日本発のバイオマーカー 尿中L-FABPを活用した腎疾患管理
第64回 日本臨床検査医学会学術総会
第29回 世界病理臨床検査医学会連合会議(WASPaLM2017) ランチョンセミナー
腎疾患マーカーとして古くから尿中アルブミンや血清クレアチニンが用いられている。しかし顕著な尿中アルブミンが認められないまま腎機能が低下する慢性腎臓病(CKD)症例が少なくないことや、急性腎障害(AKI)において血清クレアチニンは病勢の後追いで上昇するためそれのみでは適切な治療介入の判断が困難というunmet needsが存在する。
これらの問題に対し、本邦発のバイオマーカーとして臨床応用された尿中L-FABPが近年注目されている。L-FABP開発の中心メンバーの一人である池森敦子先生より、その開発背景や臨床的有用性を講演いただいた。
座長:古家 大祐 氏
(金沢医科大学 糖尿病・内分泌内科学教授)
座長:柳田 素子 先生
(京都大学大学院医学研究科 腎臓内科学 教授)
なぜ新たなバイオマーカーが必要か?
ご存知のように透析患者数は年々増加し、最新の報告では約33万人とされ1)、その医療費は年間約1兆5,000億円に上り医療財政を圧迫している2)。この一事だけでも何らからのアクションが必要であることが理解できるが、それに加え2003年には米国心臓協会が「腎疾患は心疾患の危険因子である」とのステートメントを発表して以降3)、心腎連関が注目されるようになった。つまり、心疾患を抑制するためにも腎疾患を適切に治療することが求められているということだ。
しかし残念ながら我々はいまだ腎機能を改善し得る薬剤を手にしていない。今できることは、可及的早期に腎疾患を見出し、腎保護的介入を進めることである。
尿中アルブミンでは腎機能低下をdetectできない
腎のバイオマーカーとして現在、尿中アルブミンが広く使われている。例えば代表的な腎疾患の一つである糖尿病性腎症の診断や病期分類にも尿中アルブミンが用いられている4)。ところが近年、尿中アルブミンが出ていなくても腎機能低下が進行する症例が稀でないことが明らかになってきた5)。そのようなケースでは古典的な糸球体硬化や結節性病変よりも尿細管間質や血管の障害が主体であることが示されている6)。
つまり尿中アルブミンだけでは腎機能低下を全例detectすることができない。これが、我々が新規バイオマーカーの開発を目指した背景である。
尿中L-FABPの特異性
腎臓を解剖学的にみると、糸球体を含む腎小体以外のほとんどを尿細管間質が占めている。そして尿細管間質障害が糸球体病変よりも腎予後に関係することは古くから指摘されている7)。そこで我々は尿細管障害を反映するマーカーこそが重要であると考え、尿細管障害が生じるメカニズムに着目した。研究の結果、アルブミンに結合した脂肪酸が尿細管障害を惹起する主要なファクターであることを見出し、その脂肪酸の処理に関わる蛋白として、肝臓型脂肪酸結合蛋白「L-FABP(liver-type fatty acid-binding protein)」に行き当った。
L-FABPはいくつか存在するFABPサブタイプのうち、初めに肝臓で発見されたため"肝臓型"と呼ばれているが、実際は近位尿細管により多く発現している。その機能は、ミトコンドリアや脂肪酸をβ酸化する細胞内小器官に輸送してATP産生に寄与したり、脂質をリガンドとする転写因子であるPPAR(peroxisome proliferator-activated receptor)を活性化することなどにより、細胞内の脂肪酸レベルの恒常性維持に関与すると考えられている8)。
我々はマウス近位尿細管でのL-FABPの発現増加が腎保護的に作用することを認め、ヒトにおいても腎生検での尿細管間質障害の程度と尿中L-FABPが相関することを報告した9)。これらは尿中L-FABPが尿細管障害を反映する新規バイオマーカーであることを意味している。
尿中L-FABPは腎内微小循環も反映する
では尿中L-FABPは他のマーカーと何が異なるのだろうか。
図1は名古屋大からの報告で、腎移植時に腎内微小循環をモニターし、血流量と各種マーカーとの相関をみたものだ。NAG(N-acetyl-β-D-glucosaminidase)やα1MG(α1-microglobulin)、β2MG(β2-microglobulin)は腎血流量との相関はなく、L-FABPのみ相関が認められた。
移植はやや特殊な状況なため、より一般的な病態として腎臓の低酸素状態をもたらす貧血に着目し、2型糖尿病患者を対象に検討がされた。すると健常対照群に比し2型糖尿病では尿中L-FABPが高く、貧血が加わるとさらに高値となり、それぞれに有意差が認められた(図2)。また我々は非糖尿病腎疾患患者でもヘモグロビンが低いほど尿中L-FABPが高いという相関や10)、健常者においても加齢に伴う腎内血管抵抗係数の上昇とともにL-FABPが高値となるという相関を確認した11)。
このようにL-FABPが腎内微小循環障害を反映する機序について、我々はL-FABPの発現を調整するプロモーター領域に低酸素で誘導される転写因子のHIF-1(hypoxia inducible factor-1)が結合する部分があることに着目している。尿細管の低酸素によってHIF-1が活性化され、L-FABPの発現が増え、尿中へ排泄されてくると考えている。
尿中L-FABPの臨床的有用性
尿中L-FABPの有用性を、より実臨床に即してみていきたい。
糖尿病性腎症と尿中L-FABP
早期診断と進行予測
先述のように糖尿病性腎症は尿中アルブミンレベルにより病期を判定するが、その病期進行に伴い尿中L-FABPも増加する(図3)。注目すべきは尿中アルブミンが30mg/gCr未満の正常アルブミン尿であっても尿中L-FABPは健常対照群より有意に高値であることだ。また2型糖尿病患者を4年間追跡し腎症進行の予測因子を多変量解析した結果から、観察開始時点の尿中L-FABPが基準値(8.4μg/gCr)より高値だとハザード比が7.3(p=0.000)に上ることが示された12)。これらより、尿中L-FABPは糖尿病性腎症をより早期に診断可能なマーカーであり、かつ独立した進行予測因子と言える。
ハイリスク患者の判別
さらに興味深いことは、図4に示すように尿中L-FABPは尿中アルブミンより糖尿病性腎症進行リスクの予測に優れており、また両者を測定するとその予測能が相加的に高まるという点だ。かつて病態の主座は糸球体にあるとされていた糖尿病性腎症だが現在は尿細管の重要性も明らかになっている。図4も尿中アルブミンで捕捉しきれないリスクを尿細管障害マーカーである尿中L-FABPが拾い上げた結果と言え、両者を併用することでハイリスク患者を判別できると考えられる。
ハードエンドポイントでの検討
腎症治療の一義的な目的は透析導入や脳心血管イベントを抑止することだが、その点でも尿中L-FABPの有用性は明らかだ。
例えば618名の2型糖尿病患者を尿中L-FABPで三分位に分け、透析導入と心血管イベントをエンドポイントとして12年間追跡した結果が滋賀医大から報告されている13)。結果は尿中L-FABP高値群ほどイベント発生率が高く、各群間に有意差が認められた(第一分位〈5.0μg/gCr以下〉 vs 第三分位〈9.5μg/gCr以上〉のハザード比1.93)。さらには正常アルブミン尿であってもこの関係が存在し、既知の因子で調整後の多変量解析により尿中L-FABPが独立した危険因子として抽出されている。
また最近、1型糖尿病患者2,329名を14年間追跡したデータが海外から報告された。それによると尿中L-FABP高値は脳梗塞発症と死亡率の独立した危険因子だったという14)。
その他の腎疾患と尿中L-FABP
糖尿病性腎症以外のCKDではどうだろうか。図5は聖マリアンナ医大と金沢大の共同研究で244名のCKD患者を4年間追跡し心腎イベントの発生をみたものだ。糖尿病の有無に関わらず尿中L-FABP高値であればイベントリスクが高いことがみてとれる。
治療介入効果の判定
治療効果の判定においても尿中L-FABPの有用性が示され始めている。
現在、開発が進められているNrf2(NF-E2-related factor-2)活性化薬は、RAS阻害薬などが副次的な作用により腎保護効果をもたらすのと異なり、GFR改善作用を有する初の腎疾患治療薬として期待されている。しかし同剤により腎機能が改善しても尿中アルブミンは減少せず、むしろ増加してしまうことが明らかになっている15)。尿中アルブミンはNrf2活性化薬の効果判定に適さないということだ。
そこで我々はCKDモデルマウスを作成しNrf2活性化薬の効果を検討した。すると同剤により尿細管障害が抑制され、それに伴い尿中L-FABPも減少することが確認された(図6)。
急性腎障害と尿中L-FABP
続いてAKIに話題を進める。
AKIの発症予測
図7は聖マリアンナ医大で心血管手術を施行した85名におけるAKIの診断能をいくつかのマーカーで比較したものだ。尿中L-FABPは、最近AKIのマーカーとして保険適用されたNGAL(neutrophil gelatinase-associated lipocalin)に比較しても、AKIの発症/非発症で顕著な群間差があることがわかる。
また腹部大動脈瘤の治療では、比較的侵襲の軽いステントグラフト内挿術では術前の尿中L-FABP、侵襲の大きい開腹手術では大動脈遮断2時間後の尿中L-FABPが他のマーカーに比しAKI発症予測能が高く、そのカットオフ値はそれぞれ9μg/gCr、173μg/gCrであることを報告した16)。このほか関西医大から造影剤腎症に関して、投与前尿中L-FABPが24.5g/gCr以上の場合、感度82%、特異度69%でAKI発症を予測できると報告されている17)。
AKIの重症度判定
重症度判定に関しては、ICUの重症患者を対象にAKIのRIFLE基準とバイオマーカーの関係を検討した結果が東大から報告されている。それによると、尿中L-FABPやNGAL、NAG、IL-18、アルブミンのうち、L-FABPのみが非AKI、risk/injury、failureのすべてを鑑別できたという18)。
AKIからCKDへの移行予測
また近年AKI後にCKDへ移行する確率が高いことが注目されている。そこで我々は虚血再灌流(ischemia-reperfusion.IR)のモデルマウスを作成し検討してみた。虚血時間を長くするほど当然、尿細管障害やマクロファージ浸潤が強く生じるのだがIR1日後の尿中アルブミン、L-FABPもやはり長時間虚血した群で高値であった19)。さらにIR後40日経過した時点においても、長時間虚血群ではCKDを呈する組織所見が認められ、尿中L-FABPも依然、高値であった。
このような基礎研究に加え海外からは、小児心臓 外科手術時にAKIを発症した群では手術24時間後のみならず7年経過した後も尿中L-FABPが有意に高いと報告されている20)。つまり尿中L-FABPをみることでAKIの発症や重症度判定だけでなく、CKDへの移行リスクを評価することも可能と言える。
尿中L-FABPの活用方法
院内での迅速診断も可能に
ところで、我々が尿中L-FABPの研究に着手したころは測定に時間がかかる酵素免疫測定法のみであった。しかし最近およそ10分で結果がわかるラテックス凝集比濁法という測定法が使えるようになった。
この測定法は所要時間が短いことに加え、多くの医療機関に導入されている汎用自動分析装置を使用できることや、クレアチニンを同時に測定しその比もみることができるなどの利点がある(表1)。外来で腎機能に少し不安を感じる患者を診た時、その日のうちに尿中L-FABPを測定し適切に対処することが可能だ。
表1 尿中L-FABP測定法の比較
測定原理 | ラテックス凝集比濁法 | 従来法 (酵素免疫測定法) |
|
---|---|---|---|
定量性 | 定量 | ||
測定範囲 | 1.5 ~ 200 ng/mL | ||
検査装置 | 汎用自動分析装置 | 専用機(マイクロプレート リーダー)を使用 |
|
測定時間 | 約10分 | 約130分 | |
操作性 | 前処理の必要性 | 不要 | 要 |
クレアチニン補正 | 同一検体で同時測定可 | 検体ごとに別の装置で測定 |
具体的な使い方
さて、私が考える尿中L-FABPの使い方を述べてみたい(図8)。AKIに関しては、AKIを発症する前にそのリスクを捉えたり発症後にCKDへ移行する症例を判別して介入の程度の判断に使えるだろう。
CKDに関してはその疑い症例の診断や腎機能低下が速いハイリスク患者の抽出、および定期的なモニタリングに用いられる。外来で尿中L-FABPを診て、数値が高ければ通院間隔を狭くするという柔軟な対応も可能になろう。
また何かしらの薬剤を投与後に血清クレアチニンが上昇した時、それが腎障害の生じた結果なのか、薬剤の影響で一時的に尿細管からのクレアチニン分泌が低下しているだけなのかの判断に尿中L-FABPが有用であることも経験する。尿中L-FABPの使い勝手を生かし、その活用法はさらに拡大できるのではないだろうか。
参考文献
初 出
第64回 日本臨床検査医学会学術総会、第29回 世界病理臨床検査医学会連合会議(WASPaLM2017) ランチョンセミナー(2017年11月17日、京都)
演題:日本発のバイオマーカー 尿中L-FABPを活用した腎疾患管理
座長:柳田 素子 先生(京都大学大学院医学研究科 腎臓内科学 教授)
演者:池森 敦子 先生(聖マリアンナ医科大学 解剖学機能組織 教授)
共催:積水メディカル株式会社