高齢者は働き続けた方が健康的? 退職すると心疾患や糖尿病のリスクはむしろ低下 京都大学
退職して働くのをやめた人は心疾患リスクがむしろ低下
高齢者の就労継続は健康に良いことが、これまでの研究で示されているが、健康な人ほど就労継続しやすいというバイアスについては十分に考慮されていなかった可能性がある。
そこで京都大学は、日本を含む35ヵ国の50~70歳の男女10万6,927人を6.7年追跡した調査により、引退と心疾患リスクの関連について調査した。
その結果、因果推論の手法を用いてバイアスを取り除いた結果、退職して働くのをやめた人は、働き続けた人に比べ、心疾患リスクが2.2%ポイント低いことがはじめて明らかになった(FEIV-0.022、95%信頼区間-0.031~ -0.012)。
また、引退した人は、身体不活動(中高強度の運動の頻度が週1回未満)のリスクも3.0%ポイント低いことが示された(同-0.030、同-0.049~-0.010)。糖尿病についてもリスクは0.4%ポイント低下した(同-0.004、同-0.014~0.005)
一方、高血圧は0.5%ポイント上昇(同0.005、同-0.007~0.018)、肥満は0.4%ポイント上昇(同0.004、同-0.009~0.018)、アルコール摂取は1.1%ポイント上昇した(同0.011、同-0.008~0.031)。
男女ともに、引退と心疾患リスク低下の関連が確認されたが、女性では、引退と喫煙率の低下の関連もみられた。
とくに教育年数が高い人で、引退した人の方が、脳卒中・肥満・身体不活動のリスクが低いことが示された。さらに、デスクワーク中心で働いていた人では、引退により心臓病・肥満・身体不活動のリスクが低かったが、肉体労働が中心だった人は、肥満リスクが高い傾向がみられた。
高齢者が働き続けられる環境の整備が必要 運動などの健康づくりも課題に
心臓病は高齢者の主な死因のひとつで、欧州などでは就労の継続が心臓病のリスクを下げる傾向があることが示されている。
しかし、調査が行われた国の違いや用いられた統計手法の違いがあったり、これまでの研究では、もともと健康な人ほど就労継続しやすいというバイアスが十分に考慮されていなかった可能性がある。
現在、各国で年金支給の開始年齢の引き上げたり、高齢者の就労継続を支援する政策が行われているが、今回の研究では、高齢者が働くのをやめることが必ずしも不健康につながるわけではないことが示された。
「この結果は、引退によって、仕事のストレスから解放されることや、運動する時間が増えることなど整合的があります」と、研究グループでは述べている。
ただし、働く意欲のある高齢者が、働き続けられるようにするための、社会や環境を整備することが重要であることを否定するものないとしている。
「高齢化が進展するなかで、高齢者が働き続けやすい環境を整備することが求められており、同時に、運動などの健康づくりも重要であることを示唆しています」としている。
健康な人ほど就労を継続しやすいというバイアスを取り除いた結果
研究は、京都大学大学院医学研究科の佐藤豪竜助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「International Journal of Epidemiology」にオンライン掲載された。
研究グループは今回、米国の「Health and Retirement」研究と、日本・欧州諸国・メキシコ・コスタリカ・中国・韓国でそれぞれ行われた調査のデータを統合して分析を行った。
日本人については、高齢者の経済・社会・健康のそれぞれの面で調査している「JSTAR研究(くらしと健康の調査)」のデータを用いた。
健康な人ほど就労を継続しやすいというバイアスを取り除くため、操作変数法と呼ばれる因果推論の手法を用いた。さらに固定効果によって、個人の性別や遺伝子、各国の医療制度や労働市場の違い、社会・経済状況の時系列トレンドなど、観察できないさまざまな要因の影響についても考慮した。
京都大学大学院医学研究科・医学部
Retirement and cardiovascular disease: a longitudinal study in 35 countries (International Journal of Epidemiology May 2023年5月8日)