非アルコール性脂肪肝炎(NASH)をスマホアプリで治療 デジタル療法が患者の認知と行動を改善 東京大学

2023.01.31
 非アルコール性脂肪肝炎(NASH)に対する治療用アプリを用いて、48週間の多施設臨床試験を行った結果、平均8.3%の体重減少が達成され、肝組織の脂肪化や炎症、風船様変性から成る病理学的スコア(NAS)が有意に改善したと、東京大学医学部附属病院が発表した。

 試験開始前に中等度以上の線維化が認められた患者の半数以上(58.3%)では、線維化ステージの改善も示された。

 研究で用いられた「NASH 治療用アプリ」は、NASHを対象とした世界初の治療用アプリ。現在、医療機器としての薬事承認を目指した第3相試験の実施が検討されている。

 「患者の認知と行動の改善を通じた減量によるNASHの治療が達成されれば、NASHにより生じる肝硬変や肝がんのみでなく、肥満がリスクとなり生じる他の疾患の予防にもつながる」と、研究者は述べている。

スマホアプリを用いた新しい治療法

 「デジタル療法」は、医師の管理のもと、スマートフォンアプリなどを利用して治療を行う新しい治療法。日本では2020年にニコチン依存症の治療用アプリが、2022年には高血圧の治療用アプリが、それぞれ保険収載された。

 スマホの普及により、リアルタイムなデータの処理や通信が可能となり、これをプラットフォームとして利用すれば、患者の認知と行動の改善に寄与でき、医療コストや医師負担の軽減につながると期待されている。

 近年、デジタル療法への関心は高まっており、すでに糖尿病やうつ病などの疾患の治療で効果があることが報告されており、海外では2010年代から糖尿病などを対象とした治療用アプリが保険収載されている。

 一方、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)は、肥満を背景に発症し、肝臓への脂肪沈着によって肝臓の炎症と線維化が生じ、肝硬変や肝がんへといたる疾患。日本に有病者が200万人程度、予備群は1,000万人以上いると推定されている。

 現状では確立されたNASHの治療法はなく、減量のための栄養指導や医師からの運動の励行など、個々の施設で取組まれているが、栄養など減量に必要な専門的な知識を提供できる人材には限りがあり、100万人規模の患者に対して持続可能な医療を提供するために、新しい治療のパラダイムが必要とされている。

48週間の介入により8.3%の体重減少を達成
脂肪肝の重症度スコアも改善

 そこで、東京大学医学部附属病院消化器内科などの研究グループと、疾患治療用プログラム医療機器の開発をてがけるCureAppは、共同開発した「NASH治療用アプリ」を用いた探索的臨床試験を行った。

 探索的臨床試験は、薬の臨床試験の第2相にあたる臨床試験で、医療機器の安全性や有効性を調べるための試験。今回の試験では、組織学的にNASHと診断された19人を対象に、治療用アプリを用いた48週間の介入が行われた。

 この治療用アプリは、個々の患者に最適化された治療ガイダンスを提供し、患者の認知と行動の改善を通じた減量を達成することを目指し開発されたもの。

 その結果、治療用アプリを用いた48週間の介入により、平均8.3%の体重減少が達成され(NASH診療ガイドラインでは体重の7%の減量が推奨されている)、肝組織の脂肪化や炎症、風船様変性から成る病理学的スコア(NAS:NAFLD activity score)が、試験開始時に比べて有意に改善した。

 風船様変性は、水分が貯留して膨らんでしまった肝細胞のことで、肝細胞のバルーニングとも言われ、NASHの病勢を反映している。また、NASは、肝臓の組織を用いて脂肪肝の重症度をスコア化するもので、▼肝臓の脂肪化の程度、▼炎症の強さ、▼風船様変性の3つの項目について点数化する。

 試験前後のNASは、過去の研究での経過観察群のデータをもとに設定した比較対照群との比較でも有意に改善した。

 また、試験開始前に中等度以上の線維化を認められた患者の半数以上(58.3%)で、NASHなどにより肝臓の障害が長期化する線維化ステージの改善が認められた。

 肝線維化が進行した患者は肝がん発症のリスクが高く、NASHでの線維化ステージの改善は肝臓関連のイベントを低減させることが知られている。

デジタル療法は肥満がリスクとなる疾患に有効

「NASH治療用アプリ」の概要
出典:東京大学医学部附属病院、2023年

 研究で用いられた「NASH治療用アプリ」は、日々のモニタリングや、生活の記録である生活習慣ログにもとづき、患者ごとに個別に最適化された治療ガイダンスを提供し、NASHの治療に必要な患者の認知と行動の変容を促し、獲得した習慣の定着をサポートすることを目指したもの。

 治療用アプリは、日本のNASH診療ガイドライン、肥満症診療ガイドラインに準拠してアルゴリズムが作成されており、体重減少を通じてNASHの改善を導くようプログラムされている。

 患者の取り組みや生活習慣の改善状況は、医師側にもアプリを通じて共有される。そのため、外来診療の限られた時間内でも、より効果的なサポートを行うことが可能になるとしている。

 研究は、東京大学医学部附属病院検査部の佐藤雅哉講師(消化器内科医)、消化器内科の中塚拓馬助教、建石良介講師、藤城光弘教授、小池和彦名誉教授らの研究グループによるもの。研究成果は「American Journal of Gastroenterology」にオンライン掲載された。

 「今回の研究結果により、現状確立された治療法の存在しないNASHに対して、デジタル療法が有効であることが示されました。患者の認知と行動の改善を通じた減量による治療が達成されれば、NASHにより生じる肝硬変や肝がんのみでなく、肥満がリスクとなり生じる他の疾患の予防にもつながり、日本の医療費削減への貢献も期待されます」と、研究グループでは述べている。

東京大学医学部附属病院 検査部
Impact of a Novel Digital Therapeutics System on Nonalcoholic Steatohepatitis: The NASH App Clinical Trial (American Journal of Gastroenterology 2023年1月20日)

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