肥満や糖尿病による非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を抑制 中鎖脂肪酸とその受容体に肝機能の保護作用 京都大学
中鎖脂肪酸(MCTオイル)が受容体を介して肝機能を保護する
肥満により誘発される脂肪肝であるNAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)は、日本でも増えている。NAFLDには、単純性脂肪肝(NAFL)と非アルコール性脂肪肝炎(NASH)が含まれ、このうちNASHは、肝臓への脂肪蓄積のみならず、肝臓の炎症や線維化を引き起こし、肝硬変や肝臓がんに進展することが知られている。
しかし、一部の脂肪肝からNASHに進展する機序のすべては明らかになっておらず、有効な治療法も確立されていない。
一方、中鎖脂肪酸は、脂肪酸のなかでも、炭素数が8から12程度の飽和脂肪酸。中鎖脂肪酸のみを構成脂肪酸とする食用油として、中鎖脂肪酸油(MCTオイル)などが利用されている。
MCTオイルは、脳機能の改善作用や抗肥満効果、さらには医療用食品として栄養補助や小児てんかん発作などの食事療法にも用いられているが、その正確な作用機序は明らかにされていない。
京都大学の研究グループはこれまで、短鎖脂肪酸(食物繊維や腸内細菌)や長鎖脂肪酸(飽和脂肪酸[動物性脂]や不飽和脂肪酸[植物性油])と、その生体内受容体であるGタンパク質共役型受容体、脂肪酸受容体による栄養シグナルについての研究を行ってきた。
このうち、中鎖脂肪酸の受容体であるGPR84は、生体での機能は正確にはわかっていなかった。これは、内因性中鎖脂肪酸の血中濃度は低いため、生体内で中鎖脂肪酸によりGPR84を十分に活性化することはできないと考えられていたからだ。
そこで研究グループは2022年に、経口摂取したMCTオイル(とくにカプリン酸)が、GPR84を介して腸管ホルモンGLP-1の分泌により、血糖上昇を抑制することを明らかにした。
GLP-1は、食事後の血糖値上昇にともない、小腸のL細胞から分泌される消化管ホルモンで、膵臓のβ細胞にあるGLP-1受容体に作用し、インスリン分泌を介した血糖降下作用を示す。
そして今回は、さらに本来のGPR84の生理的意義を明らかにするために、内因性中鎖脂肪酸によるGPR84に対する影響について研究を進めた。
受容体GPR84に肥満から誘発されるNASHから肝臓を守る働きが
野生型マウスに高脂肪食を長期摂取させ、肥満を誘導させると、脂肪肝を生じる。マウスを用いた実験で、高脂肪食の摂取だけでは、NASH様の病態までの進展はみられないことが分かっている。
今回の研究では、Gpr84遺伝子欠損マウス(Gpr84-/-)に高脂肪食を長期摂取させると、その-マウスでのみ、脂肪肝の症状に加え、過剰な炎症が観察され、肝線維化を伴うNASH様の病態へと進展することが分かった。
各組織での、この高脂肪食による過炎症は、野生型マウスと比較し、Gpr84-/-マウスでは肝臓で著しかったことから、GPR84の発現と、GPR84活性化因子と予想できる内因性中鎖脂肪酸濃度について各組織で比較。
すると、GPR84は骨髄由来マクロファージに高発現していることや、内因性中鎖脂肪酸は、高脂肪食摂取により肝臓で急激に上昇することが分かった。
さらに、GPR84は中鎖脂肪酸の中でも、C10:0のカプリン酸でもっとも活性化される一方で、C8:0のカプリル酸ではほとんど反応しないことを見出し、肝臓で上昇したカプリン酸は、GPR84を十分に活性化できる濃度に達することも明らかにした。
そして、この分子作用機序は、肝細胞で、高脂肪食由来の長鎖脂肪酸の代謝によって生成された中鎖脂肪酸が、長鎖飽和脂肪酸による肝マクロファージ活性化で惹起される脂肪毒性から、GPR84を介して抑制することで発揮されることを、細胞レベルの実験で明らかにした。
研究グループは、超高脂肪コリン欠乏メチオニン減量飼料で誘導したNASHモデルマウスへ各種中鎖脂肪酸の補充も行った。
その結果、脂肪肝の程度は全ての群で同程度であったにも関わらず、GPR84を活性化することができるカプリン酸(C10:0)やラウリン酸(C12:0)の補充は、NASHの進展を抑制した。
一方で、GPR84を活性化しないカプリル酸(C8:0)の補充は、NASHへの進展を妨げることはできなかった。
また、このカプリン酸によるNASH進展抑制効果は、Gpr84-/-マウスでは消失した。同様に、このNASHモデルやCCl4誘発性肝障害モデルマウスで、カプリン酸MCTオイルの補充、あるいはGPR84作動薬を投与した結果、脂肪蓄積によって引き起こされる肝臓での炎症や肝線維化がGPR84依存的に抑制され、NASHの進行が効果的に防がれた。
MCTオイルにより肥満・2型糖尿病などを予防・改善できる可能性
これらから、油脂の過剰摂取の結果、余剰産生された長鎖飽和脂肪酸により引き起こされる炎症反応の暴走に対して、この時、同時に産生された中鎖脂肪酸が、その受容体であるGPR84を介してブレーキをかけることが明らかになった。
つまり、GPR84は高脂肪食による肥満から誘発される肝疾患に対し、肝臓を守る働きをもつことが示された。
また同時に、マウスを用いた実験により、食事からのMCTオイルとして中鎖脂肪酸を補充したり、GPR84作動薬の投与が、NASHへの進展を妨げたことから、外的因子によるGPR84活性化が、ヒトでのNASHおよび肝細胞がん(HCC)の進行を改善するための有効な予防・治療法につながる可能性も示された。
MCTオイルのなかでもカプリル酸(C8:0)は、NASH改善にはまったく効果を示さなかったことから、同じMCTオイルであっても、その炭素鎖長の違いもまた、機能性に重要であることが示された。
研究は、京都大学大学院生命科学研究科の木村郁夫教授(東京農工大学大学院農学研究院特任教授)、大植隆司同助教、東京農工大学大学院農学府の野仲葉月氏、京都大学大学院薬学研究科大学の西田朱里氏らの研究グループによるもの。研究成果は、「JCI Insight」にオンライン掲載された。
「MCTオイル摂取による肥満・2型糖尿病とその関連疾患の予防、GPR84を標的とした治療薬の開発に向けて今後、本成果のさらなる応用が期待されます」と、研究グループでは述べている。
京都大学生命科学研究科
京都大学薬学部・薬学研究科 Medium-chain fatty acids suppress lipotoxicity-induced hepatic fibrosis via the immunomodulating receptor GPR84 (JCI Insight 2022年12月8日)