インスリンによる糖と脂質代謝制御の全体像を全ゲノムレベルで解明 「選択的インスリン感受性改善薬」も視野に

2021.11.10
 コロンビア大学と千葉大学の研究グループは、健康な人や糖尿病患者の糖代謝コントロールで重要な役割をもつ転写因子FoxO1がゲノムに働きかける全体像を、とくに糖・脂質代謝の観点から明らかにした。

 研究グループは、全ゲノムレベルで、インスリンシグナルにより糖と脂質代謝のコントロール機構の違いを明らかにした。研究は最新技術を駆使した世界ではじめてのものだ。

 研究は、インスリンの仕組みを応用した今までにない作用機序の薬剤である「選択的インスリン感受性改善薬」という新たな治療法の確立につながることが期待される。

糖尿病で問題となる糖代謝特有の制御領域を特定

出典:千葉大学、2021年

 米コロンビア大学と千葉大学の研究グループは、動物モデルの作成と、全ゲノム情報の網羅的解析技術の駆使により、糖尿病で問題となる糖代謝特有の制御領域を特定し、糖尿病によりゲノム上に生じる変化を明らかにした。

 全ゲノムレベルで、インスリンシグナルにより糖と脂質代謝のコントロール機構の違いを明らかにした。研究は最新技術を駆使した世界ではじめてのものだ。

 インスリンは代謝調節とともに、細胞の基本的な機能を調節している。インスリンが細胞に到達すると、細胞表面にあるインスリンの受容体を通して、細胞の内部へと信号が伝えられ、多彩な機能を発揮する。この受容体から細胞内部に伝わる一連の信号の流れがインスリンシグナルだ。

 膵臓から分泌されるインスリンは全身に作用し血糖値を調整しているが、なかでも肝臓への作用は重要とされている。インスリンが肝臓の細胞表面に到達すると、その信号は細胞内に伝わり、転写因子を通じて核内に入り、全遺伝情報が描かれているゲノムへと渡される。

 転写因子は、DNAがもつ遺伝情報をRNAに写しとる過程である転写を起こすタンパク質の一群で、特定のDNA領域に結合する。その転写因子の一種であるFoxO1は、肝臓以外にも脳、筋肉、脂肪、膵臓、血管とさまざまな臓器で働き、代謝機能とともに細胞の基本的な機能である増殖、細胞死、老化、DNAの修復などの調節を行っている。

 健康な状態では、インスリンは転写因子FoxO1を核内から追い出すことで機能するが、インスリンの信号伝達が障害され高血糖の状態に至ると、FoxO1は核内に留まり続けることがこれまで観察されていた。

 2008~2012年に複数の研究室から、肝臓のFoxO1を欠損させると高血糖状態を改善できることが報告され、インスリンによる肝臓での糖代謝コントロールはFoxO1により決定されていることが報告されている。

 しかし、FoxO1がどのようにゲノム上の遺伝子群へ働きかけているのかは技術的な問題から解明されておらず、これまでの重要な発見を糖尿病の治療につなげるうえで障壁となっていた。

「選択的インスリン感受性改善薬」の開発を視野に入れて

 そこで研究グループは今回の研究で、以下の(1)~(4)の成果をもとに、肝臓のFoxO1がゲノムに働きかける様子を明らかにした。

インスリンは、FoxO1を介してゲノム上に結合する場所やパートナーを変え、異なる機能を発揮する。糖尿病状態では、FoxO1は代謝に関わる領域へ結合する量を増やし、高血糖や脂質異常が起こる。
出典:千葉大学、2021年

(1)FoxO1は生体内で摂食時や絶食時といった栄養状態の変化に鋭敏に反応し働いている
 作成した動物モデルにより、FoxO1は摂食、絶食といった栄養状態の変化に応じ約6,000ヵ所のゲノムへの結合を鋭敏に切り替えることが分かった。

(2)インスリンの多様な機能は、核内で異なるゲノム領域を介して行われている
 インスリンが担う主な機能には、糖・脂質代謝以外に細胞の生命維持という重要なものもある。FoxO1の標的となる遺伝子群の全体像が明かされるなかで、こうした機能がプロモーターやエンハンサーなどゲノム上の異なる領域を通してコントロールされていることが判明した。
 プロモーターは、ゲノムから遺伝子の転写発現が行われる際、転写開始部分として機能する領域で、エンハンサーは、活性化すると周囲の遺伝子に近づき発現量を調節する細胞の性質を決定づけるゲノム上の領域。

(3)PPARαはFoxO1の糖代謝コントロールを補っている
 FoxO1と同じ条件で核内に存在する複数の転写因子を、同じ技術により比較解析し、半数以上の標的遺伝子をPPARαと共有していることが分かった。PPARαは転写因子の一種で、脂質代謝に深く関与しており、脂質異常症の薬剤にも利用されている。
 共有部位は糖代謝に関わる遺伝子によくみられ、両者の共通標的が糖代謝をコントロールするうえで重要な遺伝子群であると考えられる。

(4)インスリン抵抗性状態によりFoxO1は糖・脂質代謝に関わる遺伝子群への働きかけが一段と強くなる
 インスリン抵抗性がFoxO1にどのような変化をもたらすかを観察したところ、FoxO1は健康な状態で確認された栄養状態の変化への鋭敏な反応を失うことが分かった。
 さらに、FoxO1はその絶対量を増やし、(2)で確認された糖と脂質代謝特異的なエンハンサー領域へとくに集まっていることが明らかになった。
 この領域が糖尿病による代謝障害の原因と想定される場所であり、糖尿病治療薬の開発につなげるうえで重要な標的になると考えられる。

 研究は、コロンビア大学医学部の北本匠研究員(千葉大学大学院医学研究院特任助教)、Domenico Accili教授、千葉大学大学院医学研究院の金田篤志教授、岡部篤史助教らの研究グループによるもの。研究成果は、科学誌「米国科学アカデミー紀要」にオンライン掲載された。

 「インスリンには血糖値を下げる一方で、脂肪を溜め込む作用があります。この作用はとくに糖尿病患者で強く、ときに治療により肥満を助長してしまうという問題点を抱えています。この解決には、インスリンが糖代謝と脂肪合成に作用する仕組みの違いを解き明かすべく生命の設計図であるゲノムに目を向け、両者の違いを明らかにする必要がありました」と、北本研究員は述べている。

 「得られた知見をもとに糖代謝にのみ作用する"選択的インスリン感受性改善薬"を開発することが求められます。約20年前に発見されたFoxO1の研究成果により、インスリン研究の焦点は細胞表面から核内へと移りました。本研究はこれを治療応用へと進める足がかりとなるものです。この成果が"選択的インスリン感受性改善薬"の実現に貢献することを願い、引き続き多くの患者の命を守る治療法の開発を目指し研究を継続いたします」としている。

千葉大学大学院医学研究院内分泌代謝・血液・老年内科学
An integrative transcriptional logic model of hepatic insulin resistance(米国科学アカデミー紀要 2021年11月4日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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