ES細胞からインスリンを分泌するβ細胞を作成 患者自身の細胞を使用

2014.05.12
 1型糖尿病患者の皮膚細胞のDNAを使い、その患者のDNAと完全に一致する胚性幹細胞(ES細胞)を作成し、インスリンを分泌するβ細胞をつくる実験が世界ではじめて成功した。研究は科学誌「ネイチャー」に発表された。

 ES細胞の作成に使用されたDNAは、10歳のときに1型糖尿病を発症した32歳の女性のもの。今回のβ細胞の作成をきっかけに、近い未来に、患者の細胞と同じ健康な細胞を研究室で作成し、1型糖尿病を根治できるようになる日が来る可能性がある。

再生医療の実現に向けた重要な一歩

 1型糖尿病は、おもに自己免疫により膵臓のβ細胞が破壊され、インスリンが絶対的に欠乏し、生命を維持するためにインスリン治療が不可欠となる病気だ。根治するために膵臓や膵島を移植する治療法があるが、深刻なドナー不足や、免疫抑制剤の使用が欠かせないなど課題も多い。

 患者自身の細胞とES細胞からβ細胞をつくることができれば、細胞に患者のDNAが含まれているため、体は自身の細胞として拒絶反応を起こすことなく受け入れる。まさに究極のオーダーメイド医療となる可能性がある。

 研究は、米ニューヨーク幹細胞財団(NYSCF)のディーター エグリ氏らによるもの。「糖尿病患者自身の細胞を用いて行う再生医療に実現に向けて、重要な一歩を踏み出すことができた」とコメントしている。

 エグリ氏ら研究チームは、ES細胞を作成するため、「体細胞核移植」(SCNT)と呼ばれる手法を用いた。まず、患者の女性から皮膚細胞を採取し核を取り出した。

 そして、別の人から提供された卵母細胞の核を取り除き幹細胞を作成し、核が移植された卵母細胞に、電気パルスによる刺激を与え、患者のDNAをもつ細胞でできた胚盤胞の段階まで分裂させた。

 特定の治療に用いるための細胞を作る目的で、患者から採取した細胞が使用されたのは、今回の研究が世界ではじめてだ。

 研究チームは、2011年に核移植により皮膚細胞から幹細胞を作成するのに成功したが、細胞が生産した幹は3セットの染色体をもっていて、治療として使用することはできなかった。技術開発により、ヒト細胞で標準的な2セットの染色体をもつラインに変化させることに成功した。

1型糖尿病の治療法が劇的に変化する可能性

 ES細胞には、「さまざまな種類の細胞に分化する」という多能性があり、再生医療の実現にもっとも近いと期待されている一方で、ヒトの生命の萌芽である胚を滅失させるという倫理的な問題がある。

 米国では国立衛生研究所(NIH)が、ES細胞に関する研究の助成金の適用範囲を規定するガイドラインを作成し規制を行っている。今回の研究は、NIHのガイドラインによる規制が及ばない、民間の非営利の研究機関によるものだ。

 今回の研究にコロンビア大学医療センターが協力しているが、幹細胞の作成は政府によって研究資金が提供されている同大学の研究所で行うことはできなかった。

 同大学の研究チームが中心となり、外部にニューヨーク幹細胞財団を立ち上げ、今回の実験の成功にこぎつけた。複数の慈善団体より寄付金が寄せられ、研究を下支えしたという。

 同財団のCEOで共同創設者のスーザン ソロモン氏は、自身の子供が1型糖尿病を発症しており、幹細胞の研究に対し大きな期待を寄せている。

 「ES細胞によってつくりだされた新しいβ細胞を移植すれば、血糖値は正常化し、インスリン注射や血糖測定を行う必要がなくなり、治療に伴う低血糖もなくなります。治療法が劇的に進歩するのはもちろん、1型糖尿病を根治するのも夢ではありません」とソロモン氏は述べている。

 英国糖尿病学会(Diabetes UK)のアラスデア ランキン氏は「β細胞を再生するための研究が世界中で行われています。今回の研究が最良の方法であるかは現時点では不明ですが、将来の発展を期待できるものです」と評価している。

 再生医療では、京都大学の山中伸弥教授が作成した「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」を用いた研究も、大きな成果を生みつつあるが、ES細胞は受精卵に近い状態に戻せるので、iPS細胞よりも初期化の能力が高いとみられている。

 ただし、1型糖尿病の再生医療には、「自己免疫」という大きな課題がある。1型糖尿病では、自己免疫系が体内のβ細胞を異物と判断し、破壊してしまう。新しいβ細胞に置き換えれば、たとえそれが自身の細胞に由来するものであっても、免疫機構が同じように攻撃する可能性がある。

 自己免疫が再び起こるのをコントロールする治療法の開発も同時に進められているが、成果を得られるまでにまだ数年はかかると考えられている。

First Disease-Specific Human Embryonic Stem Cell Line by Nuclear Transfer(ニューヨーク幹細胞財団 2014年4月28日)

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