アミノ酸セリンの補給で糖尿病性神経障害を緩和 神経変性を抑制 潜在的な治療オプションとなる可能性

2023.02.10
 アミノ酸代謝の異常が、糖尿病性神経障害の原因のひとつだという研究を、米ソーク生物医学研究所が発表した。研究成果は、「Nature」に掲載された。

 非必須アミノ酸であるセリンの補給が、神経障害の緩和に有用である可能性がある。また、この発見により、リスクの高い患者を特定する新しい検査法と、食事療法などの潜在的な治療オプションを提供できる可能性があるとしている。

非必須アミノ酸のセリンが代謝と糖尿病合併症に影響

 1型糖尿病および2型糖尿病の患者の半数が、末梢神経障害を発症しており、手足のしびれ・痛み・感覚の鈍さといった症状を経験している。高血糖により末梢神経が障害をされることが主原因とみられている。

 研究グループは今回、2つの非必須アミノ酸で(セリン、グリシン)のレベルが低い糖尿病マウスは、末梢神経障害のリスクが高いことに着目。食餌でセリンを補給することで、糖尿病マウスの神経障害の症状を緩和されることを見出した。

 これまで、セリンとグリシンが非存在であると、培養下での神経細胞の長期生存が極めて難しいことや、全身のセリンおよびグリシンのレベル低下は、視力障害および末梢神経障害と相関することなどが報告されていた。

 「過小評価されがちな非必須アミノ酸が、代謝と糖尿病合併症に影響し、神経系で重要な役割を果たしている可能がある。この発見により、末梢神経障害のリスクの高い患者を特定する新しい方法と、潜在的な治療オプションを提供できる可能性がある」と、同研究所およびカリフォルニア大学生物工学科のクリスチャン メタロ教授は述べている。

セリンを制限した高脂肪食により神経障害が加速

 セリンは、タンパク質を構成する素材であるだけでなく、生体膜成分であるスフィンゴ脂質類の合成にも必要となる。

 スフィンゴ脂質は、アミノ酸セリンとパルミトイルCoAでできた一群の脂質で、正常細胞や組織の生体膜脂質の構成成分であり、細胞生存のため重要な役割を果たしていると考えられている。

 生体でアミノ酸セリンのレベルが低いと、スフィンゴ脂質に別のアミノ酸が取り込まれ構造が変化する。これにより、非定型スフィンゴ脂質が蓄積し、末梢神経の損傷に寄与している可能性があるという。

 研究グループは今回、糖尿病マウスで非定型スフィンゴ脂質の蓄積を観察し、アミノ酸スイッチとスフィンゴ脂質の変化が、末梢感覚神経障害を特徴とするヒト遺伝病で発生し、この現象がヒトを含む多くの種でみられることを突き止めた。

 長期にわたる慢性的なセリン欠乏症が、末梢神経障害を引き起こすかどうかを確かめるため、対照食またはセリンを含まない食餌と、低脂肪食または高脂肪食のいずれかを組み合わせて、マウスに最大12ヵ月間与えた。

 その結果、高脂肪食と組み合わせた低セリン食が、マウスの末梢神経障害の発症を加速することを明らかにした。対照的に、糖尿病マウスにセリンを補給すると、末梢神経障害の進行が遅くなった。

 セリンまたはグリシンの摂取を制限し、高脂肪食を摂取することで、若いマウスでこれらの代謝異常を模倣すると、肥満は減少したが、小径線維神経障害の発症は著しく加速した。

セリン欠乏症がさまざまな神経変性疾患と関連している可能性

 研究グループはさらに、スフィンゴ脂質が産生されたときに、セリンを別のアミノ酸に変換する酵素を阻害する化合物であるミリオシンを投与した。これにより、セリンを含まない高脂肪食を与えられたマウスで、末梢神経障害の症状が緩和されることを確かめた。

 これらにより、末梢神経系を健康に維持するために、アミノ酸代謝とスフィンゴ脂質の産生が重要な役割を果たしていることが明らかになった。

 セリン欠乏症は、さまざまな神経変性疾患とも関連している可能性がある。研究グループはこれまで、視力喪失を引き起こす黄斑部毛細血管拡張症2型の患者での、セリン代謝とスフィンゴ脂質代謝の異常の関連性を見出している。

 セリンが減少すると、網膜での非定型スフィンゴ脂質のレベルが上昇し、視力が低下した。セリンについては現在、黄斑部毛細血管拡張症とアルツハイマー病の治療での安全性と有効性についての臨床試験が実施されている。

セリンを豊富に含む食品の摂取が有用 セリン療法の開発へ

 「末梢神経障害の治療として、セリンが豊富に含まれる食品(大豆、ナッツ、卵、ヒヨコ豆、レンズ豆、肉類、魚など)を摂取することが有用である可能性がある。セリンのサプリメントも市販されている」と、メタロ教授は指摘する。

 末梢神経障害は通常、食事・運動・薬物による血糖管理、疼痛治療薬による治療、理学療法、杖や車椅子などの移動補助具などにより管理されている。

 ただし、「神経障害を予防するためにセリンのサプリメントの摂取を追加することを、糖尿病患者にアドバイスするのは時期尚早」とも付け加えている。

 治療効果を得るために大量のセリンを摂取する必要があり、どのような患者でセリンが必要となるのかも不明だ。生体でのセリンの生理機能を解明し、セリン補充の潜在的な利点と欠点を探るのに、さらに研究が必要となるとしている。

 メタロ教授らは、糖尿病の診断に使用される耐糖能検査と平行して行える、セリン耐性検査法の開発にも着手しているという。

 「末梢神経障害のリスクの高い患者を特定し、もっとも利益を得られる可能性のある患者に対し、セリン療法を行えるようすることを目指している」としている。

Supplementation with amino acid serine eases neuropathy in diabetic mice (ソーク生物医学研究所 2023年1月25日)
Insulin-regulated serine and lipid metabolism drive peripheral neuropathy (Nature 2023年1月25日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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