糖尿病薬が腸内細菌叢に与える影響は強い 薬の種類や多剤併用がヒト腸内細菌に及ぼす影響の全貌を解明

2022.08.10
 東京医科大学や国立国際医療研究センターなどは、日本人の大規模腸内マイクロバイオームデータを構築し、さまざまな種類の薬剤や薬剤の投与数にともなう腸内細菌叢の変化、細菌の遺伝子機能の変化、薬剤耐性遺伝子の変化を網羅的に調べ、薬の種類や多剤併用が及ぼすヒト腸内細菌への全貌を解明した。

 日本人約4,200例を対象に、糞便のショットガンメタゲノムシークエンスを行い、膨大な生活習慣や臨床情報と腸内微生物叢情報を統合した世界初の大規模マイクロバイオームデータベースを構築。

 腸内細菌叢に影響を与える薬剤の種類を詳細に調べ、影響の強さでランキング化したところ、消化器疾患薬や糖尿病薬の影響度が高いことを発見した。

 「今回の研究は、どの薬剤がどの程度、腸内細菌叢に影響するのかを検索できるカタログ(辞書)を提供したことになり、医師や患者が薬剤選択をするうえで有用な知見となりえます」と、研究グループでは述べている。

世界初の腸内細菌叢ビッグデータベースを構築

 東京医科大学や国立国際医療研究センターなどは、日本人の大規模腸内マイクロバイオームデータを構築し、さまざまな種類の薬剤や薬剤の投与数にともなう腸内細菌叢の変化、細菌の遺伝子機能の変化、薬剤耐性遺伝子の変化を網羅的に調べ、薬の種類や多剤併用が及ぼすヒト腸内細菌への全貌を解明した。

 日本人約4,200例を対象に、糞便のショットガンメタゲノムシークエンスを行い、膨大な生活習慣や臨床情報と腸内微生物叢情報を統合した世界初の大規模マイクロバイオームデータベースを構築。

 腸内細菌叢に影響を与える外的・内的要因を網羅的に調査し、薬剤投与が食事、生活習慣、疾患よりも腸内細菌叢に与える影響が強いことを発見した。

 腸内細菌叢に影響を与える薬剤の種類を詳細に調べ、影響の強さでランキング化したところ、消化器疾患薬や糖尿病薬の影響度が高いことが明らかになった。

 薬剤の多剤併用(ポリファーマシー)による腸内細菌種の変化、細菌の遺伝子機能プロファイルの変化、薬剤耐性遺伝子プロファイルの変化を同定。個々の薬剤や多剤併用による腸内細菌叢の変化は、薬剤の使用中断や投与数の減少により、もとの状態にまで戻すことができることも見出した。

 「今回の研究は、どの薬剤がどの程度、腸内細菌叢に影響するのかを検索できるカタログ(辞書)を提供したことになり、医師や患者が薬剤選択をするうえで有用な知見となりえます」と、研究グループでは述べている。

 また、薬剤により変動した特定の腸内細菌が、長期薬剤使用や多剤併用により生じる副作用を予測するバイオマーカーになりえるとしている。さらに、特定の腸内細菌をターゲットとした薬剤関連疾患の発症予防や治療法の開発につながることも考えられる。

 研究は、東京医科大学消化器内視鏡学分野の永田尚義准教授と、河合隆主任教授、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構の西嶋傑次席研究員(現:欧州分子生物学研究所)、理工学術院の服部正平教授(現:東京大学名誉教授)、国立国際医療研究センター消化器内科の小島康志医長、糖尿病研究センターの植木浩二郎センター長、感染症制御研究部の秋山徹特任研究部長、国府台病院の上村直実院長(現:国府台病院名誉院長)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Gastroenterology」にオンライン掲載された。

世界に類を見ない情報量と多数例の腸内マイクロバイオームデータベースを構築

出典:東京医科大学、2022年

薬剤投与が腸内細菌叢に与える影響は食事、生活習慣、疾患よりも強い

 人口の高齢化にともない薬剤を内服する患者数は増加しており、特定の薬剤だけでなく多剤併用にともなう副作用や薬剤に関連する新たな疾患発症が世界的な問題となっている。

 一方、ヒトの腸管には千種類以上の常在菌が生息しており、それらの集合は「マイクロバイオーム」と呼称され、ヒトの健康長寿や病気の発症を理解するうえでの重要な要素となっている。

 研究グループは今回、日本人を対象に、最新の解析技術を用いて腸内の微生物とそれらが持つ遺伝子情報を網羅的に同定した。さらに、詳細な臨床データと組み合わせたビッグデータ解析を行うことで、マイクロバイオームと薬剤の使用との関連を詳細に検証した。

 研究の概要は以下の通り――。

1. 世界に類をみない情報量と多数例の腸内マイクロバイオームデータベースを構築

 研究グループは、日本人約4,200例を対象に、詳細なメタデータとマイクロバイオームデータを統合した大規模データベースを構築し、Japanese 4D(Disease Drug Diet Daily life)コホートと命名。

 メタデータには、多彩な疾患や薬剤情報、食習慣、生活習慣、身体測定因子、運動習慣などが含まれ、とくに薬剤に関しては750種類以上の薬剤投与歴を網羅的に収集した。

 さらに、4,200例の糞便をショットガンメタゲノムシークエンスで解析し、腸内細菌1,773種(種レベル)、 腸内細菌の遺伝子機能1万689個、薬剤耐性遺伝子403個を同定した。

 ショットガンメタゲノムシークエンスは、サンプル中の微生物を単離や培養することなく、DNA集合体を網羅した状態でゲノム配列を解読する手法。全ゲノム配列を対象とするため、より精度の高い菌種組成の解明が可能になる。

 また、日本人の腸内にはBacteroides、Bifidobacterium、Clostridiales、Blautia、Faecalibacteriumなどの菌種(属レベル)が多いことを大規模データから明らかにした。

 このような膨大な生活習慣・臨床情報とマイクロバイオーム情報を統合したデータは世界のなかでももっとも大規模なもののひとつとしている。

2. 日本人の腸内細菌叢に影響を与える要因をランキング

 さまざまな外的・内的要因が腸内細菌叢のバランスに影響を及ぼすことが分かっているが、それら要因を網羅的に解析した研究は少ないのが現状だった。

 日本人の腸内細菌叢を対象にした今回の研究により、薬剤の影響がもっとも強く、次いで疾患、身体測定因子(年齢・性別・BMI)、食習慣、生活習慣、運動習慣の順であることが明らかになった。

 薬剤が及ぼす影響は食習慣、生活習慣、運動より3倍以上も強く、この影響度の強さは、腸内細菌叢を属、種、遺伝子機能等のさまざまなレベルで解析しても同様な結果となった。

 この結果は、ヒトマイクロバイオーム研究での、「薬剤情報の収集の重要性」と「薬剤投与歴を考慮した解析の必要性」を強調する結果としている。

腸内細菌叢に影響を与える薬剤の影響
日本人の腸内細菌叢を対象にした研究

A 腸内細菌叢のバランスえの影響は薬剤がもっとも強い
B 腸内細菌叢への影響の強さは消化器疾患薬や糖尿病薬が高い
出典:東京医科大学、2022年

3. 腸内細菌叢に影響を与える薬剤の種類をランキング

 研究グループは次に、薬剤のなかでどのような疾患治療薬が腸内細菌叢に強い影響を及ぼすのかを検証した。

 さまざまなメタデータを交絡因子として組み入れた多変量解析を行ったところ、消化器疾患治療薬、糖尿病薬、抗生物質、抗血栓薬、循環器疾患薬、脳神経疾患薬、抗がん剤、筋骨格系疾患薬、泌尿器・生殖器疾患薬、その他(呼吸器系疾患薬や漢方薬)の順で影響が強いことが分かった。

 また、消化器系疾患薬のなかでは、プロトンポンプ阻害薬(PPI)、カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)などの胃酸分抑制薬、浸透圧性下剤(Osmotic acting laxative)、アミノ酸製剤、胆汁酸促進剤の影響が強く、糖尿病薬のなかではαグルコシダーゼ阻害薬がもっとも強く影響することが判明した。

 さらに、特定の疾患と疾患治療薬の腸内細菌の変動は異なることも分かった。これまでの研究では、薬剤の種類が50以下と少ないことが問題だったが、研究グループは759種類もの薬剤を研究の対象とした。

 これにより、疾患治療薬という大分類で腸内細菌叢への影響を概観しつつ、個々の治療薬の影響までも詳細に明らかにすることができたとしている。

4. 薬剤の多剤併用(ポリファーマシー)が及ぼす腸内細菌叢の変化を同定

 研究グループは次に、個々の患者での薬剤投与の「数」に注目し、薬剤投与数の増加にともなう腸内細菌叢の変化を検証した。

 4,200例のなかで、10剤以上の薬剤を服用している患者は603例(14%)だった。まず、薬剤投与数が増えるにつれて腸内に常在している日和見感染症を引き起こす病原菌が増えることを発見した。

 とくに、Enterococcus faecium、Enterococcus faecalis、Klebsiella Oxytoca、Klebsiella pnuemoniae、Acinetobacter baumannii、Streptococcus pneumoniaeなどの菌種が、薬剤投与数とともに腸内で増加すること(正の相関)を見出した。

 次に、日本人4,200例の腸内細菌が有する薬剤耐性遺伝子(抗生剤耐性遺伝子)を網羅的に調べ、403個の腸内薬剤耐性遺伝子(Gut resistome)を同定した。

 臨床現場では、不適切な投与量、不適切な薬剤の選択、あるいは不適切な廃棄の結果として細菌が抗生物質に暴露されやすい。細菌が抗生物質による選択的な圧力に曝されることで、時間とともに薬剤質耐性遺伝子(ARGs)を獲得することがある。

 これら薬剤耐性遺伝子を獲得した菌(耐性菌)が世界中で増加している現状から、耐性菌抑制は世界的な課題となっている。

 研究グループが、薬剤投与数と腸内細菌叢がコードする耐性遺伝子の量との関連を検証したところ、投与数が増加するにつれて耐性遺伝子の量も増加することが判明した。

 一般的に、薬剤投与数は疾患数が増えるにつれて増加するため、両者の違いに注目した。疾患数と薬剤投与数のあいだで共通して関連する腸内細菌(Streptococcus属やLactobacillous属など)がいくつか明らかとなったが、両者のあいだで異なる腸内細菌も多数存在することが判明した。

 とくに、薬剤投与数の増加は多様な菌種の減少と関連しており、その多く(Blautia、Facaebacterium、Lachnospiraceae、Eubacterium、Clostridium、Dorea)は酪酸や酢酸など短鎖脂肪酸を産生する菌だった。

 短鎖脂肪酸は、腸内細菌が産生する酪酸、プロピオン酸、酢酸などの有機酸のこと。ヒトで優れた生理効果を発揮することが分かっている。

 腸内細菌により生成される短鎖脂肪酸には、免疫の恒常性を保つ働きがあることが分かっており、これら菌種が減少することは宿主の免疫恒常性にも影響があることが予想される。

 今回、多剤併用による日和見感染症の病原菌の増加や、薬剤耐性遺伝子の増加、免疫恒常性と関連する菌が減少した知見は、多剤併用が腸内環境へ悪影響を与えることで、好ましくない転帰を引き起こす可能性を示唆しているとしている。

腸内細菌叢への影響は、消化器疾患治療薬、糖尿病薬、抗生物質、抗血栓薬、循環器疾患薬、脳神経疾患薬、抗がん剤、筋骨格系疾患薬、泌尿器・生殖器疾患薬、その他(呼吸器系疾患薬や漢方薬)の順で強い

A 10剤以上の薬剤を服用している患者は603例(14%)だった
B 薬剤投与数が増えるにつれて腸内に常在している病原菌が増える
C 薬剤投与数が増加するにつれて耐性遺伝子の量も増加する
D 薬剤投与数の増加は多様な菌種の減少と関連している
出典:東京医科大学、2022年

5. 薬剤開始による腸内細菌叢の変化と薬剤中止による腸内細菌叢の回復力を解明

 研究グループは次に、横断研究(n=4,200)で得られた「薬剤や腸内細菌叢との関連」に関して、薬剤が原因で腸内細菌叢が変化したのか(原因)、または薬剤を摂取するような人はもともと変化した腸内細菌叢を持っていたのか(結果)を検証した。

 同一患者でプロトンポンプ阻害薬(PPI)投与前後に2回糞便を収集し(n=243)、ショットガンシークエンスを行った。1回目と2回目の糞便サンプルを比較することで、PPIの使用を開始した後、Lactobacillus属やStreptococcus属の腸内細菌の増加やE,faeciumやS,pnuemoniaeなどの日和見感染症を引き起こす病原菌種が増加することが分かった。一方、PPIの使用を中断すると、これら菌種は減少することも判明した。

 これらの結果は、横断研究で明らかとなった結果と一致しており、実際に薬剤が原因となって腸内細菌叢が変化したこと、さらにはPPIの使用により変化した腸内細菌叢は、PPIの使用を中断することでもとに戻せる可能性が示唆された。

 そして、薬剤投与数が増加した被験者では、Streptococcus属やLactobacillus属などの腸内細菌の増加を示し、Cationic antimicrobial peptide resistanceなど特定の代謝経路に関わる遺伝子が増加することが明らかになった。一方、薬剤投与数を減少することで、これらの菌種や遺伝子機能は減少することも判明した。

 以上の結果から、薬剤の使用が実際に腸内細菌叢の変化を引き起こすこと、さらに、不適切または過剰な薬剤投与により変化した腸内細菌叢は、薬剤の使用を中止することでその影響を減らすことができることが強く示唆された。

A プロトンポンプ阻害薬(PPI)の使用を開始後、腸内細菌の増加や日和見感染症を引き起こす病原菌種が増加 使用を中断するとこれら菌種は減少した
B 薬剤投与数が増加するとStreptococcus 属やLactobacillus属などの腸内細菌が増加
C 薬剤投与数を減少する、これらの菌種や遺伝子機能は減少
出典:東京医科大学、2022年

医師や患者が薬剤選択をするうえで有用な知見に

 「世界に類をみない情報量と多数例の解析から、薬剤が及ぼす腸内マイクロバイオームへの広範囲な影響を見出しました。この影響は可逆的な一面もあり、不必要な薬剤の投与を見直す必要性が強調されました」と、研究グループは述べている。

 「そして、今回の研究結果は、どの薬剤がどの程度、腸内細菌叢に影響するのかを検索できるカタログ(辞書)を提供したことになり、医師や患者が薬剤選択をするうえで有用な知見となりえます。また、薬剤により増加もしくは減少した特定の腸内細菌が、長期薬剤使用や多剤併用により生じる副作用を予測するバイオマーカーになる可能性があります」。

 「さらに、特定の腸内細菌をターゲットとした薬剤関連疾患の発症予防や治療法の開発につながることが期待されます」としている。

東京医科大学消化器内視鏡学分野
国立国際医療研究センター(NCGM) 消化器内科
国立国際医療研究センター(NCGM) 糖尿病研究センター
Population-level metagenomics uncovers distinct effects of multiple medications on the human gut microbiome (Gastroenterology 2022年7月1日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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