インスリンによる3大栄養素間のバランス維持機構をはじめて解明 インスリン発見から100年の節目に 筑波大学

2021.11.25
 筑波大学は、インスリンによる3大栄養素間のバランス制御の仕組みは、インスリンが遺伝子の発現を制御する転写因子FoxOを介して、別の転写因子KLF15を制御し、そのFoxO-KLF15経路の働きによるものであり、この機序が過栄養/低栄養病態のどちらにも深く関わることを明らかにした。

 研究チームが独自に開発した、マウス体内の遺伝子の発現状況を可視化する解析系と転写因子のスクリーニング法を用いた成果。

 研究は、インスリンが関与する、肥満・糖尿病などの過栄養病態と、サルコペニア・フレイルなどの低栄養病態の、双方の病態解明に寄与するものとしている。

3大栄養素間のバランスを制御する仕組みをはじめて解明

 研究は、筑波大学医学医療系の矢作直也准教授、武内謙憲助教らによるもの。研究成果は、科学誌「iScience」に11月14日に掲載された。

 3大栄養素(タンパク質・糖質・脂質)はヒトの身体を動かす主要なエネルギー源であり、エネルギー産生栄養素とも呼ばれる。

 肥満・糖尿病など過栄養病態では、糖質から脂質へのエネルギーフローが亢進し、サルコペニアやフレイル(加齢による筋肉量の減少や活動量の低下)など低栄養病態では、タンパク質から糖質へのエネルギーフローが増加する。しかし、脂質から糖質への流れも、糖質からタンパク質への流れも逆流することはない。

 つまり、3大栄養素のエネルギーフローは一方向性であり、そのバランスは本来、厳密に制御されているはずだ。過栄養病態や低栄養病態では、そこになんらかの異常をきたしているものと考えられ、生活習慣病対策や高齢者の介護予防などの観点からも注目されてきた。

 インスリンは、タンパク質分解を抑制し、脂質合成を促進することで、その制御に関与していることが古くから知られているが、そのメカニズムの詳細はよく分かってなかった。

 そこで筑波大学の研究グループは、インスリンが3大栄養素(タンパク質・糖質・脂質)間のバランスを制御する仕組みをはじめて解明した。

 その仕組みとは、インスリンが遺伝子の発現を制御する転写因子FoxOを介して別の転写因子KLF15を制御し、そのFoxO-KLF15経路の働きにより、タンパク質代謝と脂質代謝の両方が協調的に制御されるというもの。

今回の研究から明らかになった、インスリンとFoxO-KLF15経路によるタンパク質/脂質代謝制御機構
インスリン存在時 :肝臓でFoxOとKLF15の発現が抑制される。タンパク質分解系はOFF、脂質合成系(SREBP-1)はONになる。
インスリン欠乏時 :FoxOとKLF15の発現が亢進する。タンパク質分解系はON、脂質合成系(SREBP-1)はOFFになる。

出典:筑波大学医学医療系ニュートリゲノミクスリサーチグループ、2021年

独自開発の解析ツールTFELを用いたスクリーニング法で同定

 研究グループは、転写因子KLF15を中心とする転写複合体がタンパク質ならびに脂質代謝制御で重要な役割をになっていることを、これまで報告している(Cell Rep 2016)。

 転写因子KLF15はタンパク質分解経路と脂質合成経路全体の遺伝子の発現をレシプロカルに制御するスイッチの働きをしており、インスリンによりON・OFF(インスリン欠乏時にON、インスリン存在時にOFF)されるが、その切り替えの仕組みは未解明のままだった。

 今回、in vivoイメージング装置を用い、KLF15遺伝子のON・OFFの様子を生きたマウスの肝臓内で可視化することにまず成功した。このin vivo Ad-luc法は、アデノウイルスを用い、ホタルの発光酵素であるルシフェラーゼレポーター遺伝子を臓器に導入後、生きたままの状態で生体からの発光をin vivoイメージング装置によって可視化し、遺伝子転写活性を定量する方法だ。

 この実験系をベースに詳細な検討を重ねた結果、KLF15遺伝子上流のプロモーター領域の中に、肝臓でこのON・OFF切り替えに重要な機能をもつDNA配列が存在することが判明した。

 さらに、そのDNA配列に結合する転写因子がFoxO1/3であることを、独自開発の解析ツールであるTFEL(Transcription Factor Expression Library)を用いたスクリーニング法(TFEL scan法)により同定した。

 TFEL(Transcription Factor Expression Library)は、研究グループによって独自に開発された網羅的な転写因子(DNA結合部位をもち、プロモーターやエンハンサー領域に結合して遺伝子発現を調節するタンパク質)の発現プラスミドライブラリ。

 マウスゲノム上に存在する約1,600種類の全転写因子を理化学研究所のFANTOM1/2/3ライブラリから集め、発現カセット入りのベクターにクローニングしたもの。TFEL scan法はこのライブラリを活用した、細胞への共発現による転写因子のスクリーニング法で、転写複合体の解析に威力を発揮する。

in vivoイメージング装置による個体レベルでのKLF15遺伝子転写活性の測定
in vivoイメージング装置を用い、生きたマウスの臓器(肝臓)内でのレポーター遺伝子発現を可視化している。KLF15遺伝子の転写活性はインスリン欠乏時(絶食時=Fasted)に顕著に誘導される。

出典:筑波大学医学医療系ニュートリゲノミクスリサーチグループ、2021年

3大栄養素間のバランス制御はFoxO-KLF15経路を介することをはじめて解明

 FoxO1/3は、Forkhead転写因子ファミリーのサブグループFoxO(Forkhead Box O)の4つの遺伝子(FoxO1/3/4/6)うち、肝臓で機能する2つの遺伝子であり、インスリン欠乏時に肝細胞の核内でタンパク質発現が誘導され、糖新生系の遺伝子の転写に関与することが知られていた。

 研究グループは今回、分子メカニズムを詳細に検討した結果、FoxOはKLF15遺伝子プロモーター上に結合することを解明した。そしてインスリン欠乏時にONになるFoxO-KLF15経路は 脂質合成系(SREBP-1)を抑制すると同時に、タンパク質分解経路を活性化することが判明した。

 また、逆にインスリン存在下では、FoxOの減少を介してKLF15の発現が低下し、タンパク質分解系がOFFになるとともに脂質合成系がONになることを明らかにした。

 今回の研究により、インスリンによる3大栄養素間のバランス制御の仕組みは、FoxO-KLF15経路を介することがはじめて解明され、過栄養/低栄養病態のどちらにもこの機序が深く関わることが明らかになった。

 「今年は、インスリンが発見された1921年から100周年となる節目の年です。今回の研究はインスリンが関与する、肥満・糖尿病などの過栄養病態とサルコペニア・フレイルなどの低栄養病態の双方の病態解明に寄与するものと期待されます。今後さらに、肝臓におけるKLF15の遺伝子発現を制御する仕組みについて解明を進めていきます」と、研究者は述べている。

 「筑波大学医学医療系のニュートリゲノミクスリサーチグループでは、ニュートリゲノミクス(遺伝子栄養学)の観点から栄養素と遺伝子の相互作用解明全般に取り組んでいます。インスリンのようなホルモンを介するメカニズム以外にも、栄養素やその代謝物自体が遺伝子の発現変動をもたらす機序を明らかにすることを目指しています。これらの仕組みの全体像が分かれば、肥満と低栄養の双方に対する直接的な治療法の開発に役立つことが期待されます」としている。

筑波大学医学医療系ニュートリゲノミクスリサーチグループ(代表:矢作直也)

FoxO-KLF15 pathway switches the flow of macronutrients under the control of insulin(iScience 2021年11月14日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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