糖尿病による脳機能障害に対する「スキル運動」は有効 運動学習をともなう全身運動は効果的

2023.03.28
 杏林大学は、糖尿病による運動障害に対するリハビリの開発を目指し、運動学習をともなう全身運動である「スキル運動」が運動障害を改善し、その機能回復は損傷した皮質脊髄路の機能を別の伝導路が代償することによって生じることを明らかにした。

 スキル運動により、間接的に運動指令を脊髄に送っている赤核脊髄路が、"迂回路"として機能するようになるという。スキル運動は、糖尿病患者の脳機能を改善する新しい運動療法になる可能性があるとしている。

糖尿病によって生じた脳機能障害に対してスキル運動は有効

 杏林大学は、糖尿病患による運動障害に対するリハビリテーションの開発を目指し、皮質脊髄路損傷による運動障害が生じた1型糖尿病ラットに有酸素運動(一般的な糖尿病運動療法)とスキル運動(運動学習をともなう複雑な全身運動)を実施して、その効果を比較した。

 その結果、スキル運動を行なった糖尿病ラットのみ運動障害が改善し、その機能回復は、損傷した皮質脊髄路の機能を、赤核脊髄路と呼ばれる別の伝導路が代償することによって生じることをはじめて明らかにした。

 糖尿病患者の運動障害の原因は、末梢神経障害と筋実質の異常が関与することが知られている。研究は、糖尿病によって生じた脳機能障害に対してスキル運動が有効であることを示したもので、新しい糖尿病運動療法の開発への応用が期待できるものとしている。

 研究は、杏林大学保健学部理学療法学科の村松憲准教授、東京都医学総合研究所の新見直子研究員、三五一憲プロジェクトリーダー、東京医療学院大学の生友聖子講師、健康科学大学の志茂聡教授、名古屋女子大学の玉木徹講師、保健学部作業療法学科の丹羽正利教授らによるもの。研究成果は、「Experimental Neurology」にオンライン掲載された。

皮質脊髄路が傷ついた糖尿病ラットがスキル運動を行うと、赤核脊髄路が大脳からの運動指令を腰髄に送るための「迂回路」として機能し、運動機能の改善が生じる

出典:杏林大学、2023年

糖尿病患者の運動障害に末梢神経障害と筋実質の異常が関与

 糖尿病による慢性合併症は、さまざまな組織、臓器を標的とし、脳や脊髄に張り巡らされた神経細胞間ネットワークもその影響を免れない。

 研究グループはこれまでに、薬剤の投与によって1型糖尿病を発症したラット(糖尿病ラット)を対象に、身体運動作り出す脳内のネットワークに与える糖尿病の影響を調べ、大脳から腰髄(後肢の運動を制御する脊髄)に運動指令を送る皮質脊髄路に損傷が生じることを発見していた。

 皮質脊髄路損傷は、大脳皮質運動野からはじまり、脊髄に投射する神経線維束を指す。自らの意思によって生じる随意運動に関する運動指令伝達を行うと考えられている。

 その損傷は、後肢に運動麻痺を生じさせるほど重篤なものではないものの、糖尿病患者に類似した筋力低下やバランス障害を引き起こす。したがって、運動障害を改善するリハビリの開発は重要な課題であり、機能回復に役立つ運動療法の開発が求められている。

スキル運動に損傷した脳や脊髄に"迂回路"を作り出す効果

 今回の研究では、皮質脊髄路損傷が生じた糖尿病ラットに、軽いジョギング程度の有酸素運動とスキル運動(試行錯誤が必要な全身運動を2週間実施させ、そのリハビリ効果を比較した。

 その結果、スキル運動を行なった動物だけ運動指令の伝達が改善し、筋力およびバランス能力が向上した。しかも、大脳を電気刺激することによって誘発される後肢の運動は皮質脊髄路を切断しても維持されたことから、運動指令伝達の回復は皮質脊髄路以外の伝導路を迂回路として利用することによって達成されることが分かった。

 研究グループは次に、迂回路として機能する伝導路を同定するために、神経線維を伸長させたり再生させたりしている神経細胞の軸索(配線部分)だけに発現するリン酸化したGAP-43の分布を調べた。

 すると、脳幹の赤核と脊髄をつなぐ赤核脊髄路にリン酸化したGAP-43の発現を認められた。赤核脊髄路は、脳幹にある赤核と呼ばれる神経核からはじまり、脊髄に投射する神経線維束。

 赤核は大脳皮質運動野からもシナプス結合があり、大脳 → 赤核 → 脊髄の順で間接的に運動指令を脊髄に送る。赤核脊髄路は錐体外路とも呼ばれ、自らの意思によらない不随意運動の制御に関わると考えられている。

 研究グループが、赤核を電気刺激してみたところ、後肢に通常では生じないような強い活動が誘発され、赤核脊髄路と腰髄との結合が強くなっていることが示された。

スキル運動は脳機能の改善に着目している

出典:杏林大学、2023年

糖尿病患者の脳機能を改善する新しい運動療法に期待

 「今回の研究により、皮質脊髄路が傷ついた糖尿病ラットがスキル運動を行うと、赤核脊髄路が大脳からの運動指令を腰髄に送るための"迂回路"として機能し、運動機能の改善が生じることが明らかになった」と、研究グループでは述べている。

 「研究は、これまで糖尿病運動療法として用いられることのなかったスキル運動が、糖尿病によって傷ついた皮質脊髄路の迂回路形成を促し、機能回復に寄与することをはじめて示したもの。糖尿病患者でも同じ効果が見込めるのかという点については、今後の臨床研究を待つ必要があるが、スキル運動が糖尿病患者の脳機能改善を目的とした新しい運動療法となり得る可能性を示した点に意義がある」としている。

 なお、糖尿病運動療法として推奨されている有酸素運動は、糖尿病の原因となるインスリン抵抗性を改善し、良好な血糖コントロールを得るために必須の運動療法であることは揺るぎなく、「本研究はその効果を否定するものではない」としている。

杏林大学保健学部理学療法学科
Motor skills training-induced activation of descending pathways mediating cortical command to hindlimb motoneurons in experimental diabetic rats (Experimental Neurology 2023年5月)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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