インスリン作用経路分子IRS2の欠損変異が2型糖尿病と認知機能障害を誘導 国立長寿研
IRS2の欠損変異によるインスリンシグナルの低下は2型糖尿病を引き起こし、さらに脳のエネルギー代謝異常とともに認知機能障害を誘導する。
糖尿病と認知機能障害には重複した病態がある
糖尿病では、エネルギー源である糖が血中にあふれた状態で細胞のなかに入ってこないため、細胞はエネルギー不足に陥るとともに、自律神経障害が合併することが知られている。
認知症でも、発症以前より脳のエネルギー不足が進行し、自律神経症状のひとつである体温調節障害がみられることから、糖尿病と認知機能障害には重複した病態があることが示唆されていた。
一方、インスリン受容体基質タンパク質2(IRS2)は、インスリンの作用経路であるインスリンシグナルの主要調節因子として知られる。国立長寿医療研究センターの研究グループは、糖尿病と認知症の両疾患に共通する病態基盤のひとつとしてIRS2が関与すると考えた。
IRS2は、活性化した細胞膜表面のインスリン受容体によりリン酸化を受け、細胞内にインスリンのシグナルを伝達する。IRS2を遺伝的に欠損したマウスは、インスリン抵抗性と膵臓のβ細胞の障害から、糖尿病を発症することが知られている。
IRS2の欠損変異は、重篤な2型糖尿病の発症と早期致死を誘導するが、この雄マウス成体での認知機能については不明だった。
国立長寿医療研究センターの飼育環境下では、C57BL/6Jの遺伝的背景(Irs2-/-/6J)でIRS2を欠損した雄マウス成体が、さまざまな実験環境で生き残り、海馬に関連する行動の変化を示すことが観察された。このマウスでは病態の進行が緩やかで早期致死が改善されていた。
詳しくみたところ、このマウスでは、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)やGLUT3グルコーストランスポーターなどのエネルギー・栄養センサーと、脳内の温度センサーの異常な変化をともなう中核体温の低下がみられた。
研究グループは、この若齢期の認知機能を観察し、脳のエネルギー代謝障害と体温調節異常をともない認知機能障害を示すことを見出した。
以上の研究成果から、両疾患共通の病態基盤のひとつとしてIRS2が関与することが示唆された。今後、IRS2を介して糖代謝と認知機能の両者を調節する分子機構を明らかにすることにより、認知症の本質的な発症メカニズムの理解と有効な治療薬の開発へとつながることが期待されるとしている。
研究は、国立長寿医療研究センター・ジェロサイエンス研究センター・統合神経科学研究部の田之頭大輔研究員、王蔚研究員、田口明子部長らの研究グループが、米ハーバード大学医学部ボストン小児病院のMorris White教授と共同で行ったもの。研究成果は、「Biochemical and Biophysical Research Communications」に掲載された。
国立長寿医療研究センター・ジェロサイエンス研究センター
Irs2 deficiency alters hippocampus-associated behaviors during young adulthood(Biochemical and Biophysical Research Communications 2021年6月25日)