予測するマーカーでもある。
研究グループはこれまで、血中フェニル硫酸が糖尿病性腎臓病を悪化させることと、これを減らすことが透析導入を抑制する重要な治療法となる可能性について報告している。
研究グループは今回、腸から糖を吸収する輸送体である「SGLT1」を阻害することで血糖降下作用を示すSGLT1阻害剤「SGL5213」を、腎不全マウスに投与すると、血中フェニル硫酸濃度が低下し、腎機能が改善することを明らかにした。
SGLT1は、Na+グルコース輸送体で、体内でグルコースを吸収するトランスポーター。腎臓ではSGLT2が90%、SGLT1が10%の割合で糖の吸収を司り、腸管ではSLGT1が主にグルコースの吸収を行う。
今回の研究により、SGLT1阻害剤を服用することでフェニル硫酸の産生が抑制され、糖尿病性腎症から腎不全への進展が抑えられる可能性が示された。
フェニル硫酸は腸から糖の吸収を行う輸送体を阻害することで減少できる
阿部教授の研究グループはこれまで、(1) 腸内細菌が産生に関わるフェニル硫酸が糖尿病性腎臓病の原因物質のひとつであること、(2) 糖尿病患者を対象にしたヒトの臨床研究の結果から、フェニル硫酸は糖尿病性腎臓病増悪の予測因子であること、(3) フェニル硫酸産生を抑えるとアルブミン尿と腎機能が改善することから、フェニル硫酸を低下させることが糖尿病性腎臓病の新たな治療法開発のターゲットとなりうることを報告してきた。
また、腎臓病や糖尿病では腸内細菌叢の変化が起こり、フェニル硫酸などの毒素が蓄積することが知られており、その是正が新しい糖尿病性腎症の治療法となりうると考えられる。
腸内では、いわゆる善玉菌の栄養源となる食物繊維やグルコースが増えると、善玉菌の働きが強化され、腎不全が改善することを、研究グループは動物実験で明らかにしている。その一方で、糖尿病性腎臓病での効果は確認されていなかった。
腸管からのグルコースの吸収はSGLT1という輸送体が担っている。研究グループは、小腸上皮でのグルコース吸収を担うSGLT1の阻害は、グルコースの吸収を遅らせることで、血糖降下作用と腸内細菌由来の尿毒素の血中濃度の減少効果があると考えた。
そこで今回、SGLT1阻害剤のひとつであるSGL5213を腎不全マウスに経口投与することで、腎不全時に上昇する腸内細菌由来の尿毒素であるフェニル硫酸と動脈硬化の原因物質である「トリメチルアミン-N-オキシド」の血中濃度が低下し、さらに腎機能(BUN、クレアチニン)が改善することを明らかにした。
トリメチルアミン-N-オキシドは、食事中のコリンが腸内細菌によって変化してできる代謝物で、動脈硬化や腎不全の原因物質にひとつと考えられている。
さらに、腸内細菌叢の解析からは、肥満などで増加するファーミキューテス菌とバクテロイデス菌の比率(F/B比)が腎不全でも増加することが示されているが、SGL5213の投与によりこれも低下することが分かった。
フェニル硫酸は、その100%が食事中のアミノ酸(チロシン)から腸内細菌によって産生される代謝物で、産生酵素は腸内細菌のみが保有している。近年、糖尿病性腎症と診断された2型糖尿病患者と健常な人について、糞便のメタゲノム解析によって腸内細菌叢を比較した報告がある。
腸内細菌のうち炭水化物発酵を主に行う善玉菌であるPrevotella属などにも明確な差異があることが報告されており、腸内細菌叢の乱れが糖尿病に関与する機序は注目されている。
「フェニル硫酸は食事中のチロシンが、腸内細菌によって変換されて産生されます。したがって、糖尿病患者さんは、食事中の肉やチーズに含まれるチロシンを減らすことで、フェニル硫酸の産生を抑制することが可能と考えます。しかしながら、チロシンのみを料理や加工により食事から除くことは、非常に困難であり現実的ではありません。したがって、糖尿病性腎臓病患者さんに対しては、主にチロシンに着目した栄養指導とともに、SGL5213のような腸管でのSGLT1阻害を行うことで、糖尿病性腎症から腎不全への進展が抑えられる可能性が示唆されます」と、阿部教授らは述べている。
東北大学大学院医学系研究科・医学部
ムーンショット型研究開発事業(目標7):ミトコンドリア先制医療
GLT-1-specific inhibition ameliorates renal failure and alters the gut microbial community in mice with adenine-induced renal failure (Physiological Reports 2021年12月18日)