iPS細胞をさまざまな眼の細胞へ選択的に誘導することに成功 大阪大とロート製薬
2018.12.13
iPS細胞から異なる眼の細胞(神経堤細胞、角膜上皮細胞、網膜・角膜を含む多層構造)へ選択的に分化誘導することに成功したと、大阪大学が発表した。
研究は、大阪大学大学院医学系研究科の林竜平寄附講座教授(幹細胞応用医学寄附講座)、西田幸二教授(眼科学)、柴田峻共同研究員(ロート製薬、眼科学)らの研究グループが同蛋白質研究所の関口清俊寄附研究部門教授らと共同で行ったもので、詳細は米科学誌「CellReports」に掲載された。
今回の研究成果により、発生期において、目的の眼組織で発現するラミニンのアイソフォームを、iPS細胞からの眼細胞分化誘導に用いることで、その組織の誘導を促進する可能性が示唆された。目的細胞の分化誘導における足場の最適化に役立つ知見となる。また、SEAMの形成におけるYAPの関連が示唆された。
今回研究を応用することで、iPS細胞の足場による運命決定制御や眼の発生機序の解明、角膜再生医療実用化に向けたiPS角膜上皮細胞の作製効率化が期待される。
大阪大学大学院医学系研究科
大阪大学蛋白質研究所
Selective Laminin-Directed Differentiation of Human Induced Pluripotent Stem Cells into Distinct Ocular Lineages(Cell Reports 2018年11月6日)
眼の疾患に対するiPS細胞を用いた再生医療の実現に期待
iPS細胞は、無限に増殖し、人間の身体を構成するさまざまな細胞に分化することができることから、再生医療や創薬研究、発生研究に非常に有用な細胞だ。 研究グループはこれまでに、ヒトiPS細胞から眼全体の発生を模倣した2次元培養系を用いて、さまざまな眼の細胞を含む多層状コロニー(SEAM)を誘導し、さらに、機能的な角膜上皮組織(iPS角膜上皮シート)を作製することに成功している。iPS角膜上皮シート移植は、外傷や病気により、角膜上皮の幹細胞が失われた難治性角膜疾患に対する新たな再生医療として期待されている。 iPS細胞がどのような細胞になるかという運命決定において、成長因子などを含む培養液と同様に、細胞の足場となる基質も重要な役割を果たすことが近年報告されている。眼全体の発生を模倣したSEAMは、神経、神経提、網膜、角膜等で構成されており、細胞の足場となる基質、基底膜タンパク質のラミニン上で、iPS細胞から自律的に発生する。 ラミニンは、上皮組織の基底膜に存在する細胞外マトリックスタンパク質。近年、iPS細胞などの培養基剤として広く用いられているが、SEAMの発生におけるラミニンの役割は分かっていなかった。ラミニンがiPS細胞を神経堤細胞、角膜上皮細胞、網膜・角膜等に誘導
研究グループはまず、足場がiPS細胞の分化に与える影響について着目。ラミニン211を基質としてiPS細胞を培養・分化させると、神経堤細胞が多く誘導された。その際に、Wntシグナルパスウェイに関連する遺伝子やWntシグナルの標的となる遺伝子(AXIN2、LEF1)の発現が上昇しており、神経堤細胞の分化過程でWntシグナルが活性化していることが明らかになった。 次に、ラミニン332を基質として、iPS細胞を培養し分化を促したところ、角膜上皮細胞が多く誘導された。ラミニン332上で誘導し作製したiPS角膜上皮細胞シートでは、角膜上皮細胞のマーカー(PAX6、KRT12、MUC16、p63)が発現していることを確認した。 また、ラミニン511を基質としてiPS細胞を培養し、分化を促すと、iPS細胞が網膜・角膜を含む多層構造へ分化することが先行研究で明らかとなっていることから、培養皿のコーティングに用いるラミニンのアイソフォームがiPS細胞の眼の細胞への運命決定に寄与していることを新たに明らかにした。 ラミニン511を用いて培養し分化を促すと、iPS細胞は高度に凝集。コロニー内の細胞におけるYAPの局在を観察すると、凝集している中央部では、YAPが細胞質に局在していた。これにより、中央部では高い細胞密度によってYAPシグナルがOFFになることが示された。 YAPは、転写共役因子として働くタンパク質。Hippoシグナルの主要な制御因子であり、組織の成長と器官の大きさなどを制御する。その他、多能性の維持やメカノセンサーとしての役割も報告されている。iPS角膜上皮シートのもととなるSEAMの発生にYAPが関与している
この中央部では、神経外胚葉マーカーのN-カドヘリン陽性細胞が分化。一方、コロニーの周縁部では、YAPは核に局在し、YAPのシグナルがONになっていたという。この周縁部では、表面外胚葉のマーカーのE-カドヘリン陽性細胞が分化していた。 これらの結果から、ラミニン511を用いたiPS細胞のSEAMへの分化には、細胞密度によって制御されるYAPシグナルが関連していることが示唆された。大阪大学蛋白質研究所
Selective Laminin-Directed Differentiation of Human Induced Pluripotent Stem Cells into Distinct Ocular Lineages(Cell Reports 2018年11月6日)
[Terahata / 日本医療・健康情報研究所]