末梢動脈閉塞疾患の新たな治療薬開発へ 糖尿病や加齢で血管内皮機能が低下 九州大学など

2023.01.17
 九州大学などは、加齢や糖尿病などにより、血管内皮機能が低下した末梢動脈疾患患者に対して、TRPC6チャネルの直接的阻害が新たな治療戦略となる可能性を示した。

 血管平滑筋に発現するTRPC6チャネルの活性を阻害することで、血管内皮機能に関係なく、末梢循環障害を回復できることをマウスで明らかにした。

 間欠性跛行をともなう末梢動脈疾患の治療では、血管内皮細胞の活性化による血管新生や、その後の血管の動脈化(血管平滑筋細胞の成熟化)が重要としている。

 今回の発見は、加齢や糖尿病などのさまざまな患者背景に依存しない、末梢動脈疾患の治療の新たな可能性を提案するものとしている。

血管内皮細胞の機能が落ちている場合でも適用できる新たな治療法を開発

 手足などの末梢血管の閉塞によって正常に血液が循環しなくなる末梢循環障害は、高齢化にともない罹患者が増え続けており、日本国内では600~700万人が罹患していると推定されている。

 閉塞の原因は、加齢、動脈硬化、脂質異常症、糖尿病などで、複数の疾患をもつ患者も多く、重篤化すると血流が滞るため、血液供給を受けられない組織が壊死することもある。

 血管閉塞からの血流回復には、血管内皮細胞の活性化による血管新生やその後の血管の動脈化(血管平滑筋細胞の成熟)が重要と考えられている。内皮細胞を標的とする治療薬の開発は注目されている。

 しかし実際には、加齢や2型糖尿病などの生活習慣病により、すでに血管内皮機能が低下している患者が多く、内皮細胞ありきの治療法では十分な効果を期待できない。

 そこで九州大学などの研究グループは、血管平滑筋細胞に発現している受容体作動性チャネルタンパク質TRPC6に着目した。TRPC6は、全身に広く発現している受容体作動性カチオンチャネル。

 独自に見出したTRPC6チャネル阻害薬により、血管内皮機能に関係なく、下肢虚血後の末梢循環障害を改善できることをマウスで明らかにした。

 研究は、九州大学大学院薬学研究院の西田基宏教授、加藤百合助教らの研究グループが、生理学研究所生命創成探究センター、信州大学、京都大学などと共同で行ったもの。研究成果は、「British Journal of Pharmacology」と、スイスのオープンアクセス雑誌「Cells」に、それぞれ掲載された。

 「下肢虚血後のマウス血管で、血管内皮細胞由来弛緩因子が、血管平滑筋細胞のTRPC6タンパク質をリン酸化することで、チャネル活性を抑制し、その結果、遺伝子改変マウスを用いて血管の成熟が促進されることを明らかにしました」と、研究グループでは述べている。

 「さらに、環境調和創薬化学分野の大嶋孝志教授らとの連携により、TRPC6チャネル阻害活性をもつ化合物の中から、下肢虚血後の血流回復を最も強く促進する1-BPを得ることに成功しました」としている。

血管閉塞からの血流回復には、血管内皮細胞の活性化による血管新生やその後の血管の動脈化(血管平滑筋細胞の成熟)が重要となる。TRPC6チャネル阻害薬により、血管閉塞後は血管新生が促され、血管成熟を経て、血流が回復した。

出典:九州大学、2022年

血管内皮機能に関係なく下肢虚血後の末梢循環障害を改善

 現在、使用されている治療薬は、血管内皮細胞を標的とした血管拡張薬や抗凝血薬であり、加齢や疾患のため血管内皮細胞の機能が落ちている場合は、十分な効果が期待できない。

 そこで研究グループは、受容体活性型のCa2+透過型カチオンチャネルであるTRPC6の69番目のトレオニンをリン酸化することでチャネル活性を抑制し、血管平滑筋細胞の筋分化(血管成熟)を促進することを細胞レベルで明らかにしてきた。

 今回の研究では、血管平滑筋に発現するTRPC6に着目し、遺伝子改変マウスを用いて血管内皮細胞の機能に関与しない新たな治療法の開発を目指した。

 具体的には、マウス下肢の動脈を結紮し、下肢虚血モデルを作製した結果、虚血肢で顕著なTRPC6のmRNA発現量の増加を認めた。TRPC6ノックアウトマウスでは野生型マウスに比べて、血流回復が促進した。

 このことから、TRPC6が虚血後の血流回復を妨げていることが明らかになった。また、虚血処置をした野生型マウスのTRPC6タンパク質をリン酸化させると、血流回復が促進され、さらに新生血管の指標であるCD31陽性血管数の上昇や血管平滑筋細胞が筋分化することで血管径の増大がみられたことから、TRPC6のリン酸化によるチャネル活性阻害は血管新生や血管成熟を促すことが示された。

 次に、TRPC6ノックアウトマウスの血管平滑筋特異的にTRPC6(野生型)、TRPC6リン酸化変異体(T69A:リン酸化阻害)を過剰発現させた遺伝子改変マウスを用いて、虚血に対する血流回復効果を検証した。

 その結果、TRPC6(野生型)を発現させたマウスでは、TRPC6をリン酸化することで、血流回復がみられたが、TRPC6リン酸化変異体(T69A)を発現させたマウスでは、回復効果はみられなかった。

 また、血管内皮機能障害をもつ動脈硬化モデルApoEノックアウトマウスに虚血処置をして、TRPC6阻害剤を投与すると、野生型マウスと同様に血流が回復したことから、マウスで血管内皮機能に依存せず、TRPC6チャネル活性を抑制することで血流回復を促していることが明らかになった。

PDE3阻害により、細胞内のcAMPを上昇させ、プロテインキナーゼA(PKA)がTRPC6の69番目のトレオニンをリン酸化し、TRPC6のチャネル活性を抑制する。

出典:九州大学、2022年

 研究グループはさらに、TRPC6阻害剤の中からもっとも強く血流回復を促進する化合物1-BPを見出した。

 「末梢循環障害後、TRPC6を阻害することで血管内皮細胞の機能に関係なく血管を新生し、さらに血管の成熟を促進させることが示唆されました」と、研究グループでは述べている。

 「本研究により、末梢循環障害に対して血管内皮細胞の機能が落ちている場合でも、TRPC6が有効な新たな治療標的となることを見出しました。TRPC6阻害によって誘導される新生血管数の増大や血管成熟のメカニズムは不明なため、これから明らかにしていく必要があります」としている。

九州大学大学院薬学研究院生理学分野
生理学研究所 心循環シグナル研究部門
Inhibition of TRPC6 promotes capillary arterialization during post-ischemic blood flow recovery (British journal of pharmacology 2022年9月6日) A TRPC3/6 channel inhibitor promotes arteriogenesis after hind-limb ischemia (cells 2022年6月27日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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